第43話:大鬼《オーガ・ゴブリン》の考察

 大鬼オーガ・ゴブリンの解体した時の動画と写真を、機密情報を美鈴に見せる。


「ん? おぉおおおぉおお⁉ これはぁああああ⁉」


 今までになく美鈴は絶叫を上げる。


「全長は3m以上あるぞ、この子はぁ⁉ 子鬼ゴブリンに似ているが、明らかに別の生物ではないか、これは⁉」


 大鬼オーガ・ゴブリンの解体データに、美鈴は食いつくように見ていく。

 彼女は生物系のマッドサイエンティスト。

 初めて見る大鬼オーガ・ゴブリンを、我を忘れて見ている。


 タブレットを見せながら、俺は補足で説明をしていく。


「それは大鬼オーガ・ゴブリンと呼称した奴だ。今のところ一体しか見ていない」


大鬼オーガ子鬼ゴブリン、なるほど。キミしてはナイスネーミングセンスだねぇ。うん……すごいぞ、この子は……骨格や筋肉も、子鬼ゴブリンくんとは桁違いだね! こんな大きな戦斧を使っていたということは、戦闘力も段違いなのだろうね、きっと⁉」


 さすが生物マッドサイエンティスト。

 解体動画や写真を見ただけで、大鬼オーガ・ゴブリンのことをある程度まで推測している。


「たしかに子鬼ゴブリンの数倍の戦闘力があった。だが、そいつには一つ大きな違和感があった」


「違和感、って?」


「そいつは俺の攻撃を……“拳銃並に威力”がある金属弾丸を、肌で受け止めた」



 日本警察の拳銃は約350ジュールの破壊威力。

 俺の強化スリングショットは計測したことはないが、それ以上の500ジュールは最低でもある。


 だが大鬼オーガ・ゴブリンは素肌で防御していたのだ。


「ん? 『“拳銃並に威力”がある金属弾丸を、肌で受け止めた』だって? それはおかしいぞ? この動画の表皮と皮下脂肪では、それは不可能だね?」


 美鈴が首を傾げるのも無理はない。

 俺が感じた違和感とモノを、彼女は感じているのだ。


 大鬼オーガ・ゴブリンの実際の表皮の厚さに対して、あの防御力は生物学的に異常すぎるのだ。


「ちなみに解体した時は、表皮を斬り裂くのは、それほど手間はかからなった。少しだけ頑丈な子鬼ゴブリン程度だった」


 大鬼オーガ・ゴブリン剣鉈けんなたを使って解体した。

 だが、生きている時は段違いに、簡単に表皮と筋肉は裂けたのだ。


「ふむ? それはますます奇妙だね? どうして弾丸並の攻撃を防げる異常な強度があるのに、死後は普通に戻っていたのだでね、この子は? なぁ、もったいぶらないキミの仮説を言ってくれ、レンジ!」


 謎々を解けない子供のように、美鈴はイライラしている。

 仕方がないので教えてやるか。


「これも仮説がだが、『コイツは生きている時は“何かしらの力”で防御力が上がっていた』のかもしれない」


「生きていた時は防御力が上がっていた、だと? 本気で言っているのかね?」


「ああ、大真面目だ。それ以外は説明ができない、アレは」


 突拍子もない仮説だが、実際に戦った俺が実感していた。

 生きていた時の大鬼オーガ・ゴブリンは高防御力で、高攻撃力の持ち主。本当に厄介な相手だったのだ。


「この仮説には、一応は証拠もある」


 俺はリュックサックから、【収納袋】から“ある戦利品”を取り出す。


「ん? それは石かね?」


「ああ。大鬼オーガ・ゴブリンの体内にあった石だ」


 取り出したのは“魔石”。

 大鬼オーガ・ゴブリンの心臓と反対の胸の中にあった拳大の石。

 子鬼ゴブリンにはなかったモノなので、大事にとっておいたものだ。


「“胃石”が凝固したモノではないのかね、それは?」


 一部の動物には飲み込んだ石を“胃石”とし、食物を磨り潰して消化の助けとしている。

 その仮説を美鈴は指摘してくる。


「いや、胃石ではない。よく見ておけ」


 俺は石を握りしめて、軽く念じてみる。

 武道で“気”を送る要領だ。


 ――――ファア――――ン!


 直後、石が怪しく光り出す。

 軽く熱も持って、得体のしれない力が溢れ出してきた。


「んん⁉ ぉおおお⁉ なんだ、それの現象は⁉ 共鳴⁉ 感応⁉ 見たことがない現象だぞ⁉」


 光り出した石を、美鈴は半狂乱に見つめる。

 明らかに何かのエネルギーを発している現象に、子どものように喜んでいた。


「これも仮説だが……『この魔石は防御力や筋力を増大させる』のだろう。だから、大鬼オーガ・ゴブリンは生物学を越えた能力があった」


 自分で言っていて馬鹿らしくなるが、これ以外の説明がない。

 大鬼オーガ・ゴブリンとの戦いで俺が実感し、解体で見つけた俺だけの仮説だ。


「おお、なるほど⁉ その魔石とやらは『特定のエネルギーを体内で増大させるシステム』という訳なのか⁉ 気功みたいなモノなのか⁉」

 美鈴は世界中の知識に有している。中国の“硬気功”という技を連想していた。


「かもな。効果は桁違いだったがな」


 実際、気功では銃弾を受けられない。

 だがそれ以上の効果が魔石にあったのだ。


 そして俺は先ほどの仮説を、魔石エネルギーで説明をする。


「この“魔石”の持ち主が、他にもいる可能性もある。そいつが“結界”を発生させている可能性もな」


 子鬼ゴブリンは不思議な術は使ってこないが、魔石の持ち主は明らかに普通ではない。

 “街を覆う結界”も、魔石保有者の可能性もあるのだ。


「まさか、そんな馬鹿な…と言いたい所だが、これを見せられた後では、アタシはもう指摘はできないね。ふむ、魔石か。これは素晴らしい……本当に素晴らしい輝きだ……いったい、どういう原理なのだ……」


 ダイヤモンドに魅せられた女性のように、美鈴は魔石を見つめている。

 もはや他のことは考えられないような顔だ。


「なぁ、同志よ……その魔石を私に譲って……」

「ダメだ。危険すぎる」


 即座に断る。

 何しろ魔石には未知数な所が多い。


 もしかしたら発信機のように魔物を呼び寄せる、大きな危険性があるのだ。


「くぅう……やはりか……」


「だが貸してやることは可能だ。対価は調査結果の全ての開示だ」


「ほ、本当か⁉ ああ、それでもいい! 研究させてくれ! 判明したことは、全部レンジに教えるから!」


 今までにないほど美鈴は狂乱歓喜していた。

 これほど喜んでいるのは学生時代にも見たことがない。


「あと調査中するのは、俺がこの建物内にいる時だけだぞ」


 俺がいたら魔物軍団が襲撃してきても、対応が可能。

 これは美鈴の安全のための条件だ。


「ああ、なんでも条件は聞く! 了承した! あぁ……本当に最高だぁ! こんな素晴らしい未知の魔石の研究を、アタシができるなんてぇえ!」


 美鈴は膝をつきながら天を仰いでいた。

 世界が崩壊したことを神でも祈っているのだろう。


(魔石の研究……か)


 今回のことは俺にも大きなメリットがある。

 設備のある降魔医院なら、天才マッドサイエンティストの美鈴なら、何かしらの結果を出せると信じていたのだ。


(今後のためにも、“魔石持ち”にまた遭遇した時用に)


 大鬼オーガ・ゴブリンと同等のモンスター、それ以上のモンスターはいると見た方がいい。

 この世界で生き抜くために、ありとあらゆる情報と対策を用意する必要があるのだ。


「さて、それじゃ……ん?」


 部屋を立ち去ろうとした時、美鈴の異変に気がつく。


「ああ……はぁ…………」


 彼女は甘い吐息を吐き出し、光悦な表情を浮べていたのだ。

 妖艶な笑みで、俺を見つめてくる。


「なぁ、レンジ、ここで“しない”かい?」


 美鈴は知識的な興奮と、性的な興奮が直結している。

 場所や時間は関係ない、学生時代と変わらないヤバイ性癖だ。


「いや、今は遠慮しておく。サバイバル的に、な」


 だが俺はサバイバル活動中、基本的に性的な欲求が湧かない。生存本能の方が、比重が重いのだ。


「それは残念だね。もしも、したくなったら、いつでも私を使いたまえ」


「……検討しておく。それじゃ、寝てくる」


 こうして元恋人の欲望から無事に逃れ、俺は自分の寝床へ向かうのであった。

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