第19話:ホームセンターでの生活

 三日間、共同生活していくことになった。


 ホームセンター内の広場に全員を集めて、パンチパーマの高木社長が紹介をしてくれる。


「……とういう訳で、ここにしばらくいる、沖田レンジだ」


 全員の前で短期滞在メンバーとして紹介される。

 これでホームセンター内はある程度は自由に動けるようになった。


 ……ぱちぱち……ぱちぱち……


 住人からまばらに拍手が聞こえる。

 拍手しているのは主に子どもたち。


 それ以外の大人の反応は分かりやすい。


「……おい、あの男、何者なんだ?」

「……どうやって、あの頑固な社長に取り入ったんだ?」

「……なんか軟弱そうな奴だな? 戦えるのか?」

「……この食糧難に、どうして弱そうな奴を入れたんだ?」


 男の大人は負の視線が多い。

 値踏みや見下し、猜疑心、あまり良くない感情だ。


「……ねぇ、あの人、どんな人なの?」

「……なんかお米を持っている人らしいよ?」

「……えー、本当? 後で、話してみない?」

「……止めときなよ。男なんて、裏があるわよ」


 大人の女性たちの視線も良くはない。

 値踏み、好奇心、無関心など、冷ややかな感じだ。


(食糧難に異分子が入り込んだのだ。これも想定内の反応だな)


 この崩壊した世界では、役立たずの仲間は足手まといになる。

 そのため大人は俺のことを値踏みしているのだ。


「よし、今日も作業にかかれ!」


 高木社長の言葉でお披露目会は終了。

 住民はホームセンター内に解散する。


 俺は高木社長に今後の話を聞いていく。


「おい、レンジ。何か分からないことは、この鉄男てつおに聞け。お前の世話係だ」


 社長から紹介された世話係は、二十代前半くらいの若者。

 短めの金髪な男で、少しやんちゃそうな奴だ。


「……ういっす」


 他の男たちと同じで、あまり良い印象を持たれていないのだろう。

 鉄男は面倒くさそうな顔で、形だけの挨拶をしてくる。


「あと、真美の嬢ちゃん。あんたは、あっちだ。うちの嫁が世話してくれる」


 そういえば真美も一緒に生活することになった。

 本当はマンションに返す予定だったが、彼女の方が断ってきた。


 真美は『も、もちろん、レンジと一緒にいるに決まってるでしょ!』と何故か残ることに乗り気なのだ。


「あんたが真美かい? 客と思わず、バシバシ働いてもらうよ!」


 男衆が多いコミュニティだが、社長の妻はかなり女傑な雰囲気。

 彼女が世話係なら真美の身の危険は少ないだろう。


 おかげで真美のことは放置して、俺は自分のことに専念できる。


「おい、鉄男。まずは建物内のことを案内してやれ。その後はトラック部隊の所に連れていけ」


「うっす、社長!」


 真美と社長が去り、俺は金髪な若者鉄男と二人きりになる。


 彼にホームセンター内を案内されていく。


「えーと、あっちの扉の先の倉庫は、食料庫だからアンタは立ち入り禁止。そっちの倉庫も武器庫だから禁止」


 鉄男の案内は明らかに適当なもの。

 一般人に見える俺のことを見下しているのだろう。


「あっ、ため口でいいよね? そんなに歳変わらなそうだし?」


 どう見ても俺の方が歳上なのに、ため口でぐいぐいくる。


「ああ。問題ない」


 だが俺は怒ることなどしない。

 何しろ敬語が必須なのはマナーやルールがある社会において。

“郷にいては郷に従え”

 こうしたコミュニティでは、ため口の方が意思疎通もしやすいのだ。


「ちっ……軟弱そうな奴。ねぇ、あんた、喧嘩強いの?」


 いきなり鉄男の表情が変わる。

 何やら上から目線で、俺にマウントをとろうとする雰囲気だ。


「喧嘩? いや、ほとんどしたことはない」


 田舎育ちの俺は、街の喧嘩とは無縁な生活だった。


 まぁ……そんな中でも喧嘩らしい物があるとしたら、年が離れた実兄との取っ組み合いだろう。


 だが自衛隊の特殊部隊な兄との喧嘩は、どちらかといえば稽古に近い。

 だから俺は喧嘩をしたことはないだろう。


「マジで、喧嘩もしたことない軟弱君なの? えっ、俺? 自慢じゃないけど、中学も高校時代も喧嘩無敗だったぜ。あの化け物を1匹も殴り殺したことあるし!」


 鉄男は鉄パイを構えて、得意げに振り回している。

 まるで技がなく、力任せだけの野球的スイングだ。


 子鬼ゴブリンを1匹叩き殺したのも、おそらくは偶然なのだろう。

 数十匹を狩ってきた俺から見たら、まるで子供のような奴だ。


「……なるほど、それは凄い。たいしたものだ」


 だが俺はあえて褒めておく。

 こういう分かりやすい人物は持ち上げておいた方が、何かと面倒は少ないのだ。


「だろ? だから、ここにいる間は、俺さまの方が上ね? つまり先輩よ。分かるしょ?」


「ああ。そうだな。ちなみに先輩、あの扉はなんだ?」


 店内の奥に、一つだけ異様な扉があった。

 そこだけ薄紫色のカーテンレースで飾ってあるのだ。


 あそこは店内の配置的に、従業員の控え室か、休憩室がある空間だろう。

 だが入り口が今までと違い、何か違和感があるのだ。


「えっ? あそこ? へっへっへ……楽しい部屋さ。まぁ、アンタには関係ないけどね。それじゃ、今日の俺さまの仕事は終わり。トラック部隊はあっちにいるから、勝手にどうぞ」


 そう仕事を放棄して、鉄男は立ち去っていく。

 向かう先は先ほどの紫のレースの扉の部屋。

 鼻の下を長くして、部屋に入っていく。


「……まぁ、いいか。次にいくか」


 店内の把握は一人でも可能。

 自分が配属されたトラック部隊の待機場所へ、俺は移動していく。


 ◇


 ホームセンターの裏口、業者搬入口にやってきた。


「レンジ君、話は聞いています。短い期間ですが、よろしく頼みます」


 トラック部隊の隊長は、丁寧な口調の四十代の男性。

 元は小さな運送会社の専務だという。


 表向きは好意的に俺のことを受けいれている。

 だが内心的には“まだ見定め中”といった雰囲気だ。


「それではレンジ君がきたことだし、三日後の作戦について確認をしていきましょう」


 俺を加えた七名からなるトラック部隊。

 作戦について話し合っていく。


「……というのが我々の任務です。出発は三日後の午前十一時。それまで毎日、物資奪取の訓練をしてきます」


「「「ういっす!」」」


 作戦の中でトラック部隊の仕事は、食料倉庫の裏口から荷物を持ちだすこと。


 高木社長たち戦闘部隊が倉庫の正面で、子鬼ゴブリンを陽動している間に、裏口から物資を調達していくのだ。


 作戦で使うのは三台のトラックと二台のフォークリフト。

 ホームセンターの駐車場で、本場と同じように訓練していく。


「フォークとトラックか。久しぶりだな」


 この二つの免許は前に習得していた。

 農作業が多い田舎では、比較的必要な技術なのだ。


「レンジ君、なかなか美味いですね? サラリーマンなんて辞めて、うちの運送会社に転職しませんか?」


「専務、何いってるんすか⁉ ウチの会社はもう無いっしょ⁉」

「そうすっよ! レンジも、本気にしちゃあかんぜ!」


 トラック部隊の雰囲気は悪くない。

 まだ俺に対する信用度は低いが、訓練を通して少しだけ猜疑心はなくなっていた。


「おや? そろそろ日の入り時間ですか? 中に戻りましょう、みなさん」

「「「うっす!」」」


 子鬼ゴブリンが夕方前に活動的になるのは、彼らも経験で気が付いていた。


 暗くなる前にトラック部隊員はホームセンターの中に帰還。


 裏口と正面を施錠して、バリケードを夜用に補強強化していく。


(ほほう。やはり、こうした作業の手際がいいな)


 ホームセンター組の男衆は建築や設備、運送などの肉体仕事系が多い。

 そのため防御線の構築に関しては、俺も感心するほどの練度だった。


 訓練から戻った俺は、ホームセンター内を散策していく。


(この水は……井戸水か)


 ホームセンターには水道が完備されていた。

 店舗に使っていた井戸水を改装して、全員で使っているのだ。


 店にあった中型の浄水器も設置してあり、飲み水に関しては使用制限がない。


(あっちにはシャワールームもあるのか)


 水は豊富なためシャワーも使っていた。

 元々は従業員の着替え室にあったシャワー室を、全員で交代に使っている。


 店舗にはシャンプーの売っていたため、この住人は驚くほど清潔感がある。

 遠くですれ違った真美も、久しぶりのシャワーでスッキリしていた。


(電気は……太陽光発電と発電機か)


 大震災以降のホームセンター売り場には品物が実売している。


 売り物を流用した太陽光発電システムのおかげで、夕方でも店内はそこそこの明るさがあった。

 発電機もあるため瞬間的な電力力も高いだろう。


(なるほど。ここのライフラインは、かなり快適だな)


 今のところの評価。

 このホームセンターの拠点度は、かなり総合的に高い。


 ――――“たった一つの弱点”を覗けば、満点に近い。


(やはり足りないのは“食料”だな、ここは)


 ホームセンターは元々の食料品が少ない。

 屋上のプランターで住人たちは野菜も栽培している。

 だが主食の穀物はプランターだけ大量生産は難しい


 とにかく米や小麦、缶詰などが圧倒的に足りない状況。

 そのため三日後の食料倉庫の強襲が必要なのだ。


「――――メシの時間よ!」


 ……カーン♪ カーン♪


 そんなことを考えて散策していると、女性の声と鐘が店内に響き渡る。

 どうやら一日三回の食事、夕食の時間がきたらしい。


 お披露目で使った店内の広場に移動してみる。


「雑炊はこっち。大豆のおかずは、こっちだよ」


 ホームセンター組の食事は炊き出しのような、並んで受け取る制度だ。


 調理と配給するのは女衆の仕事。エプロン姿の真美も忙しそうに手伝っている。


「そこ! 横入りは駄目よ!」


 高木社長の妻、女衆のリーダー通称“女将”が厳しく仕切っている。


 今は食糧難なはずだが、大きな混乱はない。

 誰もがちゃんと整列して配給を受けていた。


(寄せ集めの避難所だというのに、悪くない雰囲気だな)


 これは高木夫妻がリーダーシップを発揮しているお蔭だろう。

 表立って食料を奪われる心配はなさそうだ。


「飯を食う場所は……自由そうだな」


 食事は各自で食べる雰囲気だ。


 家族単位で食べるグループ、独身男性だけのグループ、独身女性だけのグループと、大きく三つに分かれて食べている。


「さて、あそこで食うか」


 そんな雰囲気の中、俺は一人で食事をとることにした。

 人付き合いは面倒なので、会社人時代と同じように一人飯だ。


「お疲れ様、レンジ」


 だが給仕が終わった真美が、当然のように隣に座ってきた。

 俺と一緒に食べるつもりなのだ。


「そっちはどうだった?」


 食事を口に運びながら、今日の仕事について聞いてくる。

 仕方がないから適当に答えるか。


「こっちは順調だ」


「へー、そうなんだ。こっちは洗濯や裁縫の仕事もあって、けっこう大変だったよ」


 真美も午後は女衆の手伝いをしていた。

 ここは“働かざる者食うべからず”の方針のコミュニティ。教わりながら色んな仕事をしていたという。


「でも、けっこう楽しかったな……久しぶりに同性ともおしゃべりできたし!」


 世界が崩壊後、真美は自室でずっと一人で隠れていた。

 そのため俺以外の生存者、特に同性と会話をするのは二週間ぶりなのだ。


「女将さん、仕事には厳しいけど、すごく面倒見がいい人なの! 個人的な色んな相談にも乗ってくれたのよ!」


 だから真美も笑顔なのだろう。

 たった半日だけの仕事を、かなり楽しそうに語っていく。


 この分だとかなりストレスが発散されたのだろう。良いことだ。


「そうか。ところで“何か問題”、男関係でトラブルはなかったか?」


 俺が質問したのは『男からのトラブルに巻き込まれていないか?』ということ。


 真美は避難民の中でも、美人な部類で身体にも色気がある。

 二十一歳という若さもあり、何かの性的なトラブルに巻き込まれてもおかしくないのだ。


「えっ? 特に何もなかったけど? いやらしい性的な目で見てくる人は、いなかったけど?」


「……やっぱり、そうか」


 男衆が性欲でギラついていない。それは俺も感じていた雰囲気なのだ。


「“やっぱり”……って、どういうこと?」


「ここの避難所は規模の割に、男衆が落ちついているのさ」


 災害時の長期的な避難所では、性欲なトラブルが勃発しやすい環境。


 特に性欲が溜まりストレスを抱えた男性は、女性に対して事件を起こすことがあるのだ。


 例としては女性に対して、トイレや暗がり、布団の中で悪戯。最悪な場合だとレイプ事件も発生してしまうだの。


 だが、この集団では今のところ、そうしたギスギスした気配がないのだ。


 子鬼ゴブリンという巨大なストレスがあり、しかも長期間で大人数な避難所でこれはあり得ないことだった。


「あっ……たしかに! でも夫婦でいる人もいるからでしょ? 社長夫妻みたいに? あとカップルが多いとか?」


「だが見たところ、夫婦やカップルなのは、全体の半数ていどしかいない。明らかに独身の男性の割合が多いのに、これはおかしい」


 食事のグループ分けで、ここの大まかな男女の関係が見ていた。


 妻も彼女もいない成人男性が、今も十人は確実にいる。

 つまり性欲を処理できない男が、このコミュニティには多くいるのだ。


 だが彼らも性欲でギラついた目はしていない。


「それは、たしかに! あっ、わかった。じ、じ、自分でしているんじゃない……?」


 最後の言葉を小さくしながら、真美は仮説を立ててきた。

 独り身の男性陣は、自慰行為で性欲を解消している説だ。


「自慰だけでは性欲は完全に解決できない。できるなら世界中に風俗店はいらないだろう?」


「あっ……そう言われてみば、たしかに!」


 ストレスが多い肉体労働をしていると、女を抱きたくなる傾向になる。

 ここのように周りの夫婦やカップルが、身近で性行為をしていたらなおさら。

 独り身の男たちは嫉妬も混ざり、ギラついた目で見てしまうのだ。


「それじゃ、どうして独り身の人たちは、あんなに余裕なのは?」


 独り身男性グループは食事中で笑顔もあるのだ。


「それについて一応、仮説はある。この建物のどこかに“そういう存在”がいるかもしれん」


「ん? “そういう存在”……どういう意味なの?」


 性的な経験が少ない、真美は意味を理解していない。首を傾げて。頭を捻っている。


「それは……ん?」


 説明をしようとした時だった。

 こちらに接近する人の気配に気がつく。


 ……カツ……カツ……カツ……


 その人物は靴の音を立てながら、真っ直ぐこちらに向かってくる。


 視線の無機的に、目的は明らかに俺。

 初めてみる人物が、俺に向かってきたのだ。


「こんにちは。アナタが新人さん?」


 その人物は俺の前で停止。

 静かな口調で訊ねてきた。


(こいつは……この女は)


 話しかけてきたのは二十代半ばくらいの女性。

 長い髪の女性だ。


「えっ? えっ?」


 その女を見て、真美は言葉を失っていた。


 何故なら女は異質な存在。


 この避難所の中でひときわ異質だったのだ。


(ハイヒールとミニスカート、化粧……か)


 真美が驚いたのは、女が薄くない化粧をして、働きにくい“女の格好”をしていたからだ


(なるほど、こいつが“答え”か……)


 俺はひと目みただけで、女の正体に気がつく。



「あら、そういえば自己紹介がまだだったわね? 私はマリアっていうの、新人さん。仲良くしましょう?」


 こうして避難民の中でも異質な存在、“赤い娼婦”マリアと遭遇するのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る