第6話
一時間後、懇親会も終わり寮の部屋でリゲル様と少し休んだ後。
アリア様と学院長の話が終わったという事で従者の方がリゲル様を呼びに来た。
「判った、すぐに向かう。下がって良いぞ」
頭を下げて去っていく従者のカイトスさん。
……本当ならリゲル様と同じ部屋になるはずなんだけど、僕がいたから部屋が別になってしまった可哀想な方。
王族としては何かあったら爆発するような危なっかしい存在の僕を一人にする訳にはいかないし、ましてや何も知らない他のご子息と同じ部屋にして何か起きては問題になるし……まぁ、そもそも男爵家と同室なんて皆嫌がるだろうけど。
学院長だけはカノープス家の立場を理解しているので、リゲル様が
「他の家はカノープス家の人間と同室は格式を考えても嫌がるだろう。下手な諍いが学生同士で起きても問題だ。知らない仲ではないし、シリウスと同室は俺で構わない」
と言えば、学院長は渡りに船とばかりというような態度で
「リゲル王子がそう仰られるのであれば……」
そう言って提言を受け入れる。
内情を知っている者からすれば茶番劇、そうでなければ男爵家を気遣うリゲル様の懐の広さに感心する……みたいな流れであっさり決定した。
そのためカイトスさんがいない時は僕がその代わりをする事になっているのだけど、リゲル様は僕に従者の役割は求めていないようで、あまりお手伝いはさせてもらえない。
……カイトスさんにバレたら叱責受けるのは僕なんだけどなぁ、とか思いつつ。
必要以上に気を使わせないようにしてくれるリゲル様の計らいも何となく判るのでそのままにしていた。
「……さて」
リゲル様はカイトスさんが去って行くのを背中で見送りながら、右手を腰に当てて僕の方を向く。
「では行くか、シリウス」
「かしこまりました」
ちょっとした出来心で恭しく頭を下げてみれば、嫌そうな表情で顔をしかめられた。そこまで嫌がらなくても。
そんな事を思いながら、部屋を出ていくリゲル様の後を追った。
「大変お待たせ……致しました」
学院の貴賓室。入ってきたリゲル様にお辞儀をしたアリア様はその後ろにいた僕に気付き一瞬動きを止めて──それから何事もなかったようにふわりと微笑む。
ポーカーフェイスが上手いなあ。と思いつつ、僕も会釈を返しリゲル様が座るのを待ってからソファーへ腰を降ろした。
「こちらこそ時間を取らせてしまいすまないな。……懇親会の後、出来るなら休みたかっただろうに」
暗に懇親会での騒ぎの謝罪を含めた言葉に対して、アリア様は首を横に振る。
「ご心配なく。リゲル様がお気になさる必要はございません。むしろ、騒ぎ立ててしまった事をお詫びしなければならないのは私の方です。対外的に何か不都合が出た場合は対処致しますので、その時は仰って下さい」
「…………」
その言葉にリゲル様は口を閉じて。それから小さく息を吐いてアリア様を改めて見た。
「極力そちらへ負担をかけるつもりはないが、何かあれば報告だけさせてもらおう」
「お願いします」
変わらず微笑みを浮かべている彼女にこれ以上、この件で何か言っても当たり障りのない返事をされるだけだろう。リゲル様もそれが判っているから次の話題へ切り替える。
「それでは、入学式前の話していた事の続きになるが……シリウスを殺そうとする奴の事を教えてもらおうか」
「はい」
リゲル様の問いかけにアリア様は表情を引き締めて僕に視線を向けた。
「彼はエルナトと呼ばれていましたが、俗称のため本当の名は判りません。ただ、エルナトは人間に擬態した魔族でして……申し訳ありませんが誰がエルナトなのかをお伝えする事は出来ない状態です」
さらっと語られる重大事実。
魔族が擬態して人間社会に紛れ込んでるって、僕の命云々の前にそれこそ国の存亡に関わってくるのでは……?
しかもそれが誰なのか判らないとなると誰も信用出来なくなる。流石にそれでは対処のしようがない。
ちらりとリゲル様に目を向ければ、非常に厳しい表情を浮かべていた。まぁそうなりますよね。僕もそう思うし。
「そのエルナトとやらを探し出す手がかりは全くないのか?」
厳しい表情のまま問いかけるリゲル様に対し、アリア様は申し訳無さそうに首を横に振った。
「今の時点では何も。……入学式の時に索敵魔法を使って調べてみましたが……シリウス様の魔力反応が強く、確認は出来ませんでした」
「…………」
今度はリゲル様が黙り込む。
なるほど、僕の中にある魔王の魔力に反応するからあぶり出せないのか……。
索敵魔法はアリア様とか一部の術師しか使えないはずだけど……アリア様以外に使われてしまうと僕が魔族判定されるから気をつけないとな。
増えた注意事項を頭の中でまとめた後、僕はスッと右手を上げた。
「アリア様、質問なのですが……剣術大会で僕が怪我をしてエルナトに存在がバレた後、僕が殺されるまでにどのくらいの猶予期間があるか判りますか?」
「おい、自分に関わる物騒な質問を自分でするな」
呆れた様子で視線を向けてくるリゲル様。
いやいや、自分の事だからこそ自分で聞かなかきゃ。でもアリア様も苦笑いを浮かべているからおかしいのは僕なのだろうか?
とはいえ気になる事に変わりはないので何も言わず回答を待つ。
リゲル様が大きくため息をついてアリア様に答えるよう促し、そこでようやくアリア様が口を開いた。
「私が知っている限りでは夏に剣術大会が行なわれて……大体、三か月くらい後だと思います」
「あ、思ったより猶予あるんですね」
「いや言うほどないだろ」
リゲル様のツッコミは失礼ながら今は無視しよう。
「それならあえて大々的に怪我をして、それを餌にあぶり出すのが手っ取り早そうですね。怪我した後に僕に接触してくるなら尚の事判りやすそうです。それでいきましょう」
「いくか!」
「いく訳ないでしょう!」
おお、ほぼ同時にツッコまれた。
どちらも同じように目を吊り上げてこちらを睨みつけているものだから、何だか面白くなって「ははっ」と笑ったらリゲル様に怒られた。すみません。
「……全く、そういうところは昔から変わらない……頼むからもう少し自分の身を大事にする癖をつけろ。自ら進んで危険に飛び込むな」
呆れを混ぜて息をつくリゲル様の言葉に、アリア様の顔が訝しげなものに変わる。
「え、昔からこうなんですか……?」
「ん?」
彼女の意外そうな声を聞き、今度はリゲル様の表情が不思議そうなものに変わった。
「シリウスについては詳しいかと思っていたが、そうでもないのか?」
「……私が把握しているのは学院期間に起こる事が基本で、それ以前の事は概要しか知らなくてですね……それにシリウス君はメインキャラじゃなかったからあんまり深い描写なかったし……やっぱり昔から知ってるとか羨ましい」
後半ボソっと吐かれたアリア様の呟きはリゲル様の耳に届かなかったようだ。
「?」
リゲル様が眉をひそめる中、ゴホンと咳払いをしたアリア様は仕切り直すように姿勢を正す。
「そういう事であればシリウス様が無茶な行動をしないようにこちらでも策を考えます。……それまでは一人で勝手に動かないようになさって下さい」
「……それについては異論ないな」
にっこりと微笑みながら釘を刺してくる彼女に同調するリゲル様。
「嫌ですね、二人して……僕がそんな勝手な事をする訳」
「すると思うから言ってるんだ」
「駄目ですからね」
僕の言葉を待たず被せてくる二人。
こんなに信用がないのは心外だ。ひどい。
そう思う僕を尻目に、二人は今後どうするかを話し合っていた。
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