第61話:二人だけの部屋

 詩織の安全を守るために、寝床を共にすることになった。


 俺たちは管理棟内のひと気のない区画へ移動していく。


 総務課の奥にある小さな書類倉庫前にやってきた。


「この中ですか?」


「ああ。唐津隊長から与えられた俺の寝室、書類倉庫だ」


 まだトラブルメーカーな俺は、誰も近くにいないこの倉庫を分配された。

 中は書類だらけの小さな荷物室だが、寝袋を敷けば俺は眠れるのだ。


 二人で書類倉庫に入っていく。


「え……どうして? ベッドがあるんですか、ここ?」


 書類倉庫の中に、ポツンとセミルベッドが置かれていた。

 予想外の光景に、詩織は言葉を失っている。


「夕飯後に俺が片付けて、ベッドは適当に持ってきた」


 これは半分だけ本当だ。

 書類は全部【収納袋】に入れておいた。


 あとベッド一式はホームセンター組から貰い、【収納】して持ち歩いていたモノ。

 強化した身体能力なら、ベッド程度は持ち上げ収納可能なのだ。


「す、凄く快適そうな部屋ですね……」


 詩織が唖然とするのも無理はない。

 ベッドが置いてある一人用の個室は、この管理棟内にはどこにもなかったのだ。


「入ったら、鍵もかけておけ」


「この鍵ですか?」


「ああ。鍵さえかけておけば、“大概のこと”から防げる」


 この部屋全体にも【付与魔術レベル2】で、《全体能力強化〈小〉》を付与しておいた。


 ここは元々、頑丈な鉄筋コンクリートの建物内の個室倉庫。

 強化によって耐久性と防火性、防音性が格段にアップしている。


 対人間用と子鬼ゴブリン用の、俺専用の緊急退避シェルターにしてあるのだ。


 ……カチャリ……


 詩織が鍵を閉めたことによって、避難シェルターは完成。


「え? あれ、外の騒音が……? どうして?」


 いきなり子鬼ゴブリンの騒音攻撃が聞こえなくなった。

 何が起きたか理解できず、詩織はきょろきょろする。


「さぁな。ちょうど壁が厚い倉庫なんだろう。それよりも明日も朝は早い。早く寝るぞ」


 俺は荷物を置いて、アウターを脱いでいく。


 普段の俺はアウターも着て寝るが、それは周囲の警戒のため。


 だが、ここは安全な避難シェルター内なので、多少は脱いでも一応は安全なのだ。


「分かりました……でも、ちょっとだけお願いがあります」


「ん? なんだ?」


「ドラッグストアで助けてもらった時から……いつかは、こうなると覚悟はしていました……」


「あの時だと?」


 ドラッグストア事件の詩織は自分の非力さを実感していた。

 安いプライドは大きな暴力には勝てないと、すでに悟っていたのだろう。


「……だから最初は、“普通の感じで”して欲しいです。私、初めてなので“恋人みたいな感じ”でして欲しいです」


 詩織は覚悟を決めているが、足を震わせていた。勇気を決めて伝えてきたのだろう。


「『恋人みたいな感じ』だと? 何を言っているだ?」


だが、正直なところ俺は、詩織の意図が分からない。



「そ、そんなこと言わせないですください! わ、私だって沖田さんみたいにデリカシーの無い人に、“最初”を捧げたくありません。でも暴漢魔に奪われるよりは……沖田さんの方が何倍もマシなので……だから、こうしてダメ元でお願いしているんです」


「“最初”を俺に捧げる、だと? 何を言っているは、まだ分からないが……それよりも暴漢魔よりもマシ、とか。そう言うデリカシーのないセリフも、あまり他では言わない方がいいぞ、お前も?」


「し、知っています! 沖田さんのノンデリ病が伝染したんです! あとデリカシーのない沖田さんだから、分かりやすく言ったんです!」


 まだ何を言っているか、よく分からない。

だがこの部屋に入ってから、いつもより詩織はよく喋る。


 何かの緊張をごまかすために、あえて軽口を聞いているのだろう。


「と、とにかく、せめて最初だけは、優しくして欲しいです、私は……」


「よく分からないが、それならお前に、そこのベッドに横になれ」


「は、はい……分かりました……」


詩織が急に口数が減る。

真剣な表情でベッドに上向きに横になり、顔を少しピンクに染めていた。


「……沖田さん……ここから先は……?」


「よし、それじゃ、そのまま朝までゆっくり寝て体力を回復しろ」


「えっ……? どういう意味ですか?」


「俺は警戒のために、部屋の前で寝袋で寝ておく」


「沖田さんは……寝袋で? えっ?」


「お前の言っていたことはよく理解できなかったが、“優しくベッド”を譲ったのだから、ちゃんと寝ろ」


ガチャリ……


そう言い残して俺は部屋を出ていく。

リクエスト通りに詩織に、できる限り優しくしてやったのだ。



「えっ……沖田さん……? 私の勘違い、だったの……? ――――っ⁉…」


だから顔を真っ赤にして詩織が恥ずかしがっていたことは、知る由もなかった。

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