第64話 ”まだ”なんでしょ?


 その瞬間、椎名の瞳は夜景に反射しキラリと輝く。


「それって、彼女って……………こと?」


 頬を赤らめながら、上目遣いでこちらを見てくる。

 その表情に、俺を赤くなるが、慌てて、


「いや、まだそうゆうのじゃなくてさ、もっと普通に、付きまとうとかメンヘラみたいにとかじゃなくて、今はまだ幼馴染らしくって感じでさ」


 手をバタバタとさせながら説明する。

 彼女、とはまではまだ無理だ。昔らしく、仲がいい幼馴染。なんでも気軽に話せて、悩み事を一緒に解決するような、そんな関係に。


「ダメ…………だったか」


 赤面しながら、しゅんとしている椎名に言うと、


「プっ…………ぁははっ」


 突然吹き出して笑う。


「え、俺なんかおかしいこと言ったか?」


「ううん、全然。作くんらしくないなーって思っただけだよ」


「それディスってる?」


「いや、これも作くんらしいか」


「なんか納得いかん…………」


「どんだけ待たせてんのよ。私がどれだけ待ったか知ってる?」


「マジでごめんて」


「ま、そうゆう所も私は好きだよ、子供っぽいところもさ」


 と、涙を拭きながら笑みを浮かべると、


「でも彼女じゃないのはちょっと残念だったな~」


 後ろにもたれかかると、伸びをしながら言う。


「それとこれとは、ちょっと違うだろ」


「作くん、チキったね」


「どこがだよ」


「そうゆう時は、ズバッと言うのが男だと思ったんだけどな~」


「どうゆう事だよ」


「まぁいいよ。私は待っててあげるよ。待つの得意だからさ」


「待つって、いつ俺がそんな事言った」


「だって“まだ”なんでしょ?」


 人差し指をピンと立てると、俺の鼻にそっと置く。


「今は“まだ”彼女じゃないけど、“これから”彼女になれるってことだよね」


「いつ俺がそんな事を」


「さっき言ってたじゃん、彼女とかはまだって。これって遠回しに告白宣言してるよね?」


「なっ………………!」


 小悪魔にこちらを見つめてくる椎名に、俺は赤面する。

 椎名が彼女になる………………………そんな未来訪れるのだろうか。


 無意識に言っていた、“まだ” という言葉。心の奥底ではその未来を望んでいる自分がいるのかもしれない。

 阿部さんが言ってた事、ちゃんと当たっている。


 自分の心に正直に居よう。これは、俺の為、そして椎名の為だ。

 もう二度と椎名を突き放したりなんてしない。異常行動をしたときは少し距離を置くが、多分、もうそれはないだろう。

 俺が拒絶しなければ、椎名も静かに俺の隣にいる。そのはずだ。


「夜景、綺麗だね」


「……………だな」


 いつの間にか、俺の隣に来ていた椎名は、窓に手を置くと、外をじっと眺める。

 この景色、確かに大事な人と見たい景色だな。


 カップルが群がる理由がよく分かる。

 夜景に照らされる椎名の横顔。


 改めて思う。こんな美少女が俺の傍にずっといたことが奇跡なんだと。

 加えて、付き合っていると勝手に妄想していたことも夢の様に思える。


「…………椎名」


「ん、何?」


「ラーメン食って帰るか」


「う、うん……………そうしよっか」


 いつも通り、笑顔でこちらに振り向くと思った椎名だったが、窓の外をずっと眺めている。


 それも、少し俺にそっぽを向いている。

 だが窓の反射で見える椎名の表情。


 それは、頬に一滴だけ涙を流しながらも、はにかむ、夢を叶えた少女の顔であった。


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