第58話:熱血ゴリラ

 激怒した詩織の従兄弟に、俺は全力で吹き飛ばされる。


 ――――ガッ、シャーン


 吹き飛んだ俺に巻き込まれて、会議室の椅子が音を立てる。


「――――っ⁉ おい、リョウマ⁉ お前、何をしているんだ⁉」


 突然の部下の蛮行。

 上司である唐津隊長が、佐々木リョウマを羽交い締めする。


 人命を守るべき消防隊員が、一般人である俺の殴り飛ばしたのだ。

 隊長として気が気ではないのであろう。


「止めないでください、隊長! 自分はコイツをブン殴らないといけないです! 妹のためにも!」


 佐々木リョウマと詩織は従兄妹同士だが、幼いは兄妹のように育ってきた。

 だから大事な妹を守るために、この熱血漢は激怒しているのだろう。


(ふう……やれやれ。この分だと、詩織は“俺との関係”を、コイツに喋ったんだろうな)


 今までの詩織の生活のことを、リョウマは別室で聞いた。

 その会話で、俺に半強制的に従属契約させられたことを、詩織は話したのだろう。


(まぁ……知られてしまったものは仕方がないな)


 だが別に俺は、詩織に対して悪いことはしていない。

 この崩壊した世界では、平和な時の倫理観は通じないのだ。


(だが、この雰囲気だと、俺はここには居られないな)


 コイツ等の倫理観だと、俺は間違いなく悪人になるだろう。お蔭で浄水センターの復興が難しくなるのだ。


 ――――そんな時、新たな人物が会議室に入ってくる。


「お、沖田さん⁉ 大丈夫ですか⁉」


 やってきたのはメイド姿の詩織。

 悪者なはずの俺の元に、何故か駆け寄り怪我を心配してくれる。


 そんな詩織を見て、羽交い締めにされている佐々木リョウマは驚く。


「し、詩織、どうしてそんなレイプ野郎を、助けるんだ⁉」


「お兄ちゃん! ちゃんと最後まで話を聞いてよ! ドラッグストアで襲われそうになっていのを、この沖田さんが助けてくれたのよ!」


「な、なんだと……そうだったのか……」


 詩織から怒られて、真っ青な顔でリョウマはヘナヘナとなる。


(なるほど。勘違いしていたのか、あの熱血バカは)


 おそらくドラッグストアの話をしている途中だったのだろう。

 だが佐々木リョウマは話を聞き間違えて、『俺が詩織を襲った!』と勘違い。


 制止も聞かずに、猛牛のごとく会議室に殴り込んできたのだ。


「そ、そっか……詩織は無事だったのか……」


 リョウマはかなり詩織のことを大事にしているのだろう。ぞくに言う従兄妹シスコンだ。

 大事な詩織が無事だと分かって、ヘナヘナと膝から崩れ落ちていた。


 この分だと、もう暴れる心配もない。

 拘束を解いた唐津隊長、俺に近づいてくる。


「すまないな、沖田くん。うちのバカが勘違いで暴走して、キミに暴力を振るってしまって。コイツにも罰を与えるから、どうか許してやって欲しい」


 深々と頭を下げてくる。部下の不始末を、上官として謝罪してきた。


「いや、気にするな。対してダメージも受けていないからな」


 俺は殴られた瞬間、自分で後方に飛んでダメージを分散していた。

 身体能力と五感を強化した、俺ならではの離れ技。


 だから見た目以上には、殴られたダメージは少ないのだ。


(……だが、この男パンチは……)


 俺は殴られたダメージを、微かに受けていた。

 本当はゼロにするつもりで、あえてパンチを受け得ていた。

 だがあまりにも鋭すぎて、打撃エネルギーを完璧に分散できなかったのだ。


(つまり佐々木リョウマは、尋常ではない膂力りょりょくの持ち主、ということだな)


 鍛えられた筋力に加えて、喧嘩なれもしているのだろう。

 人間の中でこれほどの強者は、久しぶりに対峙だ。


「……ウチのリョウマの、今のパンチを受けて、ダメージがない、ですか?」


「ああ、そうだ。という訳、そこでヘコんでいる熱血ゴリラも、あまり気にするな。あの程度のパンチなど、蚊に刺された程度にしか感じないからな」


「――――っ⁉ なんだと、お前⁉」


 俺の言葉を挑発と受け取ったのだろう。

 リョウマはまた凄い剣幕で向かってくる。


「お兄ちゃん! 止めて! まずは沖田さんに謝るのが先でしょう⁉」


 詩織の言葉には弱いのだろう。


「うっ……ああ、そうだったな……さっきは申し訳なかったな……沖田レンジ」


 急に動きを止めて、素直に俺に謝罪してくる。

 だが嫌々に頭を下げていて、顔はどう見ても反省している色はない。


「ああ。気にしていない。それじゃ、しばらくは世話になるぞ、お前たちに」


「えっ……沖田さん? ここに滞在してもいいんですか⁉」


 まさかの俺の判断だったのだろう。

 詩織は意外そうな顔を向けてきた。


「俺は、ここに数日、滞在する。お前はどうするかは、勝手しろ」


「……私も、ここに数日滞在します」


 詩織も滞在を選択する。

 久しぶりに従兄妹のリョウマに再会して、積もる話もあるのだろう。


「それなら、従兄妹の詩織に面倒は、自分がみます、隊長!」


 真面目なリョウマが世話をするなら、詩織の身の安全だろう。

 お蔭で俺は浄水センター内で、自由に動くことが可能になった。


「それじゃ、俺はミーティングまで自由になさせてもらうぞ」


「……ちっ……沖田レンジ……」


 リョウマは相変わらず睨んでくるが、俺が構わない。

 会議室を後にして、管理等を散策することにした。


 ◇


 一人になった俺は、管理棟の屋上に移動してきた。


「さて、まずは“通信”をしておくか」


 周囲に誰もないことを確認して、小型の無線機を取り出す。

 付与魔術で能力を大幅に強化した無線機だ。


「これで高木社長に連絡がつけばいいのだが」


 今回、通信を試みるのはホームセンター組のリーダー、パンチパーマの高木社長だ。


 目的は浄水センターへの援軍の要請。

 ホームセンター組から少しでも援軍を派遣できないか、確認してみるためだ。


 事前に社長に伝えておいた専用のチャンネルに合わせて、俺は通信を試みる。


 …………ガガガ…………ザザザ…………


 だが俺がいくら呼びかけても、向こう側の音声は聞こえない。


 やはり街を覆う謎の電波障害で、原因で通信障害が起きているのだ。


「だが付与魔術の経験上、こっちの音声は、向こうに聞こえている可能性もあるな」


 付与した物は他人でも使用可能。

 だが付与者である俺が使うと、効果が高いことは判明していた。


 だから俺からの無線の音声だけは、高木社長に届いている可能性があるのだ。


「ホームセンター組の高木社長、聞こえていたら返事をしなくていい。ここまま聞いてメモをしてくれ……」


 だから俺は一方的に通話をしていく。


 内容は浄水センターの現状について。


 今ここは唯一の橋を廃車で封鎖され、四百匹以上の子鬼ゴブリンに完全に包囲されていると。


 浄水センター内は戦闘員が少なく、食料の備蓄が少ないと。


 相手には大鬼オーガ・ゴブリンクラスの特殊個体が指揮している可能性があると。


 連中はすぐに攻めてくる気配はないが、その内に総攻撃の可能性もあると。


 ここは食糧不足でコミュニティー内で暴動が起きる可能性がある。

 もしくは食料が尽きて、無謀な突撃で人間側が全滅する可能性があると。


 客観的に現状を通信していく。


 そして最後に、俺の個人的な見解を加える。


「……この浄水センターを解放するメリットは、人間側には大きい。安全で快適に住める拠点が一気に増える。だがホームセンター組にはデメリットも多い。だから判断は社長が決めて、決して無理して来る必要はない。もしもお前たちが来なくても、俺は……いつものようにするだけだ」


 そう一方的に言い残して、通信を終わる。

 最後の私見は、自分でも矛盾していると思う。


 ホームセンター組にできれば援軍に来て欲しいが、本心では来て欲しくもない。


 何故なら大遠征をすることで、留守番組が、またマリアや女衆が無防備になってしまうからだ。


「ふう……浄水センターの窮地……か」


 通信をして改めて、浄水センターの窮地を実感する。


 唐津隊長は協力してくれるが、まだ信頼は得ていない。

 佐々木リョウマに至っては、俺に敵対心もある。


 更に一番人数の多い職員たちは、戦闘に非協力的ときた。


 前回のホームセンター組の何倍も状況が悪いのだ。


「やはり。俺一人で打開策を見つけるしかないか」


 だが悩んでいる暇はない。

 俺は次の作業に移行していく。


「ん? さて、そろそろ夕方のミーティングの時間だな」


 唐津隊長が全住人に、俺のことを紹介してくれる時間だ。

 紹介さえしてもらえれば、更に管理棟内で動きやすくなる。


「……だが食糧難ない今、外部から来た俺は、間違いなく歓迎はされないな」


 こうして重く空気のミーティングの中に、俺は参加するのであった。

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