第42話:崩壊して世界の秘密の一端

 降魔医院の通信ルームに潜入。

 目的は災害用の通信機器で、外部との通信状況を調査するためだ。


「ここは災害用の固定電話と無線機、衛星電話……さすが揃っているな」


 シェルター式の降魔医院は常時、停電とライフライン停止にも想定している施設。

 そのため非常時の通信機器も完備していた。


 普段は使い道がないが、こうした災害時は格段に強い機器ばかりだ。


「現代社会は、“携帯電話”に頼り過ぎていたからな」


 携帯電話は停電時でも一応は使える。

 だが24時間以上の大規模な停電になると、一気に使えなくなってしまう。

 各社の中継局の非常用バッテリーが、切れてしまうのだ。


 世界が崩壊し、停電から三週間近く経っている。

 今はもちろん携帯電話はまったく使えない状況だ。


 だが、この指令室の機器なら、今でも使えるはず。

 俺は順番に試していく。


「さて、まずは非常用の固定電話は……」


 まずは固定用に受話器を外し、適当にかけてみる。

 消防や警察、時報など災害でも使える番号にだ。


「無反応か……」


 固定電話は使えなかった。

 おそらく、この地区の電話基地が機能していないのだろう。


「それなら次は無線機を……」


 この無線機は携帯電話の中継局を使わない、独立した通信システム。

 美鈴が違法改造させて電波も強力なタイプ。


 これなら県外にも通信が可能なはずだ。


「ん? こちらも無反応か」


 だが無線機も通じる相手がいかなった。

 非常用の周波数に合わせても、結果は同じだ。


「遠距離の無線が通じないのか? 近距離でしか無線は送受信できない、ということか?」


 ホームセンター組は中距離用の無線を使っていた。

 つまり市内は無線が使えるが、何故か市街には通信ができない状況なのだ。


 明らかに矛盾している部分がある。

 俺一人では解決は難しいかもしれない。


「さて……おい。これについて、どう思う、美鈴?」


 だから俺は背後にむかって声をかける。


「……おや、気づいていたのかね? 足音は消していたつもりだが?」


 声をかけたのは入り口にいた美鈴。


「死臭が……子鬼ゴブリンの匂いがしたからな」


「キミは犬並に嗅覚も優れたことを失念していたよ」


 子鬼ゴブリンの調査が早めに終わったのだろう。

 白衣姿の美鈴が指令室に入ってくる。


 だが俺は臆することなく質問をしていく。


「勝手にテストさせてもらっていたぞ」


「アタシとキミの仲だ。気軽にここも使いたまええ。だが残念ながら、うちにある災害用の通信機器は、どれも県外には通じなったぞ」


 世界が崩壊した直後、美鈴も真っ先に外部との通信を試みたという。

 携帯電話と固定電話、違法無線機、インターネットなどで確認したのだ。


 だが、どれも異常な反応で使用ができなかったという。


「やはり、そうか」


 全部通じないことは、俺も想定はしていた。特に驚きはない。


「これについてどう考える、聡明な同志は?」


「俺が想定していたパターンは三つ。一つ目は日本中が“同じ状況”で、ライフラインや通信状況が壊滅していることだ」


 日本中に子鬼ゴブリンがあふれ、既に崩壊していたら固定電話や無線機も繋がらない。


「だが、この仮説には穴がある。米軍や他国の偵察機が見えないからな」


 たとえ日本中が崩壊したとして、海の外には他の国が沢山ある。

 特に韓国や東南アジアに基地を有する米軍なら、日本上空に偵察機を飛ばしてくるはず。


 だが今まで一度も、軍用機が飛来した光景はなかった。


「二つ目は、世界中が“同じ状況”になっている、だ」


 これなら外国の偵察機が飛んでこない理由も、ちゃんと説明できる。

 自国も崩壊の対応に必死で、どこも日本に構っている場合ではないのだ。


「ふむ。アタシもその仮説を有力に推している。“世界中が崩壊している説”をね?」


 変態だが美鈴は賢い。

 彼女も色んな情報を整理して、“全世界が崩壊した”と推測していたのだ。


 だがそんな彼女に、俺は推測の穴を指摘する。


「その二つ目の仮説が外れている証拠は、俺はたった今ここで見つけた」


「証拠だと? なんだね、それは?」


「この衛星電話を、お前が使えなかった……ということだ」


 衛星電話は衛星軌道上にある衛星から、直接電波を拾うシステム。

 そのため全世界が崩壊しても、数日間は使用可能なのだ。


「なるほど、それはたしかに。それなら子鬼ゴブリンくんたちが、衛星を落とした説は?」


「高度三万km以上の衛星を、あの短剣や投石で破壊できる相手なら、今ごろ俺たちはとっくに全滅しているさ」


「ふむ。たしかにそうだね。それでは、どうして衛星電話はつかなかったのだろうね?」


 美鈴は興味深そうに眼鏡を上げる。

 おそらく脳内はフル回転させているのだろう

 今回の異質な現象について、様々な仮説を脳内で立てているのだ。


「ふむ……これは難しい問題だな。それなら第三の仮説を聞こうではないか?」


 美鈴は両手を上げて降参してくる。

 まだ情報が少なすぎるために、コイツの頭脳でも有力な仮説が立たないのだろう。


「今のところ証拠は何もないが……これが第三の仮説の図だ」


 俺はリュックサックからタブレットを取り出し、操作していく。

 今までまとめた情報や仮説を、地図を使ってメモしていたものだ。


 俺が記した最新の仮説を、第三の仮説を美鈴に見せる。


「ほほう……これは」


 美鈴が思わず声を漏らす。

 俺が見せた第三の仮説、それは『この地域だけ通信妨害を受けている状態にある』だった。


「これは、面白い仮説だね? つまにこの街だけ、もすくは県が、何らかの通信妨害……電磁パルス攻撃を受けている、ということかね?」


 電磁パルス攻撃は軍用兵器の一種。

 特殊な機器や爆弾によって、対象エリアの電子機器を麻痺させてしまうのだ。


「だが電磁パルス攻撃による広域通信妨害だと、短距離の無線機や、病院の機器も使えなくなるのだぞ。どう反論する?」


 美鈴は矛盾を指摘してくる。


 だが俺はその指定も想定していた。


「ああ、それは知っている。だから今回は電磁パルス攻撃ではない。たとえばこんな感じだ。こうして外部の連絡を閉ざす妨害方法かもしれない」


 俺はタブレットに映したのは、市内の光景を斜め上から移した航空写真。


 そこに俺が補足して記入。

 半透明なドーム状が、市内全域を覆う図を書いていく。


「これは……? なるほど。この地域だけが結界のようなモノで、被われている、という仮説か。これは面白いな」


 美鈴は理論派だが、ガチガチの科学信仰者ではない。

 “結界”というファンタジー的な言葉で俺の仮説を説明してくる。


「つまり同志レンジは今回のことは『ファンタジー的な魔法のような結界で、この地域だけが日本から隔離状態にある』と思っているのか?」


「ああ。何の証拠もないが、今のところ推している仮設だ」


 なんの根拠も証拠はないが、何故か俺が一番しっくりくる仮設。

 あと今回の美鈴の通信の話で、更に有力な仮説の候補が上がっていた。


「“あの沖田レンジがファンタジー的な結界を信じている”か。昔のキミからでは考えられない変化だね、これは?」


 美鈴は軽く皮肉を言ってくる。

 大学時代の俺は超能力やファンタジー、魔法など信じないタイプだった。

 逆にそのことで美鈴のことを変人呼びしたことを、軽く根に持っているのだろう。


 だから俺はちゃんと変化の理由を説明することにした。


「あの“異世界からきたであろう子鬼ゴブリン”を見たら、誰だって価値観は変わるさ」


「はっはっは……そうだね! でも、そういった柔軟なキミは、私は嫌いではないよ! それにしても“あの沖田レンジ”が、“大学一の理屈屋”がファンタジーを語る、か。これは実に面白い!」


 俺からファンタジーという単語が出てきたことが、よっぽど面白いのだろう。

 美鈴はかなりご機嫌だ。


「ふう……さて、だが、あの子鬼ゴブリンくんたちに、そんな芸当が……仮称“結界”を設置することは可能なのか? いくら魔術的な要素があるとして、知能的にも技術的にも、不可能だと思うぞ?」


 子鬼ゴブリンが魔法を使うのなら、今までの戦いで何かしら使ってきたはず。

 だが百匹以上狩ってきた俺でも、魔法を使った子鬼ゴブリンには遭遇してはいない。


 何体も解剖してきた美鈴の指摘は正しい。


「ああ、子鬼ゴブリンはそんな高度なことはできないだろう。だが、更に“上の存在”なら、可能なのかもしれない」


 俺はタブレットを操作して、次なるテーマを表示していく。


 画面に表示したのは、先日の解体の結果。

 大鬼オーガ・ゴブリンの解体した時の動画と写真を、機密情報を美鈴に見せることにした。


「ん? おぉおおおぉおお⁉ これはぁああああ⁉」


 こうして今までになく美鈴は絶叫を上げるのであった。

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