第53話 この笑顔だけは
「とりあえず移動しよ?作くんの気が変わる前に」
率先して前を歩き出す椎名。
「なんで俺の気が変わるんだよ」
「だってさ~、このままグダグダしてると「やっぱ行かない」とか言いそうだし」
「別に言わねーよ」
「それは作くんのことだから分からないじゃん。気分屋だし」
「お前の態度が原因だろ」
言い争いながらも、俺達は駅へと歩き出す。
日差しも強くなり、気温が上がる屋外。時刻はまだ12時。
あっちに着いたとしても、大体1時半くらい。夜ご飯くらい食べてもいいと考えていた俺だが、どう考えても夜まで時間がありすぎる。
でも、観覧車に乗るなら夜の方が都合が良さそうだ。
昼間だと、観覧車の中で何を話しても雰囲気が雰囲気だし、変な感じになりそうだ。あと失敗した時に辺りが明るいまま帰るのはなんか気まずい。
人は夜の方が話やすい傾向にあるし、関係ないが、何か告白をする時も人間の本能的にいいらしい。
とは言ったものの、夜まで時間を潰す方法がない。
一緒に何かをするのもどこか気が引ける。なるべく椎名を静かにさせながら時間を過ごす方法。
「椎名、観覧車は夜に乗ることにしてさ」
「ん、別に私はそれでいいけど、なんで?」
「いや、その前に、映画でも見に行くか?」
これが一番無難だろう。
デートでは会話がなくなり気まずくなること間違いなしな映画だが、それが椎名だと都合がいい。
これでもし、「やっぱ作くん、私とデートしたいの?」とか言ってきたら、またチケットを破る仕草をすれば黙るし、夜まではあと移動やらなんやらしていれば時間は潰れるだろう。
「作くん、そのチケットさ観覧車だけじゃなくない?」
チケットを凝視しながら、椎名は言ってくる。
「どうゆうことだ」
「これ、よく見たらフリーパスだし、観覧車だけじゃなくてジェットコースターとかお化け屋敷にも入れる感じだと思うよ?」
そう指差す先を見たら、『大人フリーパス』と書かれていた。
全然気づかなかった。チケット前面に観覧車が書かれてたからそれだけだと思っていた。
不覚だが、これで夜までは確実に時間を潰せそうだ。
映画を見て、観覧車の前菜として、その他のアトラクションを楽しむ。
「作くん!これは楽しくなりそうだね!」
ウッキウキでチケットを天に仰ぎながらはにかむ椎名。
「……………かもな」
この笑顔、この笑顔だけは椎名の隣に居てよかったと思う。
今後はそれ以外も思えるようになりたいが、それはこれから決まることだ。
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