第37話 歌わないの!?

「作くん~、カラオケ一緒にいこーよ~」


 引き剥がした手を再度掴むと、椎名はお尻を振りながら言ってくる。

 もう逃げられない。

 これでもし無理にでも逃げようとしたり、逃げ切ったとしても、この前の二の舞になる。


 あんな恐怖体験はもうごめんだ。

 潔く、カラオケに行くしかない。

 でも、椎名と離れる為に最善は尽くす。

 慎重に、こいつのメンヘラを出さないようにだが。


「……………はいはい、行きますよ」


「ん~~!やったぁ~!なら早速カラオケへレッツゴー!」


「ちょ、みんなで行くんじゃないのか?」


「先に部屋取ってた方がみんなの為にもなるでしょ?それに、みんなで行くと2人でイチャイチャ出来ないじゃない」


「普段から堂々とくっ付いてくるやつが何を言ってる」


 そこで恥じらう意味が分からない。

 いつも周囲に引かれるくらいな事してるじゃないか。


「ま、2人の時間が増えるしみんなの為になるからWINWINじゃん!」


「…………はぁ」


「よし行くぞ!」


 と、脱力している俺の手を引いて歩く椎名。

 俯く顔を上げると、教室のドアからこっそりとこちらの様子を見る葉月と佐那。


 2人は小さくガッツポーズをしていた。

 こいつら………一生エッチが出来きない体にしてやる。


「はぁ~、カラオケ。それも作くんと~」


 上履きを脱ぎながら、上の空になる椎名。


「いや、ちょっと前行っただろ」


「アレは違うよ。お話しただけじゃん」


「ノリノリで歌ってたのはどこのどいつだ」


「今回は歌うだけだし、作くんも歌うから楽しみなの!」


「俺は歌うつもりないんだけど」


「え?」


「だから、歌うつもりはないって」


 靴を履きながら言う俺に、椎名は隣に来ると顔を近づけてくる。


「なんでよ!なんで歌わないの!」


「疲れるし、眠いし、聞き専だし」


「カラオケだよ!?歌わないで何するの!?」


「人の歌を聞くだけ」


 周りにも聞き専の人は少なくはないだろう。

 みんなでカラオケに行ってワイワイする空気は好きだが、歌うのは好きじゃない。

 音痴の人などは大体そうだろう。


 ドリンクバーとソフトクリームを食べ、みんなの歌に耳を傾け盛り上げる。

 クラスに1人や2人居てもおかしくないだろう。

 ただ単に、それが俺なだけだ。


「んなぁ~!作くんも歌うの!これは決定事項!」


 手をブンブンと振って激しく主張する。


「何故に強制的」


「好きな人の歌は聞きたいでしょ!」


「全然分からない」


 これが乙女心と言う奴なのか?それとも椎名だけ?


「それに、どんな歌を歌うかも知りたいし!ラブソング歌われたらキュン死確定」


「………ドン引かれる為にアニソン歌うしかないか」


「作くんが歌うならなんでも好きになるから大丈夫」


「なら、歌わないのが最善だな」


 別に音痴な訳ではない。でも歌いたくはない。

 なにせ、椎名の前では歌いにくいからな。

 曲の間奏ではフレーズに合わせてラブコールをしてくるし、ペンライトとヲタ芸をしてくる。


 これは過去に経験済みだ。

 椎名の行動が過激になり始めてから行った時には、メイド喫茶のミニライブの逆バージョンみたいになってたからな。


 歌いにくい以外の何ものでもない。


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