第11話:お嬢さま女子高生 佐々木詩織

 室内散策で意外な掘り出し物を発見する。

 なんと小さな室内灯が付いていたのだ。


(ここは電気が通っているのか? ああ……なるほど太陽光発電か)


 廊下で太陽光発電の操作パネルを発見。

 おそらく屋根に太陽光発電パネルを設置しているのだろう。


 他も台所の冷蔵庫やコンセントなどの電源は付いていた。子鬼ゴブリンに見つからないように、最低限の電気だけを使っているのだろう。


(太陽光発電の家か。なるほど、これは便利なものだな)


 今この街は大規模停電中で、基本的に電気は使えない。

 だが太陽光発電さえあれば最低限の電力は確保可能。人として快適な生活が可能なのだ。


(俺の拠点探しも、なるべき太陽光発電がある建物を探してみるか)


 俺は野外のサバイバル活動は好きだが、できれば電気があった方が快適。今後の拠点探しのヒントを一つ得られた。


(さて、他の部屋は……なるほど、普通の住居だな)


 二世帯住宅ということもあり、二階には生活の設備が整っていた。

 リビングキッチンとトイレ、風呂、個室は3つあった。


 一つは幼い妹の部屋なのだろう。子ども用のおもちゃとベッドがある。


 もう一つは姉詩織の部屋。

 この街の名門“湊台高校”の女子高生のデザイナー制服が、ハンガーにかかっていた。


 残りの個室はベッドしかない空き部屋か、客室なのだろう。


 まだ時間があるのでリビングに戻り、台所周りを確認。こっそりと冷蔵庫の中身も見てみる。


(だが中身は空……か。水と食い物は非常用の備蓄を食いつないで、今まで生き延びてきたんだろうな)


 人は電気があっても、食料がなければ長くは生きていけない。

 そういう意味で佐々木家はかなりの危険な状況にいる。


(姉妹以外は……いなそうだな)


 二階には他の住人が暮らしている形跡はない。


 それに世間知らずの女子高生が、一人でコンビニに行ったくらい切羽詰まった状況。

 おそらくは佐々木部長、親は一階で亡くなっているのだろう。


(水はあるようだが、食料は絶望的だな)


 二階のどこを探しても、食料の欠片らも見つからない。

 菓子や乾物の空き袋が、台所のゴミ箱にあった。

 こんな物まで食い尽くすとは、かなり追い詰められた状況だ。


「あ、あの沖田さん……」


「ん? もういいのか?」


 そんなことを考えていたら、詩織が近づいてきた。

 妹のアズサは奥の寝室で、規則正しい寝息を立てている。


 粥とスポーツドリンクを胃に流し、容態が安定。妹の部屋のベッドに、詩織が運んだのだろう。


「はい、お蔭さまで、なんとか……この度は本当にありがとうございました。命まで助けていただいただけではなく、貴重な食料も分けていただき、本当に感謝しありません」


 詩織は丁寧に頭を下げてきた。

 見ず知らずの男にここまで感謝するとは、本当に育ちがいいのだろう。


 だが平和な時代ならともかく、この世界では見ていて不安さえある純粋さだ。


子鬼ゴブリンの駆除は町内のゴミ掃除、気にするな。それよりもこの粥はお前の分だ、食っとけ」


 今回、粥は多めに、詩織の分も用意しておいたのだ。


「で、でも……妹に残してあげたくて……」


「どうせお前も同じくらい食っていないんだろう? 看病する方が体力は必要になる。いいから、食え。食わないなら捨てるぞ」


「……はい。有りがたく、いただきます」


 詩織は少し躊躇しながら、ソファーでお粥を食べ始める。


 今までよほど腹が減っていたのだろう。

 大事に食べながらも、あっという間に一人前をたいらげる。


「ふう……」


 久しぶりに食料を腹に入れて、詩織は息を吐き出す。

 先ほどの余裕がない時にくらべて、顔つきもだいぶ落ち着いている。


 これなら話も聞けるだろう。

 俺も向かいのソファーに座って話をすることにした。


「お前たちの親はどうした?」


「お、お父さんとお母さんは……あの時に、一階にいて……私たちだけ二階にいたので……」


「……なるほど」


 やはり、両親は子鬼ゴブリンの毒牙にかかっていた。

 一階からしたのは部長夫妻の死臭だったのだ。


「……近くに他に頼れる親戚、大人はいないのか?」


 だが俺はあえて触れずに話を続けていく。


「い、いえ、いません。親戚は別の県にいるので……」


 なるほど、頼れる血縁者も近くにいないのか。

 だから女子高生である詩織が無理をして、食料調達に行った訳だ。


「父と母が死んだのは今でも信じられません。でも今はアズサには私しかいません……だから私がどうなろうとも、アズサを守っていかないと……」


 最初は世間知らずで弱いイメージがあったが、詩織は芯が強い女だった。

 両親を失ってもなお、幼い妹をたった一人で守ろうと決意している。


「なるほど、事情は分かった。コイツは話を聞かせてもらった情報量だ」


 リュックサックから二日分の非常食を取り出す。

 今回は有益な情報は聞けなかったが、一般市民の状況と太陽光発電のヒントを知れた対価だ。


「あ、ありがとうございます、沖田さん!」


 詩織は目を輝かせ、非常食に手を伸ばす。

 喉から手が出るほど欲しかった物資なのだろう。


「本当にありがとうございます、沖田さん……」


 まるで救世主でも崇めるように、詩織は感謝の言葉を向けてくる。

 本当に純粋無垢な瞳だ。


「それじゃ、後は姉妹で頑張っていけ。救助隊が間に合うことを祈っておく」


「――――っな⁉」


 だが直後、詩織の表情が一変。何が起きたか理解できずにいる。


「あ、あの、沖田さん? もしかして、もう来てくれないんですか、ここに? また来てくださるんですよね?」


 彼女はおそるおそる、言葉を選んで質問してくる。


 今のところ救援隊が来る可能性は低い。

 更に今の佐々木邸には、どんなに節約しても数日分の食料のしかかない。


 佐々木姉妹にとって俺だけが唯一の希望の光なのだ。


「いや、それは約束できない。俺もいつまで街にいるか不明だからな」


 いくら【付与魔術】の能力があったとしても、この崩壊した世界が危険であることは変わりない。


 今はまだ子鬼ゴブリン駆除や家荒らしで食料調達は可能だが、状況は更に悪くなる可能性もある。


 俺はより安全な拠点を探し、生活拠点を移動させていく必要があるのだ。


「そ、そんな……」


 詩織は顔面が真っ青になる。

 何しろこのまま俺を見放したら、佐々木姉妹はいずれ餓死してしまう。


 もしくは先ほどのように外に無暗に出かけて、子鬼ゴブリンにエサになるだけだ。


「お、お願いします、沖田さん! 助けてください!」


 追い詰められた詩織は必死になる。

 ソファーから立ち上がった俺の膝に、抱きつき引き留めてきた。


「両親が死んで、外は化け物だらけで……もう沖田さんしかいなんです……」


 詩織は涙目で抱きついたまま、上目づかいで懇願してくる。

 清潔感があり可愛らしい顔が、大粒の涙でぐちゃぐちゃ乱れていた。


「私たちを助けてくれるのは……アナタしかいないんです……助けて下さい……」


 ワンピースの胸元に、詩織の涙がこぼれ落ちていく。


「……『アナタしかいない。助けて下さい』か。少し甘いぞ、お前は」


 だが俺は冷たく突き放す。

 何度も言うが今は非常時で、自分の身は自分で守らないといけないのだ。


 まして俺は英雄でもヒーローではない。

 いくら不思議な力を得たとしても、関わった全ての他人の命まで背負う余裕はないのだ。


 それがたとえ会社の上司の娘だとしても。


「で、でも、沖田さんは良い人なんですよね? だって、私を助けてくれ、この食料を分けてくれたじゃないですか? 沖田さんは優しい人だから、私を助けてくれたんですよね⁉」


「優しい人だと? 勘違いするな。子鬼ゴブリンを狩ったのは、目ざわりだったからだ。その食料を渡したのは情報の“対価”だ」


 だが二階に引き籠っていた詩織からは、これ以上の情報はないだろう。


「た、対価? そ、それならお金を支払います! ここに……一万円ならあります! 足りないようでしたら、一階の親の部屋に、私の定期預金の通帳があります! それでも足りなければ……母の部屋の貴金属も……全部あげるので助けてください!」


 詩織は必死にしがみついき懇願してきた。妹を助けるために見栄すらも捨てている。


「金、貴金属だと? 本気で言っているのか? 今は二週間以上も何の救援活動がない無政府状態なんだぞ。そんな物が何の役に立つと思いっているんだ? 役に立つと思うなら、今すぐそれをもって商店街に行って買い物してこい」


「そ、そんなの無理に決まっています……」


 先ほどの子鬼ゴブリンに襲われた恐怖を、思い出したのだろう。

 詩織は更に真っ青な顔になる。

 自分一人ではどこにも行けないことを自覚していた。


「この世界では金や金属は価値がないことを、ようやく理解できたか」


「そ、それなら沖田さんは、いったい何が“対価”として必要なんですか?」


 だが詩織は引き下がらない。幼い妹を救うために必死に追いすがってくる。


「対価か? 普通なら綺麗な飲み水と食料、あと燃料。更なる情報だ」


 だが今の俺には、これもそれほど需要でない。

 なにしろ、ここ数日の野外活動で、この世界の生き方にも慣れてきた。


 また食料は子鬼ゴブリンの肉と空き家から調達可能。

 水もサバイバル浄水器で小川や雨水を、俺は飲み水にできるのだ。


「そ、そんな……それじゃ、沖田さんが必要な対価は、何もないじゃないですか……?」


 交渉相手は欲が満たされている男。

 交渉の決裂寸前が近づいていることに気が付き、詩織の声は小さくなっていく。


「それならお前が『俺の役に立つ可能性』があるか示せ。そうしたら少しなら手助けする」


 仕方がないからヒントを出すことにした。

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