第53話

 ……次に目を覚ましたのはベッドの上だった。

 真っ白な天井に壁、開いた窓からは明るい陽射しと風が入ってきてカーテンを揺らしている。


「おはようございます」

 起きぬけの回らない頭でぼんやりしていたら、すぐ近くで声がしたのでそちらに顔を向ける。そこにはアリア様が柔らかい微笑みを浮かべて僕を見ていた。


「具合はいかがですか?」

「……頭がぼんやりしているのと、すごくお腹が空いてますね」

 思った事を口にすれば、アリア様は小さく笑って椅子から立ち上がる。

「三日間ずっと寝てましたし、それは仕方ないですね。何か食べる物を用意してきます」

「……アリア様、ひとつだけ……ギエナは?」

 部屋を出ていこうとするアリア様に声をかければ、彼女は聖女らしい微笑みを浮かべたまま、柔らかい声色で口を開いた。

「ご心配なく。あのヴァンパイアについては討伐完了しています。仮に復活しても力は激減しているのと……あと、子どもが作れるような状態ではありません。詳しい話は食べながらしましょう」

 アリア様はそう言ってお辞儀をした後、部屋を出て行った。

 一人残された僕は閉じたドアをしばらく見ていたが、フッと窓の外に目を向ける。……三日も寝てたのか、僕。出血もひどかったし仕方ないけど……そりゃお腹も空くよね……。


 そんな事を考えながらぼんやりしていると、廊下をバタバタと走ってくる音がして……ドアの前でそれは止まり、少し間を置いてからノックの音が響いた。

「……シリウス、入っていいか」

 緊張してるような、若干固いエルナトさんの声。少し逡巡したが体を起こしてからすぐに口を開き「どうぞ」と返事をする。

 ……ゆっくりとドアが開き、こちらの様子を伺うようにエルナトさんが顔を見せた。……目が腫れぼったい。

 僕は何も言わずにエルナトさんを手招きして呼び──近くまで来た所で逃げられないように彼女の左手を掴み、顔を少し伏せて視線を床に落とした。

「……先に謝っておきますね。すみません、怒鳴りますよ」

「……え……」

 エルナトさんが何か言う前に。

 僕は息を吸って口を開く。


「馬鹿野郎! 何考えてるんだ!」

 その瞬間、ビクっとエルナトさんの体が震えた。

「エルナトさんが死んだら何の意味もないだろ! 二度とあんな真似するな!」

 あの時に思っていた事を思い切り叫ぶ。

 大声を出して荒くなった息を整えながら、ついで出そうになった言葉をぐっと飲み込んだ。……これ以上はただの暴言でしかない。

「…………」

 下を向いている僕にエルナトさんの顔は見えない。彼女は何も言わなかったが、少ししてぽたぽたと落ちてきた雫で染みをつける絨毯を見ればどういう顔をしているかは容易に想像出来た。

「……ご、ごめ……あの時、は……あれしか浮かばなくて……それで……」

 つっかえながらエルナトさんが言葉をこぼす。

 ……別に責めたい訳でも、泣かせたい訳でもない。

 彼女の言い分も理解は出来る。

 でもここで曖昧にして……また同じような事があった時。今回みたいに助かる保証はどこにもない。


「…………」

 顔を上げれば、俯き泣いているエルナトさんの姿。左手を僕に押さえられているから右手だけで拭ってはいるけれど、あふれてくる涙は収まらなくてぽろぽろこぼれている。

 ……僕も一瞬泣きたくなったけどそれは堪えて。掴んでいた手を放し、両手でエルナトさんの顔に触れながら涙を拭う。泣き顔のままこちらを見た彼女を引き寄せてそっと抱きしめた。


「……怒鳴ってごめん」

「……ボクの方こそ……ごめんなさい……」

 腕の中で泣きじゃくるエルナトさんの頭を撫でながら落ち着くのを待った。


「……ごめん」

 泣き止んだエルナトさんが謝罪と同時に少し体を離す。腰に左腕を回したまま頬に手を当て、キスをしてからもう一回抱きしめた。

 ……もうしばらくこうしていたいけど、流石にこれ以上待たせるのもなぁ……。

 エルナトさんも背中に腕を回してくっついてきてくれたから、余計に離れたくなかったけど。気持ちを切り替え、腕を解いてドアへ顔を向けた。


「……お待たせしました。もう入ってもらって良いですよ」

「……?」

 エルナトさんがきょとんとした表情を浮かべる中、ドアの向こうから小さく呟きが聞こえる。

「……やっぱり気付かれてた……」

「気付きますって」

 ドアがゆっくりと開き「ちぇっ」とでも言いたげな表情でアリア様が顔を覗かせた。

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