第5話アドバイス
「死……か。それなら、コレをやる。あとは自分で何とかしてみろ」
「えっ……?」
リュックサックから一冊の本を取り出し、真美に手渡す。
「これは……?」
「それは都市サバイバル関連の書籍だ。生存の方法が詳しくのっている」
本は俺の本棚からリュックに入れておいたものだ。
「こ、こんな貴重な本をいいんですか⁉」
真美はすぐに本の価値に気がつく。
今の世界では都市サバイバルの知識は、どんな食料よりも価値があるのだ。
「俺は内容を暗記済みだ。お前が生き残れる価値があるか、これで分かるだろう」
たとえ都市サバイバルの教本があって、適応力ない者はすぐに死んでしまうのだ。
「ありがたいけど……私一人で、できるかどうか……」
サバイバル本をペラペラめくりながら、真美は不安そうな顔をしている。
何を優先的にすればいいか、まだ判断できないのだろう。
「ふう……仕方がない。それじゃ、まずは“これ”を一人で集めておけ」
俺は手帳に箇条書きでメモして、ページを破って真美に渡す。
「これって……乾電池に米、乾燥保存食、生理用品、医薬品、綺麗な下着衣類……これって生活必需品を集めろ、ってこと?」
「ああ、そうだ」
彼女に渡したのはメモに書いてあるのは、どこの家庭にもある生活用品。今後、真美が生きていく上で必要なモノばかりだ。
「たしかに喉から手が出るほど欲しいけど、どこから集めれば……」
「このマンションの他の部屋から集めておけ。見た感じ、ほとんど空室だからな」
空き部屋に残っている物資はわずかだろう。
だが10部屋分でも集めたら、かなりの量になるのだ。
「そりゃ、そうかもしれないけど、でも、それって泥棒じゃ……」
「今は無政府状態で緊急時だ。自分の命を守るために割り切れ」
「自分の命を守るために……割り切る……?」
「ああ、そうだ。厳しい世界では、割り切れず覚悟がない者から、死んでいく。覚えておけ」
災害が起きた時などの火事場泥棒は、明らかな犯罪。
だがモンスターが出現して世界は崩壊した。
警察消防、自衛隊すらも見えない今は、災害すらも超えた異常な状況なのだ。
それに空き家に住人が戻ってくる可能性は皆無。火事場泥棒をしても誰も困らないのだ。
「割り切れず覚悟がない者から、死んでいく……わかった。やってみるわ」
真美は覚悟を決めた顔になる。
俺の言葉を聞いて、自分が置かれている状況を把握できたのだろう。
悪くない顔だ。
「ねぇ……沖田さん、って……もしかして“優しい人”なの? 私にここまで教えてくれるなんて?」
真美の言葉使いと表情が変わる。俺に対する感情が変わっているのだろう。
「いや、俺は利己的な男で、善人ではない。生かすアドバイスを与えたのは、お前が『俺の役に立つ可能性』が多少はあるかもしれない、からだ」
「私が沖田さんの役に立つ……?」
「ああ。お前は若い女で、見た目も悪くはない。俺の足を引っ張らないように成長したら、役に立つ」
「“若い女で見た目”……っ⁉ お、沖田さんって、もしかして、私の身体が目的で⁉」
俺にこの場で襲われる、と勘違いしたのだろう。真美は自分の身体を手で隠し焦る。
「いや、今は別に興味はない。だが人間の長期的なサバイバル活動において、コミュニティーの形成と“種の保存”は重要だからな」
本当に世界が崩壊して、人口が激減したのなら“種の保存”は大きな問題。
今後、全ての問題を解決したら、人間はコミュニティーを形成する必要がある。
そして種の保存のために、真美のような健康的な若い女は特に必要なのだ。
「“種の保存”に“人間のコミュニティー”とか……沖田さん、もしかして、ちょっと難しい、変わった人?」
「そういえば、学生はよくそう言われていた」
「あっはっは……やっぱり」
真美は初めて笑顔を見せ、警戒が弱くなる。
俺が性欲を剥き出し襲ってこないことが、彼女も本能的に理解できたのだろう。
「理解できたか。それじゃ時間が惜しいから、そろそろ行く」
「行くって、どこに? もしかして外に⁉」
「あまり遠くまで偵察にいく予定はないが、数日後にマンションには戻るつもりだ」
俺の外出の目的は、主に外の世界の情報収集。
・綺麗な水と食料の状況確認。
・安全な拠点の確保。
・外の情勢がどうなっているかの確認
・危険性物の確認
など調べることは数多に渡る。おそらく一週間ちかくかかる大仕事だ。
「そっか……今後のために、か。帰ってきたら、教えてね?」
「ああ。だが、俺がいない間、その恰好を何とかしておけ」
「えっ……私の格好を?」
「ああ、そうだ。たとえ自分の部屋の中でも、そんな無防備な服装は止めておけ。常に保温性を調整できる格好で、野外でも動きやすい服装にしておけ」
真美はタンクトップに短パンという無防備な恰好でいる。
たしかに女性的には魅力的な格好だが、サバイバル活動にはまったく向いていないのだ。
「わ、わかったわ。たしかに無防備だったかも、今までの私は。指示通りに、すぐ逃げられる格好にするわ」
「いい返事だ。あと、家の中でもスニーカーを履いて生活する習慣をつけておけ。できたら寝る時も靴は近くに置いておけ」
「家の中でも靴を⁉ あっ、そうか。すぐに逃げるためにか。わかったわ、今日から靴も履くわ」
真美は一人で生き残るため、俺からのアドバイスは素直に受け取る。表情もいつの間に明るくなった。
「あと、生きている住人を見ても、すぐに信用はするな。特に“男”には顔見知りでも、あまり近づくな」
顔見知り……たとえ会社の同僚や上司、同級生でも、この崩壊した世界では“男”は信用ができない。
何気ない顔で真美に近づいてきて、ひと気のない場所でいきなり豹変。たとえ顔見知りでさえあるのだ。
「理由は分かるだろう?」
「ええ……そうね。腹ペコで、さっきは危機感が薄れていたかも。今思うと沖田さんが変な人でよかったわ……」
少しだけ素直になっていたマミが、再び鋭い視線になる。男性の怖さを再認識したのだろう。
これなら俺がいない間で、何とか一人で大丈夫だろう。
「さて、それじゃ。行ってくる」
真美との雑談で時間が過ぎていた。
危険な外の世界に出発する時間がきたのだ。
「ね、ねぇ、沖田さん、必ず戻ってきてよね? 一人で私も頑張っておくから……」
「善処しておく」
複雑な表情の真美に見送られながら、俺は彼女の部屋から出ていく。
向かうはマンション外の世界。
危険な
(さて世界はどうなっているんだろうな……)
だが俺の心は何故か高まっていた。
こうして本格的なサバイバル生活が幕を開けるのであった。
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