第18話:強面な社長との交渉

 俺と真美は密室に閉じ込められてしまう。

 相手は武装しており、出口を塞いでいる。


「ど、どうしよう、レンジ⁉」


「落ち着け。とりあえず座るぞ」


 だが俺は動揺しない。

 案内された事務室のソファーに腰をかける。


「ほ、本当に大丈夫なのかな……」


 真美は怯えながら、俺の隣に腰を下ろす。


「…………」


 座りながらも俺は室内を確認していく。


 事務室にいるのは目の前のパンチパーマの男、ソファーに座る高木社長。

 あと槍で武装をして、立ったままの若者が二人だ。


 そんな緊張感の中、真美がおそるおそる口を開く。


「あ、あのう、すみません。“商談”って、どういう意味でしょうか?」


 俺たち二人は買い物にきた。


 だが今は武装を没収され、個室に軟禁状況。

 真美的には一刻も立ち去りたい心境なのだ。


「落ち着け、真美。先方に敵意はない。おそらく俺たちから話を聞きたいんだろう」


「えっ……話を聞きたい? なんの?」


 意外すぎる推測に、真美は思わず聞き返してくる。


 そんな彼女を見て、高木社長が口を開く。


「嬢ちゃん、そいつが言っていることは正解だ。俺たちは情報を得たいのさ。他の地区の状況を」


 ご名答とばかりに、口元にニヤリと笑みを浮かべている。

 だが目は笑ってなく、油断はしてない相手だ。


 さて。ここからは俺が本格的に交渉する番だ。


「他の地区の情報を知りたいだと? それなら、そちらも情報を提示してくれ。ギブ&テイク、それでいいか?」


「ああ、もちろんだ。それじゃレンジたちが来た住宅街の様子を教えてくれ。その後に、こっちが知っている情報を話す」


 高木社長は条件を掲示しながら、交渉に応じてきた。


 パンチパーマで脳筋な風貌だが、頭はかなり切れる相手だ。

 おそらく、こうした大きな交渉に慣れているのだろう。侮れない相手だ。


 だが、ここで臆しては舐められてしまう。

 俺は情報を小出しにしていく。


「住宅街の様子……俺がいた東地区の住宅街で、俺が見つけた生き残りはコイツ、真美だけだ」


 本当は二世帯住宅に隠れ住む佐々木姉妹もいた。

 だが今回はあえて隠しておく。

 二人の安全のために、今ここで話すべきではないのだ。


 俺は話を続けていく。


「おそらく隠れ住んでいる人間も他にもいるだろう。だが食糧不足問題があるから、それほど多くはないだろう。あと子鬼ゴブリンの数も少なくはない」


「そうか……やはり東の住宅街は厳しいのか……」


 状況を聞いて、高木社長は眉をひそめる。

 予想はしていたが辛い現実なのだろう。


 そんな反応を確認しながら、俺は話を続けていく。


「だが俺が見てきたのは東地区の一部だけ。あと、これは予想だが西側には……市役所側には、避難民や生き残りの集団がいるかもしれない」


 街の西側には市役所や消防署、警察署などの公共機関が集まっている。

 災害対策を完備した堅牢な建物が多いので、避難民がいる可能性が高いのだ。


 ちなみに俺はまだ西地区には足を延ばしていない。

 途中に橋を渡る必要があり、子鬼ゴブリンに遭遇する危険性が高く、後回しているのだ。


「やっぱり西側か。大規模な避難所がある可能性が高いのは」


 高木社長も同じように考えていたのだろう。何か考え込んでいる。

 おそらく大規模移動でも考えているのだろう。


(だが、この地区からだと、西地区に大移動は難しいな)


 このホームセンターがあるのは東地区の郊外。

 市役所へ移動するのは平和な時なら、車で三十分もかからない距離だ。


 だが今は道路が放置自動車だらけ、まともな速度で車移動はできない。

 仮にゆっくり移動しても、いつ子鬼ゴブリンが襲ってくるか分からない危険な状況。


 つまり今は大人数での大移動は、現実的に難しいのだ。


「さて、俺の情報はとりあえずここまで。次はこっちから質問をさせてもらうぞ」


 相手の反応を見て、俺は質疑を入れ替える。

 こうしたタイミングも交渉の場では重要なのだ。


「ああ、何でも聞いてくれ」


「アンタたちはどうして、ここに籠城している? 他にも指定の避難所があっただろう?」


 気になっていたことを質問する。

 何故なら普通の一般市民なら『ホームセンターに籠城しよう』とは思い浮かないからだ。


「俺たちは“あの日”……お前の言う子鬼ゴブリンが突然現れた日に、家族と一緒に、家からここに避難してきたのさ……」


 高木社長が語っていく。


 ここにいる多くの者は、近隣の住宅街から逃げ込んできた避難民だと。

 最初は災害用に指定された学校や公共機関に、社長たちも避難した。


 だが避難所は既に子鬼ゴブリンによって襲撃され、壊滅状態だった。

 逃避行を続けながら、最終的にこのホームセンターにたどり着いたという。


「俺を含めて、多くの者が建築系の職……土木や溶接、大工、電気工の職人。だから通いなれたこの店に、無意識的に避難の足が向いたのかもしれんな」


「なるほど、そういうことか」


 職人ならホームセンターのメリットも理解している。

 当時は本能的な直感で、誰もが家族を連れてここに避難にしてきたのだ。


「次の質問に移る。ここは随分と組織化されているが、あんたがここのリーダーか、高木社長?」


「一応は、そういう役だ。業界じゃ、そこそこの建設会社を経営して、集まった職人から顔も知られていた。仕切っていていたら、いつの間にか、って奴さ」


 なるほど、そういうことか。

 大きな会社を経営していたら、人心掌握術にも長けているのだろう。


 更に高木社長の風貌には、逆らえない圧もある。

 時にはゲンコツも使って職人たちを、ここまでまとめ上げてきたのだろう。


 たいした男である。


「三つ目の質問をする。さっき見た感じだと、随分と随分と集団戦闘に慣れていたな? 何か理由があるのか?」


「それはジジイ……一緒に避難してきた俺の父親から、教えてもらった。うちのジジイは学生時代に過激な方で、闘争とかそういうのは詳しいのさ」


「“学生運動”の“闘士”がいたのか。なるほどな」


“学生闘争”は今から五十年ほど前、日本中の大学で行われていた闘争のこと。


 外国と日本の条約に反対する血気盛んな大学生は、角材やヘルメットで武装して大学に籠城。

 過激な“闘士”は投石や火炎瓶で、機動隊と戦いを繰り広げていたのだ。


 そんな歴戦の猛者“闘士”がホームセンター内にいた。

 だから子鬼ゴブリンにも集団戦闘で対応できたのだろう。


「ちなみに、あの槍や盾、バリケードの自家製か?」


「ああ。もちろんだ。俺を含めて本職が多いし、ここは材料と工具の宝庫だからな。試行錯誤しながら作っている」


 社長が誇らしげに口にするように、このホームセンターには金属や木材、刃物の材料が豊富に揃っている。


 更に金属と木材の職人と工具もが揃っていたため、色んな武器の製作も可能だった。

 しかも職人たちは肉体労働で、筋力に優れている者が多い。


 彼らが自前の武具で完全武装したことにより、ここの戦闘集団が完成したのだ。


「まぁ、だが俺たちは戦闘の方は不慣れで、今も四苦八苦しているがな」


「そうか。俺が見た感じだと、各人の戦い方も見事だったぞ」


「慣れ、っていうやつよ。最初は俺も子鬼ゴブリンと戦うのは、死ぬほど怖かった。わかるだろう?」


 赤緑色だが血の飛び散る子鬼ゴブリンを殺すことは、予想以上のストレスがかかる行為。


 喧嘩なれ職人でも多くの者は、当初は戦闘に臆していたという。


「だが俺たち必死で頑張ったんだ。何しろ守るべき家族が、後ろにいたからな。だから俺は『大事な家族と女を守るため、子鬼ゴブリンごときに恐れている場合じゃねぇ!』……そう、皆で励まし合いながら、今日まで生き残ってきたんだ!」


 今まで冷静だった高木社長の口調が、急に強いものになる。

 この二週間の苦労と死闘を思い出して、胸が熱くなっているのだろう。


 その顔を見ているだけで、この者が“おとこ”であることが伺える。


「なるほど。“大事な人を守る力”か。強いな、社長たちは」


 地球上の生物の中で、人間は肉体的に弱い部類にはいる。

 だが人間には強い心があった。

 自分の大事な者を守る時、人は数値以上に強くなれるのだ。


「ああ、俺たちは家族のために強くなった。そういうレンジも、そこにいる真美って子が、大事な存在……彼女か嫁さん、なんだろう? こんな所まで連れてくるぐらいの」


 今まで黙って聞いていた真美に、高木社長は視線を向けてくる。

 まるで自分の娘を見守るような、優しい視線だ。


「――――えっ⁉ わ、私が、レンジの彼女で、奥さん⁉ えーと、正式に違うけど、でも似たような……」


 真美は何故か赤くして、もにょもにょと答え出す。


「いや、違う。コイツは客で取引相手の関係にすぎない」


 だが俺は即座に訂正する。

 こうした交渉の場での嘘は、相手の信頼を損なうからだ。


「えっ⁉ 客で取引相手、って……あっはっは……そうよね、私たちは。はぁ……もう……レンジはさ……」


 何やらブツブツ言いながら、真美は息をついている。何かショックなことでもあったのだろうか。


 だが今は構っている暇はない。

 交渉の仕上げに入っていく。


「さて、社長。情報交換はこれで気が済んだか? それとも、もっと“俺の腹”を探りたいか?」


 俺は高木社長に突っ込んだ質問。そろそろ腹を割った話をしようと、提案する。


「……気づいていやがったか、レンジ? ああ、そうだ、お前がどういう奴か、見定めていたのさ、俺は」


 俺に突っ込まれて、高木社長は本心を明かす。

 情報を得ることは二の次で、本命は“俺という人物”を測っていたのだ。


「悪く思うなよ。今の俺はここにいる全員の命を預かっている身。だからお前を見定めさせもらったのさ」


「ああ、気にしない。相手を探るのは、交渉の基本だからな」


 もちろん俺も最初から、相手の意図に気がついていた。

 だからこそ嘘もごまかしもなく全部、真っ直ぐに対応していたのだ。


「さて。俺を探った理由は何だ?」


「実は近日中に、ちょっと大きな仕事ヤマがある。そのため腕が立つヤツが、機転が利く人材が欲しかったのさ。もちろん報酬は出す」


 高木社長は言葉を選びながら、本題について交渉をしてくる。


「大きな仕事ヤマ……か。もしかして近隣の食糧倉庫でも、襲撃するのか?」


「「――――っ⁉」」


 俺の指摘に、護衛の二人がギョッとする。

 その反応で正解だったことが、把握できた。


「……どうして知っている、レンジ? もしや誰かの差し金で、ここに来たのか?」


 高木社長の表情が変わる。

 よほど重大な作戦だったのだろう。

 今まで一番の鋭い目つきだ。


「知っていた訳ではなく、推測しただけだ。何しろここの住人は、食料が足りていない身体をしていたからな」


 ホームセンター内の住人は、かなり覇気がなかった。

 おそらく毎日の食事はとっているが、かなり節約していたのだろう。


 そんな中でも子どもたちの反応は分かりやすかった。

 全員が物欲しそうに、俺のリュックを見てきたのだ。


「なるほど。あの短時間で、そんな細かい所まで見ていたのか」


「あと、バリケード前で、俺が米を出した時の門番の反応が、確定的な情報だ」


 門番たちは「――――なっ⁉ こ、米だと⁉」「こ、こいつ、こんなに米を⁉」と目を見開いていた。

 まともな白米を久しぶりにみたような反応だった。


「更に指摘するなら、俺がもしも大人数で長期間の籠城をするなら、ホームセンター単独籠城はしない。店舗の大きさに対して、陳列している食料品が少ないからな」


 ホームセンターは要塞化に関しては、間違いなくトップクラスに優れている。


 だが食料の備蓄が少ない、という大きな弱点もあった。

 特に今回のような百人近い住人がいたら、食料はあっという間に枯渇してしまうのだ。


「以上の三点が、俺が食料不足を指摘した推測の理由だ」


「推測だけ、そこまで全部見通していたのか。どうやら腕が立つだけではなく、洞察力も鋭いようだな、レンジ」


 誤解は解かれたようだ。

 高木社長から鋭い殺気が消えていく。


「まぁ、そういう訳で、ここは食糧難の最中だ。だから家族のためには三日後の食料倉庫の襲撃は、絶対に失敗できねぇのさ」


 かなりの重要な作成内容なのだろう。

 だが赤の他人である俺に信じて、高木社長は全て話してくる。


「その食料倉庫にいる子鬼ゴブリンの数は?」


「たぶん百匹くらい。多くても二百はいないはずだ」


 かなり多いな。

 それほど大きな規模な巣、市街地では見たことがない。

 おそらく市内の中でも大きい規模の巣なのだろう。


「だが今季は全滅させる予定はない。おとり部隊が陽動している間に、トラック部隊で裏から食料を奪っていく算段だ」


 ホームセンター組の中には戦国時代、用兵術に詳しい者もいた。その者が立案した陽動作戦で、味方の被害を最小限に抑える作戦だという。


「なるほど、悪くはい作戦だな。俺への報酬は?」


「この店にある商品なら、持って行ける分ならくれてやる。もちろん食料品以外だが」


 以上が高木社長の提示した情報となる。

 作戦に参加すると決めた時に、もっと詳しく教えてくれるという。


「さて、どうする、レンジ?」


 あとは俺が返事をするたけ。

 YES か NOの二択だ


「……ねぇ、レンジ。これ、断った方が良くない?」


 隣の真美が小さく助言してきた。話を聞いて彼女も考えてくれていたのだ。


「……だって、今回の目的は、私の浄水器と、レンジの欲しい物、の二つだけでしょ? だったら、そんな危険を冒して必要はないよね?」


 真美のアドバイスは一理ある。

 いくら便利なホームセンターの商品とはいえ、全部持ち帰れるはずはない。


 それに比べては百匹級の子鬼ゴブリンの巣穴に飛び込むのは、間違いなく命がけの仕事になる。


 つまりこれは“ハイリスク・ローリターン”なアンバランスな仕事なのだ。


「ああ、そうだな。報酬で比べたら、割に合わない仕事だな」


「でしょ⁉ はぁ……良かった、レンジが危険な目に合わないで……」


「社長、その依頼受けてやる」


 だが俺は即座に“YES”の返事を、高木社長する。


 今回の大作戦を助っ人として、手伝うことを受諾したのだ。


「――――ッエ⁉」


 真美は驚いているが、俺は社長と話を続けていく。


「そうか、感謝する、レンジ。今日から準備して、部隊の出発は三日後の昼前になる。できたら三日間、ここにいて、一緒に作戦を詰めて欲しいが、どうだ?」


「ああ、もちろん、ここにいる」


 こうした大規模な作戦では事前の準備を、隊員の意思疎通が肝となる。

 だから俺も三日間ホームセンターに滞在することにした。


「質素だが一日三食の飯、寝床は用意しておく。歓迎するぜ、レンジ」


 高木社長から右手が差し出される。

 顔は笑っているが、目元はまだ笑っていない。

 完全に俺のことを信用していないのだ。


「ああ、世話になる」


 だが俺も完全に許した訳ではない。ビジネススマイルで握手を返す。


「えっ……えっ……握手までして……どういうことなの、レンジ⁉」


 まさかの結果に真美は目を丸くして、言葉を失っている。


(崩壊した世界で、集団の中で生活……か。さて、どうなるものか)


 こうして百人近い男女のグループ、ホームセンター組で俺は生活していくことになった。

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