第78話:今後について

 祝勝会の最中。

 浄水センターの今後について、唐津隊長と話をしていく。


「ここを……“浄水センター組は一時解散”、本当にその決断でいいのか、隊長?」


 ここ数日の話し合いで、浄水センター組は解散することになった

 決定事項だが、隊長の本心を再確認していく。


「はい、決意は変わりません。ホームセンター組に傘下に、浄水センター組は入ります」


 この管理棟は大人数が長期間居住するには適さない場所。

 そのため浄水センター組は、高木社長の傘下に入る形になったのだ。


「とは言っても、このセンターの維持は、職員が行っていきますが」


 浄水センターの運転と維持には、最低限の人を配置する必要がある。

 今後は保持と警備の人員を、ここに配備するスタイルになるのだ。


「沖田くん的には、どう思いますか?」


「悪くない策だ。生活物資と近隣環境は、あっちの方が何倍も優れているからな」


 浄水センターは西地区の僻地にあるため、基本的に周囲は河川や水田しかない。

 だから大人数が居住できるホームセンター地区を拠点とするのだ。


「そう言ってもらえると安心です。我々隊員も、ここの防衛は命を賭けてしていきます」


 ガーバイルたち子鬼ゴブリン軍は徹底的に殲滅した。

 この区画もしばらく安全になるが、最低限の守備兵はまだ必要だ。


「命を賭ける必要はないぞ。何かあったら、援軍が来るまで、籠城するんだぞ」


 今回の補修で、浄水センターの防御力は大幅に強化されている。子鬼ゴブリン軍が攻めてきても、何日も耐えられるだろう。


 あと、ホームセンター区間は片道2時間に短縮され、一日1回の往復定期便も走らせていく。


 だから有事の際に関しては、籠城作戦。ホームセンターからの援軍を待つ戦術になるのだ。


「そうですね。命は大事にしておきます」


 籠城戦に関しても、唐津隊長はかなりの能力を持つ。今後も浄水センターを守っていってくれるだろう。


「ところで、高木社長の傘下に入ることは、個人的には問題ないのか?」


 唐津隊長はどちらかといえば保守的な性格。

 それに比べて高木社長はイケイケな性格。

 両者が対立しないか、少しだけ心配な部分もあるのだ。


「ここだけの話、平和な時でしたら、私の方が有能だったでしょう。ですが今のような時代では、高木のような男が、上に立つ必要があります」


 唐津隊長が口にするように、あのパンチパーマ社長には乱世の英雄の素質がある。


 だから彼を認めて、隊長も一歩下がることを決めていた。

 今後はホームセンター組の副官として、同級生をサポートしていくつもりなのだ。


「いいコンビになるな、お前たちだと」


 行動力のある高木社長と、冷静で分析力のある唐津隊長。

 この異なる二人が合流して、新生ホームセンター組は更に固い組織になるだろう。


(それに消防隊員とホームセンター男衆、その組み合わせも面白いな)


 破格の戦闘力を有する消防隊と、市内屈指の先頭集団ホームセンター男衆。

 これらが融合されたことで、ホームセンター組は更に強固な集団になるだ。


「高木と喧嘩しないように協力してきます。ところで、沖田くんは、今後どうするつもりですか? 貴方のことなので、ここにも長居はしないと思いますが……」


「次は違うエリアに……市役所地区を調査するつもりだ」


 市役所のある地区は、この街で一番防災機能が充実していた。

 警察本署や防災センターなどに、多くの生き残りがいる可能性があるのだ。


「市役所地区ですか? ですが地区に向かう橋は、今は……」


 唐津隊も初期に、市役所地区への移動を試みたという。

 だが多くの子鬼ゴブリンの集団が道中にいて、移動を断念したのだ。


「俺一人なら問題はない」


 俺は隠密移動を得意として、強化身体能力も有する。

 単独なら市役所エリアに潜入できるはずだ。


「たしかに沖田くんなら、可能ですね。それなら、もしも良かったら、“ウチのリョウマ”も連れて行ってください。今のアイツなら、貴方の役に立つはずです」


 佐々木リョウマはレギオス戦を経て、大きく成長していた。

 数日前の消防署の襲撃の際も、一人で子鬼ゴブリン群を圧倒。

 大戦斧を使わせた戦いなら、俺よりも上だろう。


「たしかに奴は強くなった。だからこそ新生ホームセンター組にいた方がいい。万が一の保険だ」


 特殊個体は神出鬼没。

 新生ホームセンター組が特殊個体と遭遇した時、あの男の力は絶対に必要になる。

 だから唐津隊長の提案を断ることにした。


「分かりました。リョウマは沖田さんと一緒に行動したそうだったので、彼も残念がりますね」


「あの熱血ゴリラが、俺と? 面白い冗談だな?」


 たしかに浄水センター防衛戦から、リョウマとは前より話すようになってきた。


 だがアイツは相変わらず俺に対して、生意気な口を効いてくる。


 先日も『沖田、俺と一対一タイマンしやがれ!』と、いきなり喧嘩をふっかけてきたくらいだ。


 そういえば一対一タイマン以降、リョウマは少しだけ態度が変化はしていた。

 生意気な口はきいてくるが、どこか前と違っていたのだ。


 だが、あの男が俺に好感があるとは、何かの間違いだろう。


「……なるほど。高木が言っていたように沖田くんは『腕は立つし、度胸もあり、頭の回転も速く、顔も悪くない。だが“人の好意が分からない”っていう弱点』が本当にあったんですね」


「さぁ、そうだろうな」


 唐津隊長が何のことを言っているか、正直なところ分からない。

 だから適当に返事をして、軽く流しておく。


「おや? “次の方”が来たみたいなので、私は戻ります」


 俺の方に、何人かが向かってくる。

 唐津隊長は気をきかせて退散していく。


「「「沖田さーん!」」」


 笑顔でやってきたのは、三人の二十代の女たち。

 ドラッグストアで俺が助けた元気な三人組だ。


「お前たちか。ホームセンター組でも元気にしていたみたいだな」


 彼女たちは祝勝会の手伝いとして、こっちに来ていた。三人の噂は聞いていたが、会うのは久しぶりだ。


「はい!」

「これも沖田さんの紹介のお蔭です!」

「ウチらも、マリア先輩のとこでで、バリバリ働いているっすよ!」


 高木社長の話によると、この三人はホームセンター組の“癒し係”として、マリアの手伝いを日々していた。


 ホームセンター組の“癒し係”は、大人の男性を性的に癒す仕事。

 だが三人が自発的に立候補してきたらしい。


 なんでも彼女たちは元々、夜の仕事の経験者。

 そのため不特定多数の男性と性的な行為にも、拒否反応ないという。


(癒し係の増員か。これは新生ホームセンター組にもありがたいな)


 浄水センター組の職員と隊員は、一人身の成人男性が多く、性的なストレストラブルが問題だった。


(この三人とマリアがいたら、なんとかなるな)


 だが新生ホームセンター組には4人も“癒し係”がいる。今後は性的なストレス暴発事件は起きないだろう。


 人間が集団生活をする中で、男性の性を癒す役割は絶対に必須なのだ。


「ねぇ、沖田さん。だから約束とおり、ウチとエッチしてくださいよー」

「ずるい! 抜け駆け禁止だから!」

「止めなよ、二人とも。沖田さんはマリア先輩とマミッチがいるんだから⁉」


 三人とも慎ましさとお淑やかさが、マリアに比べて少々足りない。かなりオープンに性の話をしてくる。


 だが、このくらい明るく前向きな方が、癒し係にはちょうどいいのかもしれない。


「機会があったホームセンターにいく。それまで頑張っておけ」

「「「はーい!」」」


 元気な三人組と別れる。


 ……ざわ……ざわ……ざわ……


 ……がや……がや……がや……


 宴はまだ続いている。


「上に、行くか」


 だが俺は夜風に当たるため、屋上に移動することにした。


 ◇


 管理棟の屋上にきた。

 夜風に当たりながら、周囲の安全の確認もしていく。


「この辺も静かになったな」


 数日前までは、毎晩のように子鬼ゴブリンの騒音攻撃があった。

 だが今は川の流れしか聞こえない、静寂な場所になっている。


 そんな俺が一人でいた屋上に、誰かがやってきた。


「詩織か」


 やってきたのはメイド姿の詩織。

 宴会も給仕の手伝いもひと段落して、休憩に来たのだろう。


「お前も、涼みに来たのか?」


「はい。あとは女職員の皆さんが、やってくれるそうです」


「お前も、あの戦い以来、働いていたからな」


 ここ数日、詩織は積極的に浄水センター組の手伝いしていた。

 以前の受け身だった少女とは、まるで別人のように働きぶりだった。


「『働かざる者、食うべからず』って、どこかの沖田さんが、口を酸っぱくしていましたので、私も頑張ってみました」


 俺の口調を真似しながら、詩織は生意気な口を効いてくる。

 サバイバル活動や戦闘活動に関しては従順だが、不断は生意気な口は相変わらずだ。


「ふう……それにしても。ここで、あんなに激しい戦いがあったなんて、今でも信じられないですね……」


 屋上から景色を見て、詩織は感慨深くつぶやく。


 彼女は思い出しているのだろう。


 数百の子鬼ゴブリン軍との戦いを。


 巨大なレギオスと、狡猾で危険なガーバイルとの激戦のことを。


「沖田さんは、これからも、あんな危険な存在と戦っていくんですか?」


「だろうな」


 ガーバイルの口調だと“魔貴族デモンズ”とやら、他にも存在しているはず。

 奴らの目的は『人間を混乱に陥れて《混沌力》を集めること』だ。


 それに対して俺の目的は、自分の安住できる地を増やしていくこと。


 つまり“魔貴族デモンズ”と俺の目的は、相反するもの。

 また別の“魔貴族デモンズ”と必ず敵対するだろう。


「やっぱり、そうですか。沖田さんは、明日から、どうすんですか?」


「とりあえずは降魔医院に一旦帰還する。新しい魔石も手に入ったからな」


 ガーバイルの魔石は、謎のロシア少女に強奪された。


 だがレギオスの魔石は収納すみ。美鈴の研究室で解析をしてもらう予定だ。


「美鈴先生の所に……でも、たぶん長居はしないんですよね?」


「ああ。すぐに市役所地区の探索に向かう」


「市役所……危険な場所ですか?」


「ああ。間違いないだろうな」


 子鬼ゴブリンは避難民が多い場所に、押し寄せる習性がある。

 そして《混沌力》を集める“魔貴族デモンズ”も同様だ。


 つまり今まで以上に危険な探索になるのだ。


「やっぱり……あの、沖田さん……私は役立っていましたか? 先日の戦いで?」


 俺の今後の予定を聞いて、詩織が真面目な顔に。意味深なことを聞いてくる。


「ああ。お前の働きは悪くなかったぞ」


 正直なところ詩織の弓矢は、かなり強力な援護射撃だった。

 詩織の援護射撃がなければ、リョウマはレギオスに致命傷を負わされていた可能性が高い。


 あと、最後のガーバイルを射ったのは大仕事。

 遠距離射撃に関してだけなら今回、詩織はかなりの功績者なのだ。


「私、沖田さんの役立っていたんですね……」



 詩織は感情を押し殺しながら、何やら喜んでいる。俺に認められたことが、よほど嬉しいのだろう。


「私は“今後も”沖田さんの足手まといにならないですか、同伴者として……?」


「未熟なところも多いからプラスマイナス、ゼロだな」


 詩織はサバイバルの素人だが、成長力は高い。戦力としては役立つが、まだ足手まといの部分もあるのだ。


「というか“今後も”だと? 妹がいるから、付いてこられる訳ないだろうが? どうしたお前、変だぞ?」


 今の詩織の質問だと『今後も俺に付いてきたい』という意味にも聞こえる。

 だから俺は指摘をしておく。


「き、聞いてみただけです! もう……沖田さんは、本当にデリカシーがない人なんですから……」


 いつもの生意気な、だが元気な詩織に戻る。

 相変わらずよく分からない奴だ。


「俺は先に会場に戻っているぞ」


 あまり席を外していると、真美が何かとうるさい。俺は祝勝会に戻ることにした。


「お、置いていかないでください、沖田さん! もう……」


 こうして賑やかな祝勝会の夜は過ぎていく。


 そして俺が浄水センターを後にする朝がやってくるのであった。

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