第45話:鹿田銃砲火薬店

 降魔医院を後にした俺は、徒歩で移動していく。

 向かう先は“鹿田銃砲火薬店”、この街で唯一銃を扱う店だ。


「あの店に向かうのも、久しぶりだな……」


 マタギの祖父は猟銃使い。

 猟銃を扱う“鹿田銃砲火薬店”には、俺も幼い時から連れていかれた店だ。


「猟銃か……」


 日本で市民が所有できる最強の火力は、間違いなく猟銃。


 俺も一応は猟銃の免許を持っている。

 だがサラリーマンになった俺は特に買わずにいた。


 社会人時代のアウトドアはあくまで趣味の領域でやっていたからだ。


「いや、銃はデメリットが多いから、逆に持っていなかったことが、吉だったかもな」


 こうした崩壊した世界では、特に日本では銃のデメリットは多い。


 一番のデメリットは、メンテナンスや弾薬の補充が厳しいこと。

 部品が破損しても弾薬が切れてら、素人ではどうしようもないのだ。


 あと、二番目のデメリットは“発射音”が大きいこと。

 子鬼ゴブリンを狩るため銃はかなり有効。

 だが直後に他の子鬼ゴブリンを大量に呼びよせてしまうのだ。


 最後の三番目のデメリットは、他の人間が負の感情を頂くこと。


 自分以外が銃を所有しているだけで、人は恐怖と猜疑心でストレスが増大してしまう。

 最悪、仲間に寝込みをかかれて、銃を奪われてしまう危険性があるのだ。


「まぁ、だが切り札としては、一丁あれば助かるかもな」


 普段は音が出ないスリングショットや剣鉈けんなたを、俺は使用している。

 子鬼ゴブリン相手なら、これで十分。


 だが、それらの武器が効かない特殊個体。

 先日の大鬼オーガ・ゴブリンクラスも存在していた。


 最後の一撃だけでも使える銃火器を、今の俺は欲しい。

 だから銃砲火薬店に向かっているのだ。


「……あの曲がり角だな」


 鹿田銃砲火薬店が近づいてきた。

 俺は周囲を警戒しながら進んでいく。


 特に今は対銃を意識。

 相手の射角に身体を晒さないように、細心の注意で移動していく。


「ここだな……」


 店の前に到着する。

 だが店は普通の状態ではなかった。


「やはり……か」


 店は火事で焼け落ちていた。

 辛うじて店舗の形は保っているが、壁や屋根を崩れ落ちていたのだ。


 俺は中に入り、状況を確認していく。


子鬼ゴブリンと……いや、これは人間同士が争った跡か……」


 店内に人間の焼死体が何体あった。

 手には焼けた凶器があり、人間同士で戦闘があった痕跡もある。

 間違いなく人間同士の争いがあったのだろう。


 俺は周囲を警戒しながら、更に店内の痕跡を調べていく。


「これはもしや……」


 店内の奥に、一人だけ首に軍事系のIDタグを付けた焼死体があった。

 タグの名前を確認してみる。


「やはり鹿田店主の遺体か」


 この店の店主の遺体だった。

 遺体の近くには、彼が愛用していた散弾銃も落ちていた。


「ここで暴徒と、店主の戦いがあったのか」


 店内の状況から、当時の状況が目に浮かぶ。


 こうした無政府状態になった世界で、暴徒は強力な武器を手に入れるようとする。

 真っ先にターゲットになるのは、こうした銃砲店だ。


 この街でも子鬼ゴブリンが出現して、無政府状態になり暴徒団が出現。

 猟銃を奪うために、この店に暴徒が襲撃してきたのだろう。


「店主がたった一人で、ここで暴徒を迎撃していたのか」


 鹿田店主は誰よりも自然と猟銃を愛し、倫理観と正義感に溢れる男だった。


 だから崩壊した世界であっても、自分の店を守ろうとしていたのだろう。


 暴徒たちに銃を奪われて、人殺しに使われるのを防ぐため。

 た店内の奥で立てこもり、たった一人で複数の暴徒と戦っていたのだ。


「……だが、最後には火をかけられてしまったのか」


 堅牢な鹿田銃砲店だが、耐火性は普通の店と変わらない。


 痺れ切らした暴徒に放火され、店は全焼。

 鹿田店主は誇り高く店と共に、愛する猟銃と共に、焼死する最期を選んだのだろう。


「鹿田店主、貴方の死にざま、確かに確認した」


 幼い時から世話になった男の、誇りある死。

 俺は最大の敬意を払い、冥福を心より祈る。


「さて……」


【収納袋】からサバイバルスコップを取り出す。


 裏庭の柿の木の下に、彼の遺体を埋葬していく。


 この柿は渋柿。

 店主に騙されて食わされたことも、今となっては良い思い出だ。


 あと、遺品としてIDタグを受け取っておく。

 天涯孤独の店主の北の故郷に、いつか埋葬するためだ。


「さて……一応は探してみるか」


 埋葬を終えて、俺は店内の探索を再開。

 使える猟銃がないか調べるためだ。


 店内をくまなく調べていく。


「……やはり無いか」


 店内で燃え残った猟銃は、一丁もなかった。


「さすが鹿田店主、ちゃんと処分したのだな」


 彼は自分の死後、銃を暴徒に奪われないようにしていたのだ。

 籠城しながら、鹿田店主は猟銃を破壊していたのだろう。

 落ちている猟銃は銃身が破壊され、焼け落ちた物ばかり。

 素人では修復は不可能な物ばかりだ。


「あと、使える猟銃があったとして、暴徒が持っていっただろう」


 火事が収まったと後、奴らも間違いなく現場を漁っただろう。

 つまりこの銃砲店には、使える猟銃は一丁も残っていないのだ。


 そんな何もない店内で、気になる場所を発見する。


「……ん? これは?」


 分厚い石壁が倒れた場所だ。


「店内の配置的にここはたしか……」


 そう思いながら石壁を撤去していく。

 普通は重機が必要な作業。

 だが身体能力と強化スコップで、俺なら楽々と作業可能だ。


「やはり、弾薬庫があったか……」


 石壁の下から出てきたのは、金属製の無数の小型金庫。

 売り物の弾薬を、保管していた金庫だ。


「火災の時に倒壊して、下敷きになっていたのに、さすが頑丈な金庫だな」


 鹿田銃砲店の中で一番厳重に管理されていたのは、猟銃ではなくこの弾薬庫。

 対火災用の金属製で、暗証番号は店主しか知らない。


 今回は偶然石壁の下敷きになっていたこともあり、ほとんどの弾薬金庫が無事だったのだ。


「さて……開けるか」


 俺は身体能力と強化工具で、強引に金庫を開けていく。


「金庫の中は無事か。一通りあるな」


 弾薬を見つける。

 残っていた弾薬は、散弾銃やライフル銃の弾丸が各種。


 店内にあったごく一部しか無事ではないが、個人で使うにはかなりの量と種類の弾薬だ。


「だが弾だけあっても、肝心の猟銃がなければ無意味だな。さて、どうしたものか」


 銃砲店があるこの街には、猟銃を所有した正式なハンターはいる。

 だが彼らの家がどこにあるのか? 今どこにいるかなど、俺は知らない。


 つまり今後も猟銃を入手することは、かなり難しいのだ。


「ん? 下に?」


 倒れていた弾薬金庫の下に、更に何かがある。

 ちょうど隙間に埋まっているのだ。

 金属製の金庫を強引に移動させて、確認してみる。


「……これ銃ケースか」


 隙間にあったのは、ほぼ無傷な猟銃ケースだ。


「これは……鹿田店主の物だな……」


 猟銃ケースに見覚えがあった。

 祖父と俺に自慢して見せてきた、彼の愛用の猟銃が入っているケースだ。


 丁寧に中を開けてみる。


「中身は……無事か」


 キレイに整備された散弾猟銃が、ケースの中に収められていた。


 こちらも金庫の隙間にあったため、火事の被害を受けていなかったのだ。


「自分の愛用の銃だけは、処分できなかった、のだろうな」


 もしくは火をつけられて処分する暇がなかったか。


 だがお蔭で俺は無傷の猟銃を発見できた。

 鹿田店主が愛用していた散弾狩猟銃を、二丁手に入れたのだ。


「遺品として、意思を受け継ぐために、貰っていくぞ、店主」


 ここに残していっても、他の暴徒の手に渡る危険性が高い。


 だから俺は【収納袋】の中に散弾猟銃二丁、あと、無事だった弾丸の全てを収納していく。


 他にも隙間に落ちていた整備道具など、全て収納する。


「鹿田店主……鹿田厳次郎、アンタの遺品、たしかに受け取った。安らかに眠ってくれ」


 店を去る前に、もう一度だけ心の中で黙祷。

 最期までハンターとして、銃砲店の店主として誇りをもって散っていた男に、最大の敬意を払う。


「さて、いくか」


 こうして誇りある店主の散弾猟銃を、俺は意思と共に引き継ぐのであった。

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