第13話:真美との再会

 翌朝、自分の部屋があるマンションに戻ってきた。


「久しぶりな気分だな、ここも」


 駐車場から建物を見上げる。

 特に外見上で変化や異常はない。


 建物の周囲を確認しながら、非常階段を登っていく。


  「ん? これは……?」


 だが四階に登ったところで、階段に異常を発見する。

 不自然にゴミが錯乱していたのだ。


 五階に上るためには、この粗大ゴミを撤去する必要がある。


「なるほど。バリケードと“鳴子”のつもりか、これは?」


 侵入者が粗大ゴミを撤去するには、必ず大きな音を出してしまう。

 五階の住人は異音を聞いて、すぐに対処する方式なのだ。


「さて……よっと」


 だが俺は音も立てずバリケードを乗り越えていく。

 パルクールの要領で音も無く、五階の廊下に到達する。


「ほほう。五階の廊下もバリケードが張られているのか? これは用心深いな」


 製作者はかなり用心深いのだろう。暴徒と子鬼ゴブリン対策にはかなり有効だ。


「よっと」


 だがサバイバル技術を身に着け、身が軽い俺にとっては無意味。

 またパルクールで音もなく乗り越えていく。


「さて。ようやく自室前か。久しぶりだな、ここも」


 502号室に入っていく。

 もちろんトレッキングシューズは履いたままで、部屋の様子を確認していく。


「室内は変わったところはないか? いや本がないな」


 都市サバイバル関連の本が何冊かなくなっていた。

 おそらくはバリケードの製作者……二件隣の住人が借りていったのだろう。


「さて。様子でも見に入ってやるか、アイツの」


 リュックサックを背負ったままに、二件となりの部屋の前に向かう。

 ノックして声をかける。


「おい、生きているか、真美?」


 ――――ガタッ!


 部屋の中から小さな音がする。

 誰かが動いている気配がした。

 しばらくして玄関のホロスコープから視線を受ける。


「安心しろ、俺だ。二件隣の沖田レンジだ。約束通り来てやったぞ」


「――――ッ⁉ 沖田さん⁉ 今開けます!」


 ――――ガチャ……ガチャリ


 玄関の二重の鍵が解除され、中から岩倉真美が出てきた。


「早く入ってください。誰かに見られると危険なので」


「そうだな。いい心がけだ」


 マンションの五階とはいえ、暴徒や子鬼ゴブリンに勘付かれる危険性はある。

 彼女の部屋に入り、すぐに鍵をしめる。


 そのまま奥のリビングへと向かう。

 真美も前よりも顔色を良く、元気そうな雰囲気だ。


 ――――だがリビングに入った瞬間、彼女は叫ぶ。


「――――というか、沖田さん今までどこに行っていたのよ⁉ 約束の日を三日も過ぎているのに⁉ 大丈夫だったの⁉」


 真美は急に怒り出す。

 溜めていた感情を、少し荒い口調で一気に吐き出してきた。


「ん? 『約束の日を三日も過ぎて』だと? ああ、そうだったな」


 彼女と別れ際に『できたら九日以内にまたくる』『十日以上過ぎたら死んだと思え』と伝えていた。


 だが今日は十二日目。

 かなり予定をオーバーしていたのだ。


「沖田さんが死んじゃったんだと……諦めていたんだから……」


 真美は急に涙声になる。

 感情を爆発させ気持ちが緩み、涙腺が弱くなっているのだろう。


「だから『善処する』と言っただろう。色々と探索してきたから、少し遅れただけだ。特に事故はない」


「そ、そうなんだ……でも、本当に良かった……無事で……」


 真美は急にしおらしくなっていた。

 おそらく二週間、一人で隠れ暮らしていたため、精神的に追い詰められていたのだろう。


「ん? ところで、その物資、なかなか集めものだな?」


 前は無かった生活物資が、リビングに置かれている。段ボールやカラーボックが積み上げられていた。


「えっ、これ? アドバイスのとおり、上階の空いている部屋から、集めてきたの。下層は怖いから、まだ行けてないけど」


 前回、マンション内での物資調達を、彼女にアドバイスしておいた。


 この十二日間で実行に移して、ここまで頑張って集めていたのだろう。


「悪くない判断だ。下に行くほど子鬼ゴブリンに見つかる可能性が高いからな」


 子鬼ゴブリンは塀や柵を乗り越えてくる。二階や三階でも油断はできないのだ。


「でも、あんまり食料品はなかったわ。あっても開封済みの生米と乾物、調味料くらい」


「まぁ、そうだろうな」


 避難民は食料と飲み物を優先的に持っていく。

 また籠城していた者も、パンや缶詰は消費してしまう。


 やはり食料目的でのマンション漁りは効率が悪いのだ。


「そういえば階段と廊下のバリケード、アレも悪くなかったぞ」


「本当⁉ 良かったー⁉ 借りたサバイバル本の通りにやっただけだから、ちょっと不安だったのよね……」


 真美は抜けているところがあるが、素の頭は悪く行動力もある。

 彼女なりにサバイバル本から必要な知識で、色々と実践してきたのだろう。


「ん? あれ……そういえば沖田さんって、どうやって上がってきたの? 音しなかったけど……?」


 真美はようやく気がつく。

 自分が作ったバリケードが作動していなかったことを。


「俺かはパルクールに要領で、飛び越えてきた。だから音は出していない」


「えっ⁉ 飛び越えてきたって、あんなに大きいのを⁉ もしかしてバリケードは無意味だったっていうこと⁉」


「いや、意味はある。普通の暴徒や子鬼ゴブリンが無理な代物だ」


「よかった……骨折り損にならなくて」


 真美は安堵の息を吐き出す。

 俺がいない間、彼女なりに奮闘していたのだろう。

 擦り傷が出来ていた両手から、努力が読み取れる。


「あと、格好も教えた通りにしているな?」


 前回の部屋着のタンクトップに短パン、生足という無防備な恰好でいた。


 だが今はジーパンと長袖のシャツを着て、室内でもスニーカーを履いている。

 暴徒や子鬼ゴブリンにいつでも対応できる格好だ。


「気づいてくれたのね⁉ 最初は変な感じだったけど、慣れたら悪くはないかも、これも?なんか外国で生活をしているみたいよね」


 外国では室内も靴を履いて生活する文化がある。まだ二十一歳と若い真美は、順応性が高いのだろう。


「私のことよりも、沖田さん、外はどんな感じだったの⁉ 誰か生存者はいた⁉ 避難所とか食料とか、自衛隊とはどうだったの⁉」


 少し落ち着いたところで、真美は矢継ぎ早に質問をしてくる。

 ずっとマンションに立てこもっていた彼女は、外界に対して不安だらけなのだろう。


「あまり広範囲に調べられなかったが、今のところ救援がくる気配はない。避難所は発見できていないが、お前と同じように隠れている生存者はいる雰囲気だ」


 あえて佐々木姉妹のことは伝えずにおく。こうした状況下では情報も、大事な切り札となるのだ。


「そっか……生存者はいるけど、救援の見込みはないのか……」


 希望の情報がなく、真美は暗い顔になる。

 これからどうして生きていけばいいのか? 重い気持ちになっているのだろう。


「だが朗報もある。子鬼ゴブリンの習性がだいぶ把握できた」


 俺はこの十二日間で、かなりの成果をあげてきた。

 子鬼ゴブリンの身体の仕組みや、謎の力の数々。


 そんな中で一番大きいのは、子鬼ゴブリンの習性データが手に入ったことだ。


子鬼ゴブリンの習性? それって何か有益なの?」


「ああ、もちろんだ。この情報があれば“誰もでも安全に”食料の調達できる」


 子鬼ゴブリンは活発に行動しない時間帯がある。

 その情報さえあれば無力な避難民でも、外出と調達が可能になるのだ。


「そうだったの⁉ それじゃ早く教えてよ⁉ 食料が尽きかけて、腹ペコで死にそうだったんだから……」


 真美は最初に会った時より、顔色はかなりいい。

 だがマンションを漁った物資だけでは、腹が満たされていないのだろう。


「だが情報は教えても、調達はお前が一人でやる必要がある。外に出る覚悟はあるのか?」


「そ、それは……」


 俺に指摘に真美は言葉を失う。

 何しろ子鬼ゴブリンが怖くて、マンション下層にすら降りられない心理状態なのだ。


「その足の震えだと、まだ無理だ。」


 真美は『外に出る』と考えただけで、足がガタガタ震えていた。

 過去に目にした子鬼ゴブリンの凶暴性を、今でもトラウマになっているのだろう。


「こ、これは……」


「自分の恐怖を制御できるようになったら、情報を教えてやる。俺は二日なら自分の部屋にいる。それじゃあな」


 そう言い残して真美の部屋を出ていく。

 そのまま真っ直ぐ二軒隣の、自分の部屋に戻る。


 リュックサックを降ろして荷物を整理。

【収納袋】と【付与魔術】の再確認もしていく。


 もちろん、いざという時のためにいつでも脱出できる準備も万全だ。


「岩倉真美……あの震えだと、ダメだな」


 いくら見た目が良く、マンション内の調達はできても、外に出歩けない奴は、俺の足手まといになる。


「弱肉強食……環境に適応できない者は……仕方がないな」


 恐怖のトラウマを克服できない場合、残念ながら俺は真美を見捨てていく。

 足手まといを連れて行けば、俺に死の危険な襲いかかり可能性が高いからだ。


「さて、情報と荷物の整理でもするか」


 こうして何も期待しないまま、俺は部屋で雑務をしていくのであった。


 ◇


 だがそれから数時間後。


 夕方の19時直前に事件が起きる。


「沖田さん……いますか?」


 なんと夜に真美が、俺の部屋を訪ねてきたのだ。


「ああ、いるぞ。鍵は開いているから勝手に入れ」


「はい……」


 ギイ……パタン……ガチャリ


 俺の部屋の中に、緊張した雰囲気の真美が入ってくる。用心のために鍵も閉めてきた。


「し、失礼します……」


「ん? その恰好は……」


 真美は昼間とは違う服装をしていた。


 今彼女が着ているのはピンク色のネグリジェ。

 肩や生足が見える、薄いレースのセクシー寝着を着てきたのだ。


(どういうことだ?)


 まさかの行動に真美に真意を確かめることにした。

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