第17話:ホームセンターの中へ

 郊外のホームセンターに無事に到着する。


 だが繰り広げられていたのは、武装した人間の子鬼ゴブリンとの集団戦闘だった。


 ……ガシャン! ……バシャ! ……ギャン!……


 ホームセンターの駐車場に金属音が響き渡る。


『ゴブゴブ!』

『ゴブゥウウ!』


「……おら、死にやがれ、化け物がぁ!」

「……おい、槍が折れた! 予備を持ってきてくれ!」


 互いに刃物や鈍器で武装した集団同士の戦い。

 さながら戦国時代の戦のような光景だ。


「レ、レンジ。あれって、どういう状況なの⁉ そうして戦っているの⁉」


 俺の隣にいた真美は、何が起きたか理解でずにいる。

 町育ちのOLとっては映画のような、現実離れした光景なのだろう。


「あれは攻防戦だ」


「えっ……攻防戦?」


子鬼ゴブリンが攻め込んできて、人間側がホームセンターを死守しているのだろう」


 ホームセンターの入り口には、金属製のバリケードが組まれていた。

 内側にいるのは手作りの槍と盾、作業用ヘルメットで武装した人間たち。


 つまり人間は防衛側が人間で、子鬼ゴブリンが襲撃側なのだ。


「なるほど、そういう状況か! それにしても生き残っていた人が、あんなにいたんだね……よかった……」


 状況を把握して、真美はほっと息を出す。

 俺以外の生き残った人間を初めて目にして、少しだけ安心したのだろう。


「――――あっ⁉ でも、ホームセンターの人たちは大丈夫なの⁉ あんなに沢山の子鬼ゴブリンに攻められて……」


「大丈夫だ。ほら、みて見ろ。子鬼ゴブリンが退却していく」


 戦闘は佳境に差し掛かっていたタイミングだったのだろう。

 多くの死傷者を出した子鬼ゴブリンは退却。脱兎のごとく逃げ去っていく。


「「「うぉおお!」」」


 一方で人間側の負傷者はそれほどいない。

 バリケードの内側で勝どきの声を上げている。

 武装した男たちは槍を掲げて、異常なまでに興奮していた。


「す、すごい⁉ 人間側が勝っちゃたよ⁉ すごい……」


 観戦して真美も、同じように興奮している。

 彼女は子鬼ゴブリンに怯えながら、一週間以上も隠れてきた。

 人間側の勝利を初めて目にして、気分が高揚しているのだ。


(ふむ。やはり数が同等なら、武装した人間の方が有利か)


 だが俺は客観的に戦いを分析していた。


 子鬼ゴブリン単体の戦闘力が、それほど高くないことは調査済み。

 そんな中でも集団戦のデータを得られたことは大きいのだ。


(それにしても、あの集団……なかなか“ヤル”な)


 人間側はかなり戦い慣れていた。

 人型である子鬼ゴブリンに対して、躊躇なく攻撃。

 槍を突き刺し、鉄パイプで殴り殺している者もいた。


 おそらくは今まで似たような攻防戦を、何度も経験していたのだろう。

 戦乱時代の集落にあった、自警団のような猛者たちだ。


(戦闘力だけではなく、統率もされているな、あの集団は)


 男たちは戦いを終えても、無駄な追撃戦をしていない。

 今はバリケードの修理に取りかかっている。


 屋根に上に見張りも配置しており、周囲の警戒も怠っていない。


 その一連の動きを見ただけで、あの中に“優れた指導者”がいることが伺える。


「ねぇ、そろそろホームセンターに行ってみましょう? あの人たちなら話を聞いてくれそうよね?」


 まだ興奮から冷めやらぬ真美は、目がキラキラしていた。

 おそらくホームセンターの連中が、彼女には英雄のように見えているのだろう。


「今だと、“少し厄介なこと”になりそうだが、いいのか?」


「えっ、厄介なことに? どういう意味?」


「行けば分かる。時間もないから、いくぞ」


 首を傾げる真美を引き連れて、俺はホームセンターの入り口に近づいていくことにした。


 ◇


 ホームセンターの入り口に到着。


 だが俺の予想通り、面倒な状態になっていた。


「おい、止まれ⁉ お前たちは何者だ⁉」

「おい、どこから来ただ⁉」

「もしかしたら化け物が化けているのか⁉」


 興奮した人間たちに、門番に包囲されてしまったのだ。

 お手製だが鋭い槍先を向けられる。


「――――ひっ⁉ わ、私たちは化け物じゃありません……街の方から来たんです……」


 敵対的な反応を受けて、真美は両手を上げて恐怖で震えている。

 まさか同じ人間からこんな仕打ちをされるとは、彼女は予想もしていなかったのだ。


「レ、レンジ……どうして、こんなことに?」


「こいつらは戦闘の後で、興奮状態にあるのさ」


 人間は戦争やケンカの時に、興奮作用のある脳内麻薬が分泌される。

 そのため彼もまだ好戦的な状況なのだ。


「おい、何をごちゃごちゃ言ってやがる⁉」

「お前たちは何者だぁ⁉」

「荷物を見せろ!」


 とても冷静な話はできない状況だ。


「ど、どうしよう、レンジ……」


 ふう、仕方がない。

 面倒だが対応するか。


「真美が……こいつが言ったとおり、俺たちは街から来た。目的は“買い物”だ」


「「「はぁ? 買い物だと⁉」」」


 予想外の答えだったのだろう。

 男たちは更に声を荒げる。


 だが俺は構わず話を続けていく。


「これが買い物の“対価”だ」


 俺はリュックサックから生米の入った袋を取り出す。

 10kgの重さで、約60食分の生米だ。


「――――なっ⁉ こ、米だと⁉」

「こ、こいつ、こんなに米を⁉」

「ど、どうする、おい⁉」


 大量の米を目にして、男たちの態度が急に変わる。

 互いに顔を見合わせて、どう対応すればいいいか迷っていた。


(さて、どうでる。……ん?)


 そんな時、ホームセンターの中から誰かが近づいてくる。

 かなり大柄の男だ。


「どうしたお前たち? いったい誰が来た?」


 やってきたのは50代くらいのパンチパーマの男。

 サングラスの下の目はかなり鋭い。


「た、高木社長⁉」

「こいつら買い物に、街から来たって言うんです⁉」

「米を対価にして、買い物したいって……」


「米で買い物に来た、だと?」


 高木社長と呼ばれた男は、俺たちに視線を向けてきた。鷹の目のように鋭い目だ。


「ううっ……怖い……」


 あまりにも鋭い眼光を受けて、場慣れしていない真美は小さく声を漏らす。


「お前ら……いや、“お前”は何者だ? カタギじゃねぇだろ、その雰囲気は?」


 だが男が視線を止めたのは、俺の方。

 全身を観察するように、鋭い視線を向けてきたのだ。


「いや、俺はただの元サラリーマンだ。さっきも言った通り必要な物を、ここに買い物にきた。対価はこの生米だ。どうする?」


 だが俺は臆することなく交渉を続ける。

 こうした交渉の場では怯み、弱気を見せた方が負けなのだ。


「買い物だと? 食料や燃料はやれんぞ?」


「その二つは不要。欲しいのはホームセンターの売り場にある、普通の商品だ」


「普通の商品が欲しいだと? そんな物のために、わざわざ街中から来たのか? 化け物の中を通って?」


 高木社長は質問をしながら、俺の反応を確認してくる。

 嘘や隠し事がない、値踏みをしているのだろう。


「俺が欲しい物は、市内ではホームセンターにしか置いない。一番近いホームセンターはここ。だから来た」


 だが俺は何も隠さずに答える。

 こういう交渉では嘘はつかない方が、逆に吉と出やすのだ。


「……怖ぇくらいに、真っ直ぐ目だな、お前……わかった。買い物を許可する」


「「「しゃ、社長⁉ いいんすか⁉ 」」」


 普段は怪しい部外者を入れないのだろう。

 門番たちは驚きの声を出す。


「入れてやるが、腰のその武器は中では預からせてもらう。いいか?」


「ああ、もちろんだ」


 俺は腰の剣鉈けんなたをベルトから外し、鞘のままに手渡す。

 武器は【収納袋】にも隠してあるか、特に不安はないのだ。


「……狩猟用の鉈か? 見たところ、随分と使い込んでいるな。あの化け物は何匹斬った?」


「数えたことはない。お前たちと同じく、生きるため狩ってきただけだ」


 俺は自分の欲望のために子鬼ゴブリンを狩っていない。

 生き残る道を模索するために、情報と食料を得るために数十匹の駆除をしてきたのだ。


「なるほどな。とりあえず中に入れ、“レンジ”だったか、兄ちゃん?」


「ああ、レンジだ。こっちは真美、連れだ」


「レンジに真美か。案内する。付いてこい」


 高木社長の後を付いていく。

 バリケードを通り抜け、ホームセンターの店内に足を踏み入れる。


「うわ……すごい⁉」


 店内に入って、真美は声を大きな漏らす。


「こんなに生き残っている人が⁉ それに女の人も、こんなに沢山⁉」


 彼女が驚くのも無理はない。

 先ほどの戦闘員の倍以上の人が、店内にいたのだ。


 ……ざわざわ……がやがや……ざわざわ……


 ざっと見たところ人数は八十くらい。


 先ほど戦闘していたような、元気のいい成人男性が三十人くらい。

 成人女性も二十人以上はいる。


 年配者はそれほど多くはない。


「み、見て、レンジ。子どももいるよ⁉」


 更に店内には子どもたちもいた。

 幼児から小学生まで二十人近いも子どもたちがいる。


 ……じろじろ……ざわざわ……じろじろ……ざわざわ……


 移動する俺と真美のことを、店内の人間も見てきた。


 あまり好意的な視線ではなく、かなり警戒した強い視線だ。


 見慣れない者、怪しい部外者だと思われているのだろう。


「さぁ、こっちだ」


 俺たちはそんな視線を受けながら、高木社長の後を付いていく。


「レンジ、すごね? こんなにたくさんの生き残りいたのね⁉ でも、どうやって⁉」


 歩きながらも真美はまだ興奮が冷めない。

 街に一人で隠れて住んでいた彼女にとっては、不思議な状況なのだろう。


「沢山いる一番の要因は、ここが“ホームセンター”だからだ」


「ホームセンターが要因?」


「ああ。こうした状況では、最も有効な拠点の一つだらかな」


 都市サバイバルにおいてホームセンターの重要性は高い。


 何しろ店内は多岐にわたる建築建設素材が完備している。


 加工に慣れた者なら、玄関のバリケードを簡単に組みあげ、戦闘用の槍や鈍器も製造可能なのだ。


「そう言われてみれば、たしかに、いろんな物があるわね……」


「それにキャンプ用品や災害用品も多い。ホームセンターは都市サバイバル用品の宝庫だ」


 テントや寝袋、保温マットがあれば、店内でも寝泊まり可能。

 携帯ガスコンロで調理や湯を沸かすこともでき、販売用の保存食も完備してある。


 特に大震災の後の日本のホームセンターには、災害用品コーナーが増えていた。

 仮設トイレや浄水器、災害持ち出し袋など、人間が必要な物も完備しているのだ。


 それ以外も発電機やソーラーパネルなども売っている。

 使う者の能力とアイデアしだいでは、ホームセンターは街中の要塞と化すのだ。


「なるほど。そう言われてみれば、ホームセンターって、すごい店なんだね……」


 都市OLな真美は、今まで足を踏み入れてこなかった店なのだろう。

 俺の説明を聞いて、感心したように店内を見回していく。


 ――――そんな話をしていると、先頭の高木社長の足が止まる。


 入った先は売り場ではなく、従業員の事務室だ。


「さて、レンジ。そこのテーブルで、少し話でもしようぜ?」


「えっ? 話って……さっきお米はレンジが渡したのに、どうして……?」


 真美が驚くのも無理ない。


 なぜなら最初の約束では売り場に直行するはずだった。

 だが高木社長は個室に案内してきたのだ。


 明らかに話が違うのだ。


 ……カチャリ


 直後、社長の部下によって、事務室の鍵が閉められてしまう。

 槍で武装した二人の部下は、出口を完全に塞ぐ。


「えっ⁉ ど、どうしよう……レンジ……」


 こうして武装した相手によって、俺たちは密室に閉じ込められるのであった。

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