第29話 もう歌う!

「んっ―――――作くんにしては積極的」


 声を小さくして椎名は顔を赤らめる。


「これくらいでしか感謝出来ないからな」


「感謝………ね」


「案外優しくて色々考えてるお前へのな」


「ちゃんと優しいんですけど~」


 と、プクッと頬を膨らませる。


「ちょっと性格はあれだけど、優しいお前へのお礼の意味も込めてだなこれは」


 わしゃわしゃと頭を撫でる。

 すると、嬉しいのか不満なのか複雑な表情を浮かべ、


「なんだ、お礼なら付き合ってくれるだけでいいのに」


「それは絶対に無理」


「作くんはやっぱ乙女心を理解してしてないなぁ~」


「理解してたから千束と付き合ってたんだろ?」


「それを言われるとなにも言い返せないからムカつく」


「だろ?」


 と、俺は少しドヤる。


「あぁ~なんか作くんのドヤ顔がウザい!もう歌う!」


 椎名はおもむろにマイクを持つと、マイクに持って叫ぶ。


「ちょ、いきなりうるせーよ!」


「もういい!作くんのイジわる童貞意気地なし!」


「いきなり暴言!?」


「そんな私の気持ちを歌に込めます!」


 刹那、曲のイントロが始まる。


 曲名は、『デリヘル呼んだら君が来た』

 それを軽いヘドバンをしながら熱狂的に歌う椎名。


「なんかカオスだなこの光景」


 室内に響く「デルヘル呼んだらき~みがきた~!」という椎名の歌声。

 それを見る、複雑な立ち位置の俺。


「はぁはぁ………………どうだった!?」


 歌い終わった椎名は、額の汗を拭いてメロンソーダを一気飲みするとドヤ顔をする。


「どうもこうも…………なんか嫌な気持ちになった」


 歌詞の『髪型ショートで攻めんのが得意な娘』とか『小柄な娘』とかこいつに似すぎてる。

 デリヘル呼んだ訳でもないけど、うん、複雑だ。


「んじゃぁもう一曲いっちゃうよ~!次は落ち着いた曲で~」


 次に椎名が選んだ曲は、


『キミに溺れたい feat. 暖日いな』


 この曲のサビにある言葉「ねえ キミの世界の中 僕はちゃんと 息を出来ているのかな

 あぁ もう少しだけ ぐっと抱き寄せて ふたりだけの夢で溺れたいの」

 これも椎名の心の中みたいでなんか嫌だ。


 てか待てよ?話が終わったなら俺帰っていいんじゃね?

 この場に俺がいる理由ないよな?


「あの~俺帰ってもいいかな?」


 椎名が歌い終わると、俺は小さく挙手する。すると、


「もちろんダメよ!今日は私の歌を聞いて作くんを楽しませるの!」


 と、即答する。


「全然楽しくないんですけど?」


「これから!これから楽しませるの!見てなさい!?」


「いや帰りた――――」


「はいもう6曲入れたから絶対に聞いてもらいます~」


 高速で入力をすると、画面に次々と曲が表示されていく。


「マジか………」


「マジよ!それでは聞いてください――――」


 スゥ―っと息を吸うと、椎名はまた歌い出す。


「まぁ、こんくらいなら…………いいか」


 今日の所は、椎名への感謝の意を込めて付き合って上げるとするか。



 俺はボソッした声は、椎名の歌声でかき消された。

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