第12話:先行投資

「ほ、本当ですか⁉ でも『役に立つ可能性』って……?」


 詩織はまだ高校生で、言葉の意味が分からないのだろう。


「お前は若い女で、見た目も悪くはない。俺の足を引っ張らないように自立できるのなら、今後の役に立つ」


 仕方がないから真美と同じようにストレートに説明してやる。


「“若い女で見た目”……っ? ――――っ⁉」


 俺に襲われる、と勘違いしたのだろう。

 足にしがみついていた詩織は、勢いよく立ち上がって離れていく。


「そ、そんな……最初から、それが目的で⁉」


 涙で懇願していた顔から一変。

 詩織は鋭い目つきで警戒した顔になる。


「わ、私を油断させて、ここに上がり込んだのですか⁉」


 詩織は胸と下半身を手で守る。襲われると思って警戒していた。


「勘違いするな。今は非常時で、そんなことをしている場合ではないだろうが」


 俺は仕方がないから丁寧に説明する。


 まず、この世界がどうなったか確認する必要があると。

 次に危険な因子を排除していく必要があると。


 そして最後に安全なコミュニティーを形成。そから詩織たち若い女が“種の保存”に必要になると。


「“種の保存”に“人間のコミュニティー”とか……そんな専門用語で安心させて、私を騙すつもりじゃ⁉」


「お前を騙しても意味はない。あと“無理やり”は趣味ではない。俺は女から許可がなければ、指一本触れない男だ」


「そ、そんなこと信じられません……男の人なんて……」


「普通はそうかもな。だが俺が“そういう奴”だったら、さっきのお前はとっくに犯されていたんだぞ? バカじゃないんだから、それくらいは分かるだろう?」


 先ほどの抱きついてきた詩織は、明らかに無防備な状態だった。


 もしも俺が彼女の身体目当ての暴漢魔なら、あの時に間違いなく襲いかかっていただろう。


「そ、それは……たしか、そうかもしれませんが……いえ、そうかもですね」


 そんな状況でも、俺は彼女に指一本触れなかった。

 目の前の男が暴漢魔ではないことを、詩織は無理やり納得している。


「……分かりました。とりあえず沖田さんが少し変わった思考な人なことは、少し分かりました。あと“今は”乱暴なことをしてこない人なことも」


 詩織の警戒心が少しだけ解かれる。


「それじゃ、どうしたら『少しは手助け』してくれるんですか? 『俺の役に立つ可能性』を示せば、って言っていましたが?」


 だがまだ完全に安心はしていない。俺の真意が読めなくて警戒をしているのだ。


「それは簡単だ。これを読んで勉強して、生き延びてみろ」


 リュックサックから1冊の本を取り出し、詩織に手渡す。


「これは、いったい……?」


「都市サバイバル関連の書籍だ。生存の方法が詳しくのっている」


 渡したのは真美とは違うサバイバル教本。頭の良さそうな詩織なら活用可能だろう。


「こ、こんな貴重な本をいいんですか⁉」


 詩織も本の価値に気が付いていた。

 今の世界では都市サバイバルの知識は、どんな食料よりも価値があることを。


「先行投資だ。次に俺が来るときにまで生き延びていたら、お前は役立つ、ということだ」


 いくら若く見た目が良くても、この世界では生存能力がない者は負担でしかない。

 だが逆に生存能力ある若い女性は、金よりも価値があるのだ。


「テスト……という訳ですね。分かりました。妹のためにも絶対に生き残ってみます」


 妹のために、という名目で詩織は受け取る。


「あと言っておきますが、私が頑張るのは、沖田さんの『役に立つ』ためとかではありません。くまで妹のためですから!」


 真面目な詩織は、俺に汚らわしい借りを作りたくないのだろう。自分自身を無理やり納得させていた。


「その意気で、後は本を読んで頑張れ。お前が生き残っていた、俺も何日後に見回りにくる」


 数日分の食料とサバイバル教本を渡してある。あと俺が手助けすることはないのだ。


「えっ……? もう、薄暗くなってきたのに、外に行くんですか⁉ またモンスターが……」


「俺が子鬼ゴブリンごとき敵じゃないのは、さっき見ただろう? お前みたいなガキが気にするな」


「私はガキじゃありません! でも、また、ウチに来るために、絶対に死なないでください」


 驚いたことに、詩織は軽口をきいてきた。

 皮肉を込めた要求を、俺に突きつけてきたのだ。


 俺とのやり取りをしたことで、精神的に少しだけタフになったのだろう。面白い成長だ。


「ああ、約束とおり“一度は”ここに戻ってくる。調査後に、またここに、七日以内にまた来る」


「調査? もしかして避難所とかのですか?」


「そんなところだ」


 まだ市内の調査は不十分。

 明日以降は大型店や公共機関など、大人数が籠城できそうな場所を探してみる予定だ。


「妹のためにも、もしも見つかったら教えてください」


「あまり期待するな。あと、俺が死ぬ場合もある。覚えておけ」


「えっ⁉ し、死ぬって、沖田さんは、あんなに強いのに⁉」


 コンビニでの一方的な戦いを見て、詩織は俺のことを無敵だと勘違いしている。


「ああ、簡単に死ぬ。俺だって百匹の子鬼ゴブリンに包囲されたら、あっけなく死ぬからな」


 もちろんそんなヘマはしないように、これからも気を付ける。今後も“君子危うきに近寄らず”の心がけでサバイバルしてつもりだ。


「あと、この世界に子鬼ゴブリンよりも厄介な存在……“それ以上”がいる可能性が高いからな」


「アレより凶暴な化け物が、まだいるんですか?」


「それはまだ断言はできない。だからと今後も俺に依存するな。自分たちだけで生き残るようにしろ。それじゃ、行く」


 これ以上は無駄な雑談になってしまう。だから俺は佐々木邸の玄関へと向かう。


「あっ、そういえば……」


 玄関を出る前に、振り返る。

 詩織に向けてもう一つアドバイスがあったのだ。


「場合によっては人間の方が子鬼ゴブリンよりも厄介な場合がある。他人はすぐに信用はするな。特に“男”には顔見知りでも、あまり近づくな」


「えっ……顔見知り、でも?」


「ああ。お前みたいな“青臭いガキ”が好きな大人もいる。覚えていけ」


「――――っ⁉  “青臭いガキ”って、そんな言い方⁉ お、沖田さんは最低の大人です! 少しでも良い人かな? と思った私がバカでした……早く出ていってください! 本当に最低です!」


「いい顔だな。そうやって他人は絶対に信用するなよ。それじゃ行ってくる」


 詩織は怒ってしまったが、警戒心は高まっている。

 これで他の大人に油断することはなくなるだろう。

 生き残る可能性は何倍も高くなったはずだ。


(さて、調査も落ちついたことだし、久しぶりに自分の部屋に戻ってみるか)


 こうして女子高生が隠れ住む佐々木邸を後にする。


 どこかで野宿をしてから、明日の朝一に向かうは、自分のマンションの自室。


 十二日ぶりの帰宅となる。


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