第6話 アイツは……
「んでね、ツイッターでそれが出回ってて—」
「柚木、ちょっといい?」
結局、なにか言い返そうと思ったがあの場では赤田くんの迷惑になると大人しく引き下がった私は、今少し柚木に対して怒りを募らせていた。
「んっ? なんかあった?」
柚木は全く思い当たる節がないようで不思議そうに首を傾げていた。普段の私なら別に気にしないだろうが、今日はその1つ1つの行動にイライラしてしまっている自分がいた。
「さっきの赤田くんへの態度って……」
「あ〜、もしかして
私が柚木に詰め寄ろうとすると柚木がなにかに納得したかのように頷いていた。……どういうことなんだろう?
「まぁ、
「なにが?」
「分かった。話す、話すからその不機嫌なのやめて〜。というか、なんでそんな怒ってるの? 確かに
柚木にそう言われ私自身もここまで怒っていることに驚く。確かに赤田くんと知り合ってまだ1日程度、そこまで仲が良いっていうわけでもない。それなのに、私は今まで感じたことのない怒りを覚えていた。
いや、でもそれはきっと昨日の1日だけでも彼がどれだけ優しくて真面目か分かってしまったからだろう。変なことじゃない……はず。
「まぁ、
「なにを言ってるの?」
柚木から出た彼のイメージとは程遠い話に私は思わず耳を疑う。
彼は誠実で優しい人だ。なにかの間違いとしか思えない。
「しっかりして花凛っ。アンタは優しいからアイツの良い所だけを見て庇ってるのかもしれないけど……それだといずれ傷を負う。アイツはそういう野郎なの」
柚木に強く肩を揺さぶられ視界が霞む。でも、これだけは言わなくちゃいけない。絶対に、
「違—」
私はそう言いかけて柚木の顔を見て言葉を引っ込める。なにを言ってもきっと分かってくれない。そんな直感がした。
それに私がこうして言い続けると柚木が彼に「なにを吹き込んだ」と言いに行くシーンが、安易に想像出来た。
その後も絶対に関わるなと言われ続けたが彼と実際に話した私はその全てを信じられなかった。
それに赤田くんと話してみて彼が少し口下手なのは分かっているつもり。だとしたら、事実とは異なったことが伝わっていてもおかしくない。
私はそのように結論づけると柚木に別の話題を振るのだった。
*
「嘘じゃないです。柚木さんが言ってることに間違いはありません。実際にそう思われるようなことをしたのは事実です」
「そう……なんですか」
私がスタッフルームにて今日もシフトより30分も早く来ていたらしい(梅店長情報)、赤田さんに挨拶をして思い切って尋ねて見る。すると返ってきたのは、そんな返事と赤田さんのどこか辛そうな顔であった。
しかし引っかかることはある。赤田さんはそう思われるようなのことをしたとは言っていたが、それは彼の意思じゃなかった可能性もある。
でも、辛そうにしている彼にそれ以上私は話を続けて貰うことは出来なかった。
「というか、それよりもその口調のモードチェンジズルくないですか!? 破壊力が凄いんですが」
赤田くんは重くなった話題を変えようとそんなことを振ってきたので私はバッチリ答えることにする。
「そうですか?」
「そうなんですよ」
「そうなの?」
「……絶対に分かっててやってますよね」
私が試しに口調をいつものバージョンに戻してみると、何故か赤田くんは少しむくれながらそんなことを言ってきた。
何故むくれまったのか分からないが、ちょっと可愛いと思ってしまった自分もいた。
これも分かっていることだが、恐らく赤田くんは本人が思っている以上に顔に出やすいタイプの人である。
やはり裏切るような人には到底思えない。
「あの……」
「どうしました?」
しばらくの沈黙の後、私が勇気を出しておずおずと声を再びかけると赤田くんが不思議そうにそう尋ねる。私は決心を固めると声を上げた。
「私が昨日話してみていい人だと思ったって言えばある程度の納得は得られると思いますし、バイトのことはバレないと思うので……学校で話しかけちゃダメですか?」
「ごめんなさい。多分、町田さんに迷惑がかかる気がするのでそれは……」
「そう、ですか」
しかし赤田くんにそう言われあえなく撃沈。赤田くんのガードはとても硬そうである。
「おっ、丁度良い所に来たね」
「「梅店長、こんにちわっ」」
そんなことをしているとスタッフルームのドアが開き梅さんが姿を現した。そして私と赤田くんは声を揃えるとほぼ同時に頭を下げる。
するお梅さんは私の方へと近づいてきた。
「町田ちゃん……アンタに1つ聞きたいことがある」
「なんでしょうか?」
私は全くなにを言われるのか想像もつかず首をかしげる。
「今日、1時間だけ接客をやってみる気はあるかい?」
「ちょっ、梅バ—」
「やりたいですっ!!」
なにやら赤田くんは焦っていたが私は手を上げ率直な気持ちをぶつける。
「わ、分かった。気持ちは分かったけどちょいと、近づきすぎさね」
「あっ、す、すいません」
あまりに興奮していたせいか私は気づかない内に身を乗り出していた。少し恥ずかしい。
「で、でも梅バ—店長っ、2日目で接客はハードル高すぎですよ、町田さんの負担が大きすぎます。それに、最低でも2週間後って……」
「別に1時間だけだからね。それに本人だってやりたいって言ってるんだ。早い内に現場を知るのはいいことさね」
「で、でもっ」
梅さんの言葉に私は思わずウンウンと頷く。しかし、赤田くんは少し不安そうな顔をしてそんなことを言う。
「まぁとは言っても初バイトの子にそれは流石に鬼畜すぎるね。それがトラウマになって辞められても困るし」
「そうですよね」
するとなにを思ったのか梅さんがそんなことを口にした。接客……してみたかったな。しかし、梅さんはすぐにまた口を開き、
「でも、順一がついていれば大丈夫だね。そういうことで1時間頼んだよ」
その瞬間に赤田くんからまさしく絶叫が聞こえた気がしたけど、私は気にしないことにした。だって、接客したかったから。
*
「難易度が高すぎる。というか、こんなことして俺と町田さんが変な関係だと思われたらどうするんだ。町田さんに迷惑かかるだろっ」
「あ、あのー」
あの後、梅さんによって接客へと駆り出されてた私は色々と本音が漏れてしまっている赤田くんに声をかける。……というか、かなり私のことを心配していてくれたらしい。
「あっ、ご、ごめんなさい。早速教えていきますね」
「はい」
赤田くんはようやく気がついたようで少し焦ったようにそんな声を出す。
「まず、僕たちが任されたのは受付の所だけなんですがここはお客様を席へと案内するのが仕事です。本来なら、ココと注文を受けるのも両方やるんですが流石にと言うことで」
「さっき梅さんと話してた奴ですね」
「それでですね。基本的には入って来たお客様には「いらっしゃいませー」と大きな声で、帰っていくお客様には「ありがとうございました」を。それであとは合図があったら順番にお客様を案内するって感じですね」
「なるほど……?」
私が曖昧に頷くと赤田くんは「実際に見せますね」と軽く笑い、お客さん達に声をかけ席まで案内していった。
テキパキと洗練された動きでこなす彼を見てやはり凄いなと思う。
それと同時に頑張らないと、という気持ちも湧いてくるから不思議なものだ。
「と、まぁこんな感じです」
すると戻って来て照れ臭そうにする赤田くん。すると彼の元に1人の先輩……芦田さんが焦ったような顔つきで駆け寄って来た。
「ちょっと機械のトラブルがあった。赤田くん頼めるか?」
「いや、今はちょっと……」
「でも、大変そうですし行ってあげてください。さっきので大体流れは分かりましたし、私でもいけます」
私は私のせいで迷惑がかかることが嫌で赤田くんにそう申告する。実際に、少し手間取るかもしれないが出来ないことはなさそうだったからだ。
「芦田さん……なんの機械ですか?」
「ジュース類のだ」
「それなら1分程度でいけますけど……本当に大丈夫ですか?」
そこで赤田くんは私の方を見てそう尋ねてくる。
「はいっ」
私はそう頷く。流石に1分くらいなら大丈夫だと考えたからだ。
「じゃあ行ってきます。でも、なんかあったらすぐ他の先輩達に頼んでいいですからね?」
「わ、分かりました」
「すまん、助かる」
赤田くんそう言うと素早く移動を始めた。それと同時に芦田さんも奥へと引っ込んでしまった。つまり、この場は今完全に私1人。
でも、やることは至ってシンプルで挨拶と合図に合わせて案内だ。難しいことじゃない。
そんなことを考えているとお店の扉が音を立てて開いた。
「い、いらっしゃいませー」
私は少し上ずりながらも声を出す。
「Oh……very nice」
しかし、次の瞬間飛び出して来たお客さんの言語に私は思わず硬直する。
「here's great! Umm……、I have a little favor to ask of you」
「あの、えっと」
私はどう答えていいのな分からずおし黙る。多分、冷静に聞けば分かったんだろうけどパニクりすぎて聞けてない。とはいえ、聞き返すのは失礼だし……どうしたら。
そんなことを考え私がなにも出来ずに呆然としていると、後ろから足音が聞こえてきた。
「ハァハァ、ごめんなさい、少し待たせちゃいました。ここからは俺の仕事なんで……」
そして息を切らした赤田くんが姿を現したのだった。
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次回「特別じゃなくても……」
急展開すぎたらすいません。良かったら星や応援お願いします。投稿頻度が上がるかもです。
では!
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