第45話 開始


「おっ、赤田くんに町田ちゃんこんにちは」

「「はい、こんにちはです本城さん」」

「うーん、相変わらずの揃い具合」


 途中なんやかんやありつつも無事にたどり着いた俺と花凛さんが本城さんに挨拶をすると、本城さんは若干の含み笑いをしながらそんなことを言うが……特にリアクションはしない。

 というか、ここ最近やられすぎて慣れてしまったのである。

 もう、俺としても揃うのは仕方ないと割り切ってしまっている。別に嫌なわけではないし。いや、花凛さんからしたらなんか不気味に感じてもおかしくないけど。


「まっ、いいや。今日はいよいよだからね……あんまり弄ばないでおこう」

「普段弄んでるって言う自覚があるならやめて下さい」


 本城さんがボソリと漏らした言葉に俺は思わず反応する。ここ最近の弄り具合凄かったからな、この人。


「大事な局面ではちゃんとやる。これは社会に出ていく上で重要なスキルだぞ、赤田くん」

「いつもちゃんとやるのがいいと思いますが」

「こんな世の中、ふざけてないとやってられないのだよ赤田くん。私の為にどうぞこれからも礎に」

「アナタどんな最低な大人ですか!?」


 俺の肩に手を置き割と真面目な顔をしながらそんなことを言う本城さん。


「うむ、世の中は残酷だな」

「残酷なのはアナタですよっ」

「うむ、今日もいいツッコミだったぞ。余は満足じゃ」

「そんでもって今日も結局俺で遊んでるのなんなんですか!?」

「逆に聞くが赤田くんは3歳の頃とかにクリスマスプレゼント貰って遊ばずにいられたか? そういうことだぞ」

「それオモチャって言ってます? 俺のこと完全にオモチャって言ってます!?」

「うん」

「最低だッッッッ!!」


 あっさりと首を縦に振り認めた本城さん。いや、そこは嘘でも否定が欲しかった。

 というか、花凛さんも笑ってるし……ならまぁいいんだけど。

 意外と本城さんは花凛さんが固くなってしまってるのを見抜いて俺を弄ったのか?

 だとすると、俺は本城さんを許さないといけなくなってしまうので偶々だと言うことにしておこう。うん。


「まっ、色々あるだろうが……しっかりやってこい。町田ちゃんと……えっとあかつきくんならやれるって信じてるから」

「赤田ですよっ」


 ワザとすぎて最早罠なのは分かっているのだがスルーするのは難しい。思わず反射で俺はツッコミを入れてしまう。


「頑張れ、君のしてきたことは裏切らないぞ加茂かもくん私は君の努力を知ってる」

「すいません、俺は加茂かもくんを知らないんですが」

「まぁ、とりあえず頑張れ大地だいちくん」

「あっ、はい」


 もう無理だと悟った俺が諦め大人しく頷くと本城さんは少し残念そうに顔をしかめた。……この人、まだまだ遊ぶ気だったな。

 まぁ、なにはともあれ今日は初日……。


「き、緊張しますけど頑張りましょうね」

「はい」


 隣で少し震え気味の後輩口調で話しかけて来た花凛さんに返事を返しつつも、俺は今一度気合いを入れるのだった。

 悔しいけど緊張はいい感じにほぐれたからな。



 *



「これ、9番席」

「分かりました」


 調理場から沙耶華先輩によって淹れられたブランドコーヒーを受け取った俺は特に気負うことなく、教えられた所作の通りにコーヒーを運ぶ。

 はじめの方こそ緊張したももの始まってしばらくした今、俺はかなり落ち着いていた。

 俺が幾度となく指導を受けた自信を持つという課題。店員に余裕がなかったらお客様に舐められて終わると教わったあの日。

 ここが高級なお店だとかどうとかは関係なかったんだ。

 きっと必要だったのは……いつも通りお客様に真剣に向き合うことと、ちょっぴり持たせたこれまでの自分自身を信頼する心。


 俺はこの体験を通してかなり変わっていっているのかもしれない。俺はまだバイト初日ながらそんなことを考えるのだった。



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 次回「海水浴って結局どうします?」


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