第34話:(勝利から二日目の午後)【閑話】:新しい武器

 これはレンジが大鬼オーガ・ゴブリンを倒し、ホームセンターでの激戦が終わった2日後。

 真美が洗濯場で女衆と雑談をした午後の話である。


 ◇


 ホームセンターの裏のひと気のない小さな河川敷。


「さて、これでひと段落だな」


 大鬼オーガ・ゴブリンの解体調査を終えて、俺は一息つく。


「なかなかの収穫があったな、今回は」


 大鬼オーガ・ゴブリンの内部は子鬼ゴブリンと類似。

 だがいくつか大きな相違点もあった。


「特に、この石は……」


 大鬼オーガ・ゴブリンの心臓と反対の胸の中に結晶石あった。

 大きさは拳大で、色は赤黒い。

 今まで解体した子鬼ゴブリンにはなかったモノだ。


「“魔石”……か」


【収納袋】に試しで入れてみたら、“魔石”という名称が表示された。

 何の石なのか分からないが、これが正式名称なのだろう。


「そのうち、どこかで研究してもらいたいな、これは」


 明らかに地球上にはい物質で、何かの情報が得られるのだろう。

 だがホームセンターには研究機器や専門家はいない。


 そのため安全な【収納袋】に入れておいて、どこかの研究機関に依頼することにした。


「そして、奴の大斧も……」


 大鬼オーガ・ゴブリンが使っていたバトルアックスも、今は収納袋に入れてある。

 怪しい赤黒い光沢を放っていた金属製の大戦斧。

 こちらは《断罪の大戦斧バトルアックス》という名称だった。


「武器として俺も使えたが、あまり意味はないな」


《断罪の大戦斧バトルアックス》は凄まじい切れ味と、超重量による攻撃がある。

 身体能力を強化した俺は、一応は振り回すことができた。


 だがスピードと回避を重視する俺には、少し重すぎ流すぎる武器だった。

 あと斧を使った戦いは、俺は専門外。

 そのため、こっちも収納袋行きしておいた。


「俺よりもガタイが良いパワータイプ、斧を使い慣れた奴なら、かなり有効な武器になるんだろうがな、アレも」


《断罪の大戦斧バトルアックス》の攻撃力は身をもって体験していた。

 これもその内に有効に活用できることを祈っておく。


「さて、次は何をするかな?」


 男衆はまだ忙しいそうにしているが、俺は仕事を特別に免除されていた。

 だから解体調査が終わったことで、手持ち無沙汰になったのだ。


 ◇


「……ん、真美か」


 そんな時、ホームセンター裏にいた俺に、真美が走って近づいてきた。


「どうした何か用か?」


 やってきたのは岩倉真美。

 俺と一緒にホームセンターに来た元OLだ。


「えーと、ちょっとお願いが……聞きたいことがあるの、レンジ」


「聞きたいことだと。なんだ?」


 真美の表情はいつになく真剣。

 いつもの『食料や菓子を分けて欲しい』そんな軽い感じではない。


「私に……“戦い方”を教えて欲しいの。子鬼ゴブリンと戦える方法を教えて欲しいの!」


 頼んできた内容は、今までないジャンル。

 何しろ今まで彼女は、あまり戦闘には積極的ではなかった。


「お願い、レンジ」


 だが真美は真っ直ぐ目で、冗談や軽い覚悟ではない。


「どういう心境だ」


「ほら、二日目の前の戦いで、私って無力だったでしょ? 女衆やマリアさんは、あんなも危険を冒して戦っていたのにさ……」


 真美は事務室で子どもたちと避難していた。そのことに劣等感があるのだろう。


「気にするな。アイツらは場数が違うからだ」


 若い時に“ヤンチャ”していた者が、女衆には多い。

 職人の妻や彼女ということもあり、気性も強気な女が揃っていたのだ。


「でも、マリアさんも……」


「あいつはもっと場数を踏んでいる」


 おっとりそうに見えて、マリアも夜のプロフェッショナル。かなりの修羅場の経験していたのだろう。


 あと彼女の覚悟は、女衆とも桁が違う。

 幼い子を守るためなら、“狂気の戦士”と化す狂信さもある女なのだ。


「お前は運動部だったみたいだが、取っ組み合いの喧嘩もしたことがないだろう? だから近接戦闘には向かない。諦めろ」


「そ、そんなのは分かっているわ。でも、私はまた守られるだけは嫌なの! せめてレンジの後ろで、邪魔にならないような存在になりたいの!」


 真美は決死の覚悟を決めていた。


“何をされても、何を言われても絶対に退かない”……そんな強い覚悟を放っていた。


 最初に出会った時の情けない顔。あれ比べたら天と地ほどの差がある、強い顔だ。


「そんな顔もできるんだな。ふう……仕方がない、教えてやる」


「――――っ⁉  ほ、本当⁉」


「ああ、本当だ。嘘はつかない」


「よ、よかった……絶対に断られると、思っていたから、本当によかった……」


 かなり勇気を出して来たのだろう。真美はほっとした顔になる。


「気を引き締めるのは、まだ早いぞ。すぐにトレーニングを始めるぞ」


「トレーニング? 何からやるの? 鉄パイプ? それとも槍とか?」


「いや、お前は向きの道具がある……コレだ」


 俺はリュックサックの中から、【収納袋】から一組の道具を取り出す。


 以前、商店街を調査していた時に、ある店から調達してきた物だ。


「えっ? それって、もしかして、“おもちゃの銃”じゃない?」


 真美が驚くのも無理もない。

 俺が取り出したのは、銀色に輝く玩具のハンドガンだ。


「ああ、そうだ。“機動刑事サリバン”が使う玩具のおもちゃ銃“サリバーガン”だ」


“機動刑事サリバン”は数年前に流行っていた、子ども向けのTV番組。

 このサリバーガンは大人向けの発生玩具で、電動式のBB弾銃だ。


 派手な装飾が施され、素人である真美が見ても“おもちゃ”だと分かる外観をしている。


「えーと、ごめんなさい。私、あまり詳しくないけど、おもちゃ銃って、そんなに威力ないよね?」


「ああ。この電動式でも、段ボールに穴が開く程度の威力しかない」


 日本は規制によって、電動式BB弾銃はかなり威力が低い。

 人に当てても厚めの服の上からだと、それほど痛くはない低威力なのだ。


「えーと、それじゃ『BB弾じゃ、子鬼ゴブリンとは戦えない』っていうことよね?」


「ああ、普通のBB弾なら効果はほとんどない。だが見ていろ。これは“普通”ではない」


 俺は“サリバーガン”を両手で構える。

 狙うのは10m先にある子鬼ゴブリンの死体。解体中で吊るしているモノだ。


「ちゃんと見ていろよ」


 狙いをしぼり、軽く引き金を引く。


 ――――シュッ!


 鉛色のBB弾が銃口から発射されていく。


 ――――ジュ、パン!


 直後、子鬼ゴブリンの死体に穴が開く。


 骨まで砕けてはいないが、表面の皮と肉にめり込み血が飛び散る。

 痛覚のある生物には、かなり有効なダメージを与えていた。


「――――っ⁉ えっ……ど、どういうこと⁉ ど、どうして、おもちゃ銃が、そんなに威力があるの⁉ えっ、日本って、こんなの販売して、大丈夫なの⁉」


 まさか結果に真美は目を丸くしていた。何が起きたか理解できていないのだ。


「これは普通ではない。俺が改造して“少しだけ”威力を強化した物。だから子鬼ゴブリンにも有効だ」


 これは嘘で方便。

 本当は前に“ザリバーガン”の本体に【威力強化〈小〉】を付与していたのだ。

 あと使用するBB弾は違法な鉛弾で、こちらにも【威力強化〈小〉】を付与していた。


 そのため通常のBB弾では、あり得ない威力を発揮したのだ。


(やはり血肉をえぐる程度か、これは)


 本当は俺が使う予定で入手強化したが、威力が予想よりも低かったモノ。

 何しろスリングショットの方が威力と使い勝手も上なのだ。


 そのため収納しておいた不要の武器だった。


「そ、そっか、改造品だったのね。とにかく凄いわね、その威力! あっ……でも、ちゃんと扱えるかな、私……」


 真美はサバイバルゲームすらしたことがない銃の素人。

 とっさに正確に撃てるか心配なのだ。


「その点は心配ない。この“サリバーガン”は警察の拳銃よりも、優れている利点がある」


「えっ、本物の拳銃よりも⁉」


「ああ。普通の拳銃を素人は、まず使いこなせないからな」


 日本にも警官や自衛官などの銃は存在している。

 崩壊した世界では有効な武器だと、誰もが思いつくだろう。


 だが10mの動く標的に当てることは、一般人はかなり難しい。

 まともに当てるには正しい知識と、膨大な射撃の訓練が必要になるのだ。


「そ、そっか……」


「あと日本では拳銃用の弾丸は、入手は難しい」


 今の崩壊した世界では、銃の弾丸の補充は容易ではない。

 つまり警官の銃を子鬼ゴブリン相手に使うのは、あまり現実的ではないのだ。


「そっか……でも、そのサリバーガンは練習できるの?」


「ああ。こいつの大きな利点は、“練習が可能な”ところだ」


 サリバーガンは動力が充電式で、鉛弾も大量にあり、しかも回収できる。

 拳銃に比べて音も皆無なため、無限に射撃訓練が可能。


 素人な真美でも練習していけば、数日である程度までは使いこなせるようになるのだ。


「そ、そんな凄い銃だったんだね、その“サリバーガン”は……私でも役立つことができるんだ!」


 ようやく利点を理解して、真美は顔を明るくする。

 無力で素人な自分でも役立つ可能性があることを、彼女も理解できたのだ。


「あと、“サリバーガン”の二つ目利点は、“小型で携帯性に優れ、他人にバレにくい”ということだ」


「“他人にバレにくい”? どういう意味なの?」


「これは“どう見ても玩具”にしか見えない。つまり避難民や暴徒に見つかっても、奪われる心配はない、ということだ」


「あっ、そうか! 本物の銃を欲しい人もいるのね、この世界だと⁉」


“強力な武器”と日本人が思いつくのが拳銃。

 特に暴徒は、実弾銃を無理やりでも奪い取りにくるだろう。


 だがおもちゃな外見の“サリバーガン”を見て、これが実弾並の威力があるとは誰も思わない。

 むしろ相手も馬鹿にしてくれて、真美も身も安全になるのだ。


「そ、そっか……本当に私向きの武器なんだね、これは……」


「だが使いこなすには厳しいトレーニングが必要だ。覚悟はあるか?」


 銃を実戦で扱うことは、かなり難しい。

 的に当てるだけではなく、どんな体勢と状況でもホルスターから抜く技術も必要。


 あと他にも、接近された時の対処や、奪われてしまった時の対処など、身体と頭で覚えることは多いのだ。


「うん……もちろん覚悟しているわ。大事な人を守るため……レンジの付いていくために、命をかけて学ぶわ!」


 真美は何やら闘志を燃やしていた。

 絶対に強くなる、という鋼の意思で臨んでいる。


 これなら何とかなるだろう。


 そんな真美の表情が、少しだけ変わる。


「そ、そういえば……これを借りる“対価”なんだけど……」


 少し頬を赤くして、もじもじしながら対価について質問してきた。


「対価は不要だ」


「――――っ⁉ えっ? ど、どうして? こんなに凄い武器を貸して、戦い方まで教えてくれるのに、なんでタダなの⁉」


 想定外だったのだろう。真美は目を見開き驚いてきた。


「それは今回のお前の動機が、“私利私欲じゃない”からだ。そういう想いは嫌いじゃない」


「そっか……やっぱりそういう優しいところもあるんだよね、レンジは……ありがとう、レンジ」


 真美は感謝してきた。

 おそらく高い対価を要求されると、さっきまで覚悟していたのだろう。


「ん?……あれ? でも、対価を払えないってことは、レンジとエッチなことができない、ってこと? あれれ……タダって、なんか良いことなのか、悲しいことなのか……」


 だが急に何やら独り言を言い出す。

 先ほどまでの真剣な表情とは違い、自分の欲望を丸出しにしている。


「何を言っている。トレーニングを早く始めるぞ」


「あっ、はい! よろしくお願いします、教官!」


 こうしてホームセンター裏で真美の新しい武器、サリバーガンのトレーニングは幕を開けるのであった。

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