第79話:【2章:最終話】:二度目の別れ

 祝総会の翌日になる。

 俺が浄水センターを旅立つ朝がやってきた。


 ……ざわ……ざわ……


 早朝だというのに、正面ゲート前には大勢の見送りがいた。


「お前ら、今日も忙しいはずなに、どういうつもりだ?」


 見送る会の発起人だという唐津隊長に、俺は皮肉を言う。


「気にしないでください、沖田くん。我々は自発的に見送りにきただけです」


「自発的に、だと?」


 どうして、こんなに見送りがいるのか?

 正直なところ俺は困惑していた。


「さすがの沖田くんも、少しは驚きましたか?」


 唐津隊長はイタズラっぽく笑っていた。


 いや……隊長だけではない。

 見送りの全住人がニヤニヤしていた。


 この雰囲気的に、昨夜のうちに決めていたのだろう。『全員で見送って、俺を困惑させる』というサプライズを。


 だから朝早くから全住人が見送りにきたのだ。


(まったくコイツらときたら。最初は、あんなに死にそうな顔をしていたのに……)


 今から一週間以上前、ここの住人は本当に辛辣な雰囲気だった。


 食糧不足と寝不足のストレスで、対立構造が発生。

 人間同士で争いが発生する寸前。


 ガーバイルの狙い通り、“混沌”のたまり場と化していたのだ。


(だが悪くはないな。今のコイツらの顔も)


 今、見送りに来ている浄水センター組の顔は、晴れ渡っていた。


 水田たち職員は自分の仕事のプライドを思い出し、誰もが未来を見つめている。


 唐津隊長と消防隊員も強大な敵を倒したことで、闘志と自信に溢れた表情。


 今の浄水センター組は誰もが、本当に“良い顔”をしていた。


 そんな明るい雰囲気の中、見送り人は俺に声をかけてくる。


「何度も言いますが、我々がここまで復活できたのは全部、沖田くんのお蔭。本当に感謝しています」


 相変わらず真面目に感謝を述べてくる、唐津隊長。


「ああ、そうだぜ! だから、必ずまた戻ってこいよ、屁理屈ノッポ!」


 自信と取り戻し、主任として仲間を引っ張っている水田ノボル。


「沖田さんの灯してくれた、ここの火は、私たちが絶対に守っていきます!」

「絶対に!」


 例の若手職員の二人組。


「だから安心して行ってこいよ、沖田!」

「レスキュー魂を忘れるじゃねぇぞ!」


 そして消防隊員の連中。


 誰もが暑苦しい言葉で。


 魂を込めた言葉で、俺を見送ってくる。


 だが、そんな中、一人の男が、静かに俺の前に立つ。


「沖田……」


 大戦斧を手にした隊員、佐々木リョウマだ。


「やっぱり、コレは返す」


 らしくない神妙な顔でリョウマは、大戦斧を差し出してくる。


「前も言ったが、それは俺には不要な粗大ゴミ。だからお前にやる」


 何日か前、《断罪の大戦斧バトルアックス》を譲渡していた。リョウマは嫌がっていたから、無理やり粗大ゴミとして押しつけたのだ。


「いや、だがよ、お前の方が……」


「熱血ゴリラ……いや、佐々木リョウマ。お前には“戦士としての力”がある」


 納得がいかないリョウマに、俺は言葉を伝えていく。

 正面からの近接戦闘なら、今では俺と近い実力に成長していると。


「レスキュー魂も大事だが、有事の今世の世界。その力を使い、仲間を守っていけ」


 そして伝える。覚悟を決めて戦えと。

 大事な仲間を守るために、戦士として大戦斧を振るえと。


「“戦士”……か。ああ、分かった。仕方がねぇな! お前がいない間も経験値を積んで、次こそは一対一タイマンでぶっ飛ばしてやるからな!」


 リョウマの目から迷いは消えていた。

 熱く真っ直ぐな瞳で俺のことを見つめ、強く宣言してくる。


 相変わらず生意気な口調だが、最初とは何かが違う言葉だ。


「期待している」


 この分ならリョウマはもっと強くなる。

 新生ホームセンター組の特攻隊長として敵を倒し、もっと勢力範囲を広げてくれるだろう。


 戦士として成長したリョウマと再会するのが内心、俺も今から楽しみだった。


「あと、妹を……詩織を泣かすなよ? 泣かしたら、容赦しないからな⁉」


「お前に許可される言われはないが、善処する」


 “詩織と俺の関係”は、数日前の一対一タイマンの時に、リョウマだけに知られていた。


 だがこの従兄妹は最初のように激昂してこなかった。

 “詩織を泣かさないこと”を条件に、今後の同行も許可してきたのだ。


「ふう……やっぱり詩織が言っているように、お前は女心が……人の心が分からねぇのか? なんで詩織はこんな奴に付いていくんだ……まったくよう……」


 何やらリョウマはぶつぶつと小言を言っている。


 だが、そろそろ出発の時間。放っておき、俺は準備にとりかかる。


 正面ゲートに移動しておいた愛車、ジムニーの運転席に乗り込み、エンジンを始動させる。


「沖田さん、安全運転でお願いします」


 降魔医院まで同行する詩織が、助手席に乗り込んでくる。


「それじゃ、行きましょ、レンジ!」


 前回と同じように勝手に付いてくる真美も、助手席に乗り込んでくる。


 だが……“助手席”は一つしかない。


「あの真美さん。どうして助手席に乗ろうとするんですか?」

「詩織ちゃんこそ、どうして⁉」


 そのため二人は揉めている。


 数日前の“初対面の事件”で、二人は急に仲良くなっていた。


 だが今はまるでライバルのように、助手席の座を争っている。


「邪魔だ。二人とも後ろにいけ」


 時間が惜しいから、二人を後部座席に押し込む。


「沖田さん、女性の扱いが酷すぎます」

「もう、レンジったら!」


 二人ともかなり不満そうだが、俺は無視して出発の準備をする。


「それじゃ、いくぞ」


 アクセル踏んで、ゆっくりと車を前進。

 浄水センターの出口へと、徐行で進んでいく。


「屁理屈ノッポォオ! 絶対にまた顔を出せよぉ!」

「沖田さん、またぜひ!」


 後ろの見送り組から、水田たち職員の大きな声が、聞こえてきた。


「沖田ぁあああ! 絶対に妹を泣かすなよぉおお!」

「レンジ、またなぁ!」


 リョウマと消防隊員の暑苦しい声援も、聞こえてきた。


「詩織ちゃんも、気をつけるんだよ!」

「マミっちも、またねー!」


 女性職員やホームセンター女衆の見送る声も、聞こえてきた。


「みなさん、本当にお世話になりました!」

「みんな、またね!」


 後部座席で詩織と真美が、手を振り返していた。


 俺もサイドミラーに移る人影を見ながら、なるべきゆっくりと運転していく。


「「「…………」」」


 気がつくと、見送りの声は聞こえなくなっていた。


 管理棟が見えない遠い場所まで、俺たちは移動していたのだ。


「……やっぱり、しんみりしちゃうね。こういうのは……」

「そうですね……私も、こういうのは弱いです……」


 後部座席の女性陣は、目を潤ませていた。


 真美はここ数日間の充実した日々を。

 詩織は辛かったけど、楽しい日々を。

 二人ともしんみりと思い出しているのだろう。


「やっぱりお前だけ、今からホームセンターに送ってもいいぞ? 特に真美は付いてくる必要はないだろう?」


 詩織は妹がいるから、降魔医院に送る必要がある。

 だが真美が同乗する意味は、特にはないのだ。


「レ、レンジには、これからも付いていく、って昨日も言ったでしょ⁉ この意地悪! 鈍感! もう……レンジのバカ……」


「沖田さん、本当にデリカシーのない発言だと思います。真美さんに謝罪してください」


 さっきまで泣いた二人は、急には態度を変える。


 頬を膨らませたり、軽蔑した顔になったり、本当に感情がコロコロ変わる奴らだ。


 まぁ……だから一緒にいて、俺も飽きないのかもしれない。


「ねぇ、詩織ちゃん。降魔医院って、どんなところなの?」


 早くも気持ちを切り替えたのだろう。真美は後部座席で、詩織と女子トークを始める。


「ちょっと変わった病院です。滞在するなら真美さんも、覚悟しておいた方がいいです」


「そのメイド服を着なきゃいけない、ってこと? 詩織ちゃんは若くて可愛いから、似合うけど、私は大丈夫かな……」


「真美さんも大丈夫だと思います。慣れたら意外と快適です、この服も」


 二週間近くもメイド服を着て、詩織の感覚は麻痺しているのだろう。

 ごく当たり前のことのように、ミニスカアダルトなメイド服を勧めていた。


「そ、そっかー、な? あと、詩織ちゃんの妹もいるんでしょ? どんな子のなの?」


「アズサは元気な妹です。後で、紹介しますね」


 降魔医院を離れてから、一週間以上も経っていた。


 リハビリをしていたアズサも、今頃は元気になっているだろう。

 もしくは元気になり過ぎて、病院内を走り回って、涼子や美鈴に怒られているかもしれない。


「そっかー。私は一人っ子だったから、アズサちゃんに会うの、楽しみ」


 真美も降魔医院に、しばらく滞在する予定。まだ見ぬ少女との対面を、今から楽しみにしている。


「そろそろ、裏道に入る。しゃべりして舌を噛むなよ、お前たち」


 こうして俺たち三人は元気になったアズサの元に、降魔医院に向かうのであった。


 ◇


 ◇


 ◇


 ――――だが、この時の俺たちは知らなかった。



 ――――この時すでに降魔医院から、アズサの姿が消えていたことを。



 ――――降魔医院が新手の“魔貴族デモンズ”の襲撃を受けて、魔石とアズサが持ち去られていた事件を。




 ◇







 第二部【完】




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ゴブリンだらけの危険な世界になったけど、俺だけ【チート付与魔術】で都市サバイバルを自由に生きていく ハーーナ殿下@コミカライズ連載中 @haanadenka

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