第60話:避難所の危険な夜

 浄水センターで過ごす初めての夜がやってくる。

 夜の10時過ぎになり、事態が動き出す。


『『『ゴブブブゥウウ!』』』


 浄水センターの対岸が、急に騒がしくなってきたのだ。


『『『ゴブブブゥウウ!』』』


 原因は四百以上の子鬼ゴブリンたちが騒音を立てはじめたから。


 ――――バ――――ン! バ――――ン!


 廃車や金属の板を棍棒で叩きながら、耳障りな騒音を立ててきた。

 室内にいても寝られない騒音だ。


「なるほど。騒音攻撃か」


 そんな対岸の光景を、俺は管理棟の屋上から見ていた。


「――――お、沖田さん、いますか⁉」


 しばらくして詩織がやってくる。

 寝起きを起こされたのだろう、かなり血相を変えた顔だ。


「ここにいるぞ」


子鬼ゴブリンが攻めてくるんですか⁉」


 詩織は背負っていた袋から、強化洋弓ハイパーボウを急いで取り出す。

 俺からレクチャーを受けていた彼女は、戦いに備えるために準備するのだ。


「落ち着け。攻めてはこない」


「えっ……でも子鬼ゴブリン、こっちに向かってきますよ⁉」


「あれはブラフだ。ちゃんと見てみろ」


 子鬼ゴブリンたちは騒音を立てながら、浄水センターまで攻めてくる。

 だが消防隊員たちの射程圏内には入ってこない。


 ギリギリ届かない所で、前進と後退を繰り替えていたのだ。


「ほ、本当……だ。それじゃ、アレはいったい何のためにやっているんですか?」


「浄水センター組の士気を低下させるのが目的だ」


「えっ……士気をですか?」


「ああ。こうして毎晩のヤラれたら、間違いなく士気は低下する」


 人間は夜中に適切な睡眠時間をとることで、脳内ホルモンが正常化されていく。


 だが連続連夜、こうして睡眠を妨害されたら、どうなる?


 睡眠不足で脳内ホルモンのバランスは崩壊。ストレスが更に増大していくのだ。


「そういうことだったんですね……こんな子どもみたいな嫌がらせなに……」


「これも人間もやっていた、有効な戦術だからな。効果は絶大だ」


 中世や近代は籠城戦もあった。

 その時に防御側の睡眠妨害をして、士気を低下させる戦術は人類各地にあった。


 城攻戦では特に相手の士気を下げることが、勝利への近道なのだ。


「そうだったんですね。でも、これじゃ、今宵は寝るのを諦めるしかないですね。沖田さんんは、これからどうするんですか?」


「俺は住人の様子を見てくる」


 騒音攻撃を受けている住人が、今どうしているか?

 俺は個人的に興味がある。


 下の階に降りていき、確認することにした。


「あっ、待って下さい。私も行きます」


 どうせ今宵はまともに寝られない。詩織も俺についてくる。


 二人で管理棟の部屋を確認していくことにした。


「あっ……消防の人たちは、けっこう寝ていますね?」


 消防隊員はグループに別れて、仮眠をとっていた。

 昼と夜の見張りのシフトが決まっているのだろう。


「この騒音の中で、よく寝られますね……」


「連中は場慣れしているし、タフだからな」


 消防隊員は基本的に二十四時間体制の任務。

 あとメンタルも鍛えられているため、こうして騒音の中でも耳栓しながら寝られるのだ。


(だが夜は見張りも置かないけないから、結局のところ精神的な消耗はあるな)


 消防隊員は精鋭だが20人しかいない。

 こうして毎晩、騒音攻撃を受けていたら、彼らもボディブローのようにストレスが増えていく。


 そのため夕方の食堂でも職員相手に、かなりイラついていた隊員もいた。

 早めに騒音攻撃に対処しないと、消防隊員も内側から崩壊してしまう危険性がある。


「他の部屋も、見に行くぞ」


 次は職員の就寝フロアを確認しにいく。


「ん? コイツらは……」


 なんと男性職員の数人が、個室で酒盛りをしていた。


「……どうせ、また寝られねぇんだ。飲むぞ……」

「……クソッ、子鬼ゴブリンどもめ……」

「……すきっ腹だと、酔いもやべーな……」


 おそらく職員の酒盛りは、ここ毎晩のことなのだろう。

 どこから調達していたウィスキーで職員はかなり酔っている。


「ど、どうして、こんな緊急時にお酒を……?」


 詩織は軽蔑するような視線、彼を見ている。


「日々のストレスを、睡眠不足でアルコールに逃げたいのさ。褒められたことではないが、この騒音なら仕方がない」


「そ、それはそうですが……私はあまり好きではないです」


 詩織は変なとこが真面目で潔癖症。

 従妹兄リョウマや消防隊員が頑張っているだけに、やるせない気持ちなのだろう。


「他人のことを、あまり背負い込みすぎるな。ストレスで剥げるぞ」


「……もう。若い女性に対して、それはデリカシーがないです、沖田さん」


「そうかもな」


「あっ……」


 そんな時、思い出したように詩織は、こそこそと移動していく。


「どうした、トイレか?」


「――――っ⁉ そ、そういうことに気が付いても、言わないでください、沖田さん! もう……」


 やはりトイレで小用だったのだろう。

 頬を含まらせながら、詩織は女子トイレに向かう。


 管理棟は上下水道がまだ動いているので、普通にトイレは利用可能なのだ。


「ふう。相変わらず、よく分からなん奴だな」


 毎晩のように裸体を俺に愛撫されているのに、今さらトイレを指摘されただけ怒る。

 年頃の少女なので気難しいのだろう。


 あまい気にしないでおく。


「それにしても連中の夜襲、少し厄介な策だな……」


 俺はどんな騒音でも寝られるが、ここの住民たちはストレスが増大していくだろう。

 早めに手を打たないと、内部から崩壊する危険性があるのだ。


 そんなことを考えてことを時だった。


「――――キャァ⁉」


 女子トイレから声が、詩織の悲鳴が聞こえてくる。


「まさか……」


 嫌な予感がした、俺は急いで向かう。

 職員用の女子トイレだが、躊躇なく入っていく。


「……やはりか」


 そこで行われようとしていた光景は、予想通りのもの。


「おい、あんまり大きな声だすなよ⁉」

「俺たちと、一緒に飲もうぜ?」

「おい、消防の連中が来る前に、捕まえろ!」


 二人の男性職員が、詩織は襲おうとしていたのだ。

 かなり酔っぱらっている。


 おそらく女子トイレに入った彼女を見て、二人で追いかけてきたのだろう。


「来ないでください! 私は本気で刺します!」


 トイレの奥に追い詰められていた詩織は、ナイフを構えていた。

 俺がレクチャーした通り、自己防衛をしていたのだ。


「おいおい、そんな物騒なモノ締まって、俺たちと遊ぼうぜ?」

「少しは俺たちにも幸せを分けてくれよー?」


 だが酔っぱらった二人は動じていない。

 ストレスとアルコールで倫理観と、危機感が麻痺しているのだろう。


「おい、ナイフを叩き落としたら、すぐに口を押えるぞ」

「ああ。その代わり最初だからな!」


 むしろ抵抗する詩織に興奮していた。

 手に持った鉄パイプで、詩織をトイレの奥に追い詰めていく。


 このまま詩織を襲うつもりなのだろう。


「ふう……仕方がない」


 二人の背後に、俺は無音で近づいていく。


 ――――スゥ、ドスっ!


 当て身で同時に気絶させる。


 命に別状はないが二人とも、しばらく目は覚まさないだろう。


 この後に『酔っぱらって倒れていた』と、職員の飲み会部屋に運んでいけば、大きな騒ぎにはならないだろう。


 この二人も強い衝撃と、この泥酔状態なら、軽い記憶障害になっている。

 襲おうとしたことと、俺に気絶させられたことも、目覚めた時には曖昧になっているはずだ。


「……あ、ありがとうございます、沖田さん……助けてくれて」


 詩織はナイフを構えたまま、ほっとした顔になる。

 気丈に対応していたが、内心ではかなり怖かったのだろう。


「もしも次、ああなったら、躊躇せずに刺せ」


 だから俺はアドバイスをする。人間相手でも自己防衛はしろと。


「でも、相手は善良な避難民ですよ……?」


「たとえ善良に見えても、自分以外は信じるな。それが今回のお前の失敗だ」


 ストレスがたまった空間では、善良な者でも爆発する時がある。

 サバイバル活動では常に色んな想定をする必要があるのだ。


「……分かりました。一応は覚えておきます」


 俺と過ごしていく日々で、詩織も精神的にタフになっている。

 今、襲われそうになったメンタルを、早くも整えようよしていた。


「それじゃ、コイツ等を別室に置いて、そろそろ寝るぞ。お前も耳栓でもして、女子部屋に籠っておけ」


「はい。でも、実は、沖田さんに、お願いがあります……」


「なんだ?」


 詩織は急に神妙な顔になる。

 何か女子部屋にも問題があるのだろうか。


「実は女子部屋も、そんなに安全じゃなかったんです。泣きわめき人とか、部屋の中に、男の入ってきそうで……」


 なるほど、そういうことか。

 女性職員のストレスもかなり厳しい。

 だから、この騒音攻撃の中で、誰もが正常な思考を発燃えてなくなっていたのだ。


 これは唐津隊長も把握できてないトラブルだろう。


「だから、屋上に避難してきたのか?」


 そんな混沌とした寝床では詩織は、他の男性職員に寝込みを襲われる危険性もある。

 だから子鬼ゴブリンの騒音に乗じて、俺の所に逃げてきたのだ。


「はい……だから沖田さんに、少し“お願い”があります」


「願い、だと?」


「ここにいる期間……妹の所に帰るまで、“私の安全”を守って欲しいです……」


 詩織は先ほどの襲撃未遂で、命の危険も感じていたのだろう。


 大事な妹アズサと再会するために、新たな依頼をしてくる。

 詩織にとっては妹を守ることは、何よりも優先していることなのだ。


「ああ、別にいいが、寝床では俺の命令に従ってもらうぞ?」


「寝床で……命令に従う……」


 詩織は言葉を失う。プライドが高く潔癖症な彼女は、思うところがあるのだろう。


「どうする?」


「……はい、分かりました。妹を守るために、私は死ぬわけにはいかないので」


 だが詩織は即座に了承してくる。

 深く考えながらも、自分の意思で選択をしてきた。


「そうか。それなら、俺の部屋にいくぞ」


 こうして乙女な女子高生の詩織と、俺は寝床を共にすることになった。

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