第4話 意外と……


「それじゃあ、明日もよろしくね」

「「はいっ」」


 俺と町田さんは梅バァにそう言われ裏口から店を出ると俺は自転車を引きながら、町田さんは少し申し訳なさそうな顔をしながらお互いに黙ったまま歩いていく。

 正直に言えば気まずい。いや、確かに今日は喋れていたがあれは仕事だったからだ。

 通常モードの俺にコミュ力なんてスキルは備わってないんだ。

 しかも相手は学年一の美少女……冷静に考えてみたら今まで仕事とは言えよく俺会話出来たな。

 普段なら多分、ガチで逃げ出してるぞ。失礼な態度を無意識にとってしまったらと考えるとゾッとする。


「あの……」

「は、はい?」


 来た。流石、コミュ力も果てしない町田さんこの空気の中話しかけてこれるのは勇者。というか、気まずかったから有り難い。少なくとも俺には出来ない芸当だ。


「その……ごめんね? 私なんかの為にわざわざ」

「い、いえ、とんでもないでし」


 町田さんがバイトが終わったこともあってか先程の「ですます」口調でなくなったことに、俺は大いに動揺し危うく噛みそうになる。

 ……先輩呼びや「ですます」口調も危険だと思ったけど、こっちの口調のが断然ヤバイわ。


「というか、バイトも終わったしその敬語とかもやめて貰って」

「ごめんなさいっ」

「むぅ」


 町田さんは大いに不満そうに頰を膨らまているがその様子は怖いどころか可愛い——じゃなくって困った。


「じゃあせめて町田さんじゃなくて花凛かりんさんって呼んでよ」

「もっと無理です」

「そんなぁ」


 今度は町田さんはかなりショックだったようで、顔を俯かせてしまっているが許して欲しい。下の名前で呼ぶとかハードルが高いなんてもんじゃない。

 町田さん相手にそれをやれるのは陽キャレベルじゃないと。


「そ、それよりも星が綺麗ですね」

「むぅ、なんか今誤魔化したね? まぁ、確かに綺麗だけど……」


 少し不満そうにしながらも顔を上げ、星を見ると目を輝かせる町田さん。町田さんには悪いけど単純で助かった。にしても、立ち止まって見るとは……そのくらい星が好きなのだろうか?


「もしかして星とか見るの好きなんですか?」

「あっ、いや久しぶりにしっかり見たからこんな綺麗だと思わなくて」

「あぁ、そういうことありますよね」


 俺は町田さんの言葉に頷く。というか、ここまで割と喋れてるぞ、俺! 大健闘だろう。


「じゃあ……行こうか」


 ひとしきり見て満足したのか、笑顔を見せると俺を誘うように前の方へと手を出す町田さん。


「あっ、いや付き合って貰ってる身なのになんかごめんね」


 しかし、ふと我に返ったのか少し恥ずかしそうに頰をかきながらそんなことを言う。


「いえ、その方が俺も話しやすいですし有り難いですよ」

「それは良かった」


 俺の言葉を聞いてか嬉しそうにガッツポーズをする町田さん。なんかコッチまで嬉しくなるようなリアクションだ。


「でも、また敬語」

「うっ」


 しかし、それには気づいていたようでシッカリと指摘されてしまう。


「なんか同級生なのに気を遣われるのは嫌だと言うか、私そこまで特別ってわけじゃないしフランクがいいなぁ。仲良くしたいし」


 町田さんから出た「仲良くしたい」に動揺しつつも俺は頭を回す。どうする。どうやって乗りきる?


「あっ、それよりも月が綺麗ですね」


 そして出た結論はさっきと同じ作戦。というか、俺レベルだと誤魔化し方をこれくらいしか知らないのだ。


「月が綺麗っ!?」

「えっ?」


 しかし、先程と同じように目を輝かせるかもう誤魔化されないと言われるかの二択だと思っていた、町田さんの反応が少しおかしく俺も思わず声を上げる。

 というか、鞄を落としてしまっているが大丈夫なのだろうか?


「お、落としてますよ」

「う、うん。ありがとう。……あの、赤田くんって夏目漱石って知ってる?」


 俺が鞄を拾ってあげると町田さんは受け取りながら、唐突にそんなことを尋ねてきた。


「我輩は猫を書いた人ってことくらいしか……。自分、本はあまり読まないので」

「そ、そうなんだ」


 俺が正直に答えると町田さんはホッとしたように胸を撫で下ろしていた。何故?


「? なんか今のと夏目漱石に関係があったりしましたか?」

「ないっ。ないよ。ないから、気にしないで。というか忘れて」

「分かりました」


 俺が不思議に思って尋ね返してみるが猛烈な否定を受けおし黙る。よほど間違っていたらしい。


「あっ、というかこんなこと話してたら着いちゃったね」

「本当ですね」


 町田さんに言われ前を見てみれば分かりやすいネオン看板に示された駅がそこにはあった。


「本当に今日はありがとうとごめんね。付き合わせちゃって」

「いえ、俺も久しぶりにちゃんと人と話せて楽しかったですし……あと、それと」

「んっ、なにこれ?」


 俺はそう答えながらポケットからある紙を取り出すと町田さんへと手渡す。町田さんは紙を受け取ると不思議そうに首をコテンと傾げていた。


「あのー、今日の研修の要件をまとめた、紙です。もし、良かったら忘れた時に見直してくれたらと思って……あっ、いや邪魔なら全然捨てて貰っていいんで、そんなに時間もかかってませんから」


 俺はしどろもどろになりながらもなんとか伝えきることに成功する。


「えっ、本当に貰っていいのコレ? めっちゃ時間かかってそうだけど」

「いや、町田さん以外に渡す人いませんし良かったらでいいんで貰っちゃってください」

「それなら……ありがとうね」


 町田さんは俺にとびっきりの笑顔を見せると取り出したメモ帳へと大事そうに紙を入れた。


「虎の巻ゲットっ!」

「いや、そんな大したものじゃないんですけどね」

「本当にそうかな? じゃあ、まぁ今日は色々とありがとうね。また明日もよろしく」

「はい、また明日」


 そう言って駅の中へと歩いて行く町田さんをしばらく手を振って見送った俺は、完全に町田さんが見えなくなってから手を止め今日のことを少し振り返ってみる。

 最初は無理だと思っていた。話すのなんて論外……目を合わせるのすら難しいと。


 でも、意外と普通に話せた。それが一番今日思ったことである。

 いや、これに関しては町田さんのコミュ力が隠キャな俺の乏しいコミュ力を引き出してくれていたというのが大きいだろう。

 でも、それでも町田さんとは話せていた。


 学校ではあり得ないだろうがバイトの中でこうして話す分には意外といいのかもれしない。

 少し浮かれ気分の俺はそんなことを考えながら自転車にまたがって家へと向かうのだった。


 まさか翌日あんなことが起こることなどつゆほどに思わずに……。



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 次回「学校にて……」


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