第57話:打開策の提案

 浄水センター組の特殊な事情を聞くことにした。


「他の連中は、今までどうしていた?」


 武装をしたら、成人男性なら子鬼ゴブリンは倒せる。

 浄水センターの職員は、今までどうしてきたのだろう?


「彼らは戦闘に関しては、あまり協力的ではありません。我々が荒事に慣れていたのも、原因の一つですが」


 なるほど、そういうことか。


 たしかに消防隊員は全員が戦闘力も高い。

 何しろ平時から特殊な救助訓練を積んできたからだ。


 それに比べて公務員の職員は、特殊な訓練を受けていない。

 またホームセンター組の荒い職人たちに比べても、喧嘩など荒事も経験者も少ないのだろう。


 だから戦闘時は消防隊員が前面に立つスタイルが、この避難所で自然形成されていたのだ。


「ですが彼らも、他のことで協力してくれています。この設備の維持や、炊事や見張りなどは、率先して協力してくれます」


 そう言いながらも、唐津隊長の表情は曇っている。

 おそらく消防隊員と職員の間、多少の格差トラブルが起きているのだろう。


 何しろ命を賭けて守る消防隊員と、安全な内部の職員の仕事。

 崩壊した世界では、両者の命の価値は違い過ぎるのだ。


 特に今、浄水センターは完全に包囲されている。

 そのため唐津隊長と消防隊員は、職員にも武器を持って戦って欲しいのだろう。


(こちらの戦力が20人か……)


 消防隊員の個人の戦闘力は、間違いなく高い。

 武器と防具さえあれば、一人で数匹の子鬼ゴブリンを圧倒できるだろう。


(圧倒的に少なすぎるな)


 だが集団戦闘では、数こそがモノを言いう。

 今回の四百以上の子鬼ゴブリン相手には、この戦力差は絶望的なのだ。


 そんなことを考えながら、俺は二つ目のプランを提案していく。


「二つ目のプランも、相手を全滅させること。違うのは“外部の力”を借りることだ」


「外部の力……ですか?」


「ああ。他から援軍を送ってもらって、挟撃戦で相手を殲滅させる」


 俺の住んでいた住宅地には、一軒家と集合住宅が多い。

 そのためホームセンター組のような避難集団は、ほとんどいなかった。


「おそらく西地区には、まだ避難所はあるはずだ」


 だが西地区には災害に強い建物が多くある。

 市役所や警察本部、サッカー管理棟など、避難民がいる可能性が高い場所があるのだ。


「援軍か……それは我々も考えていました。先日SOSの無線通信を打ってみましたが、返事はどこからもなかった……」


「SOS無線か。俺の知り合いも受信していたが、電波状況は壊滅的だったらしい」


 降魔医院で美鈴が無線を受信していた。

 だが雑音が酷く、しかも返信も不可能だったのだ。


 ここから距離的に市役所地区よりも、降魔医院の方が近い立地。


「おそらくお前たちのSOSは、市役所近郊には届いていないな」


「やはりそうですか。何故か分からないが、災害無線や通信機器が、まるで役に立たないのですと……」


 これも美鈴も検証していた内容。

 この崩壊した世界では、街ではあらゆる通信機器が厳しい状態になっている。


 今のところ使えそうなのは、近距離での無線機だけだ。


「ちなみに沖田くんがいた、百名規模の避難所から、援軍の宛ては?」


「ここからは場所が遠すぎる。一応、俺も連絡を試してみるが、あまり期待はできない」


 ホームセンター組の高木社長に別れ際、俺は特別な無線機を渡していた。

 真美に置いてきた物と同じく、強化魔法で通信能力を強化したものだ。


 いざという時に、緊急連絡をするため譲渡しておいた。

 だが、この距離は通じるか予想もつかない。


「あとSOSが向こうに届いても、東地区からここまでは遠すぎる。援軍が到着するには、何日かかるか分からない」


 平和な時、浄水センターからホームセンターまでは、車で三十分もかからない。


 だが今は放置自動車で、市内の道路は通行止めの状態。

 一台一台、除去していけば、膨大な時間と労力がかかるのだ。


「更に、どこの避難所も、おそらく自分たちの所だけで、手一杯だ。だからこの案もあまり現実的はない」


 ホームセンター組は今順調だが、援軍のために男衆を総動員で遠征はできない。

 何しろ前回の食料倉庫の時に、それで家族を危機に陥れてしまった。


 だからSOSを受信しても、高木社長は援軍を送れないだろう。

 顔も知らない浄水センター組よりも、大事なホームセンター組を間違いなく優先するはずなのだ。


「やはり、そうですか。どこも手一杯で救助に来られない、その可能性は私も考えていました」


 唐津隊長は冷静沈着でキレ者。俺と思考が似ているので、今までのプラインも考えていたのだ。


 だから俺は最後のプランを出す。


「三番目のプランは“動ける者だけでの避難”だ。具体的に言うなら、“消防隊員だけでここを脱出する”ことだ」


「――――っ⁉ そ、それは……」


「これなら20人は全員、ほぼ無事に脱出可能だ」


 消防隊員の身体能力と生存能力は、桁違いに高い。

 何しろ彼らは日々、肉体の強化と、救助の技術と知識を学んで強者たちなのだ。


「お前たちなら、俺がいた避難所にも、たどり着けるはずだ」


 ホームセンターまでの行程も、彼らだけなら何と到達できる。

 徒歩と車両盗難、戦闘、調達を繰り返していけば、間違いなく到達できるだろう。


「彼らを見捨てるのは、さすがに私も……」


「連中も連れていくのなら、消防隊員も生き残る可能性は高くはない」


 厳しい言葉だが、これが今の外の世界の状況。

 弱者は荷物であり、外の世界では生き延びていけないのだ。


「少し厳しいプランを提案したが、もしかしたら他にもあるかもしれない。見つかったら、提案してやる」


「再提案、ですか? 沖田くんが我々にそこまでしてくれる、理由は何かあるのですか?」


 今まで話をして唐津隊長は気がついている。俺が利己的で情に流されない男だと。

 だから俺の目的が知りたいのだろう。


「この浄水センターは、もしかしたら“使える”かもしれない。だから少しなら協力する」


 水道水復活プランのことは、まだ言わないでおく。

 方法もかなり特殊なので、相手の信頼を得てからじゃないと実行不可能なのだ。


「“使える”……ですか? 面白い言い方ですね」


「だが、その前にあの子鬼ゴブリンども何とかしてからだ。あの分なら二、三日は強襲してこないだろう」


 子鬼ゴブリンのボスがその気ならが、初日に浄水センターは陥落していた。

 おそらくは意図があって、時間をかけて包囲しているのだ。


「分かりました。でしたら、ゆっくりしていってください。隊員と職員には、私の方から伝えておきましょう」


 毎日、二回の全体ミーティングがある。

 今日の夕方の場で、俺と詩織を、ここの全員に紹介してくれるという。


「ああ、少しだけ世話になる……ん?」


 情報交換会が終わった時だった。


 一人の男が会議室に飛び込んでくる。


「どうしましたか、リョウマ?」


 入ってきたのは唐津隊長の部下、佐々木リョウマ。


 今は別の部屋で、詩織と話をしていたはずの男だ。


「――――沖田レンジ、キサマぁああ!」


 だが佐々木リョウマは一直線に、俺に向かってくる。


 明らかに激怒した顔と口調だ。


「キサマという男はぁ、俺の大事な妹にぃい!」


 この言葉だけで激怒している“理由”が、なんとなく把握できた。


 リョウマは猛牛のような迫力で、俺の殴りかかってくる。


(ふう……これだから女絡みは、面倒だな……)


 そうため息をついた瞬間だった。


 ――――バゴ――――ン!


 岩のような右こぶしが、俺の頬をハンマーのように殴りつけてくる。


 ――――ガッ、シャーン


 俺の顔に衝撃が走り、会議室の椅子が激しい音を立てる。


 こうして激怒した消防隊員に、詩織の従兄妹に、俺は全力で吹き飛ばされるのであった

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