第56話:浄水センター組の状況

 浄水センターへの入場を許可された。

 唐津隊長に案内されて、俺は棟内を移動していく。


 建物は五階建ての鉄筋コンクリート。

 エレベーターは使えないので、階段で上に上がっていく。


 通されたのは最上階の会議室。

 詩織とリョウマが行った避難所ではない。


 唐津隊長と二人きりになる。


「何か話があるのか、俺に?」


「ええ。外の話を、少し聞きたいと思いまして」


「そういうことか」


 前回のホームセンター組のそうだったが、避難民は情報に欲しがる。

 他の地区がどうなっているか、唐津隊長も知りたいのだ。


「俺が知っていることは話す。交換条件はここの情報だ」


「了解しました」


 唐津隊長と二人きりで情報交換をしていくことにした。

 彼が部下を置かないのは、俺を信頼している訳ではない。


 おそらく俺が危険人物でも、一人で対処できる腕力と技術が、自身があるのだろう。


「それでは俺から聞いていく。ここは電気も使えるのか?」


 ここに移動してくる道中、非常灯が点いていた。つまり電気が使えるのだろう。


「この設備には太陽光発電と小さな水力発電があります。おかげで多少の電気は使えます」


「なるほど。水もか?」


「この管理棟の中だけは。一応はガスもあるので、お湯や調理の火も使えます」


「ガスが……なるほど」


 管理棟の窓の下に、ガソリンとガス運搬用のトラックが止まっていた。

 おそらく近所のガソリンスタンドから、プロパンガスや軽油、ガソリンを持ってきたのだろう。


「どこも似たように、拠点を運営しているものだな」


「沖田くん。キミはどこから来たのですか? その言い分だと、他に同じような避難所があるのでしょう?」


「詳しい場所は言えないが、一週間ほど前に、百人規模の拠点で世話になっていた」


 ホームセンターの具体的な名前は伏せておく。

 何故なら相状況が見えないうちは、たとえ人間でも信用はできないからだ。


「百人規模の避難所……ですか。そこは安全ですか? 食料や水、燃料は?」


「今のところ安全で、生活物資もそこそこある。だが、ここから少し遠い。大通りを使えない今、移動はかなり危険だ」


「やはり、そうですか……少しだけ期待はしていたのですが……」


 唐津隊長は落胆する。

 この反応から読みとるに、浄水センター組はかなり切迫しているのだろう。


 俺は構わず質問を続けていく。


「ところで、正面の連中、子鬼ゴブリンは、攻めて来ないのか?」


 これは一番聞きたい情報。相手の状況が知りたいのだ。


「ええ。何日か前に突然、あの大軍で攻めてきたきりで、今は大人しいです。最初の防衛戦で少しだけ小競り合いはありました。でも今はあのように距離をとって、こちらを包囲しているだけです」


 なるほど、そういう事があったのか。

 つまり相手は最初から、ここを包囲することが目的だったのだろう。


「こちらからは討って出てないのか?」


「橋の上に、あのように廃車を置かれてしまった。だから我々も脱出に車両を使えないのです……」


「なるほど。唯一の出口を、逆に塞がれたのか」


 この五階の会議室の窓からは、正面がよく見える。


 唐津隊長が言っていたように、橋の上が数台の廃車で塞がれていた。

 人は通れるが、車両は難しい障害物だ。

 あれでは車両での脱出は難しいだろう。


 だが一つの大きな疑問がある状況だ。


「あの廃車を、どんな奴が運んだか、分かるか?」


「いえ……攻め込まれた翌朝、我々が起きたら、もう置かれていました」


「夜中に……何者か、がか」 


 人間より非力な子鬼ゴブリンは、数人がかりでも廃車は持ってこれらない。

 また連中はレッカー車などの機械道具も使えない。


 つまり“車両すら引きずる怪力の持ち主”が、深夜に逆バリケードを築いたのだ。


(やはりいるのか。大鬼オーガ・ゴブリンクラスの特別個体が)


 あのレベルの巨躯と怪力なら、普通車など簡単に持ち運べる。

 つまり相手には特別個体がいる可能性が高いのだ。


「かなり辛そうな状況だな、ここは?」


「はい、正直なところ、食料の備蓄が一番の問題です。近所に調達にいけないので……」


 浄水センター組も、近所の民家や商店から食料を調達してきたという。


 消防隊長にしては、かなり非倫理的な調達方法。

 だが今は背に腹は代えられぬ緊急状況。

 唐津隊長が指揮して、消防隊員で食料を調達してきたという。


「どうにか、この窮地を脱しないと……」


 だが包囲された今は食料が手に入らない。

 俺が予想通り、かなり緊迫した状況なのだ。


「食料不足か……ここは何人避難している?」


「全部で七十人ちょっとです。まず我々、消防隊員が二十名です」


 消防隊がここに多くいるのは、西地区の消防所が子鬼ゴブリンに占領されてしまったからだという。


 世界が崩壊して出場中の唐津隊が、臨時としてこの浄水センターに消防部隊ごと避難してきたのだ。


「あと浄水センターの職員と技術者が三十名。残り二十人が職員の家族と、近所からの避難民です」


 職員たちは仕事中に世界が崩壊。どこにも避難できず隠れ住んでいたという。

 唐津隊長が合流してからは、他の避難を合わせて協同生活をしてきたのだ。


「なるほど。仕事中に避難したのか。それで男が多い訳だ」


 ここに来るまですれ違った住民は、ほとんどが大人の男たち。

 若い女や子どもはあまり見ていない。


「避難所の治安状況はどうだ? 略奪や暴行、イジメ、レイプは起きてないのか?」


 消防隊員は震災時の状況にも詳しい。俺は人間の負の部分をストレートに聞いていく。


「前までは治安は守られていた……と、しか言ないです。今はあまり良くないです。何しろ包囲されてから、全員のストレス状況が厳しい……ウチの若い衆の中からも、不満が出るくらい、良くはないです」


 その状況は先ほどの玄関で、俺も察していた。

 詩織の身体を見る消防隊員の視線で、かなり性欲的なものだった。


 厳しい訓練を積んできた隊員でも、あの状況。つまり男性職員はもっと危険な状況なのだろう。


「あっ……ですがアイツは、リョウマは大丈夫です。あの男はバカみたいに真面目な奴なので、貴方のパートナーさんも安全です」


“パートナー”というオブラートに包んだ言葉を、唐津隊長は使ってきた。

 おそらく同伴してきた詩織のことを、俺の恋人だと勘違いしているのだろう。


「パートナーでも恋人でも何でもない。たまたま近所に住んでいて、利害が一致して、ここに来ただけ。佐々木リョウマの方が、アイツとは何倍も関係性が深い」


 詩織と従属的契約を結んでいることは、ここででは伏せておく。

 こういう話は軽々しくしていい話ではないのだ。


 そんな話をしていると、唐津隊長の雰囲気が少し変わる。


「ところで沖田くん、どう思いますか? 『我々はここから生きて逃げられる』と思いますか?」


 雰囲気だけなく、質問の内容もかなり突っ込んだものだった。


「どうして俺に聞く? 会ったばかりの赤の他人で、しかも素人だぞ?」


「それは私の直感です。あと半分は“読み”もあります」


「“読み”だと?」


「ええ。普通の素人は、あの小川を渡ってこられない。しかも、あんな素人の女の子を連れてね? どうですか、私の勘は当たっていますか?」


 唐津隊長は鋭い視線を向けてくる。

 おそらく冷静沈着で頭の回転も速い男なのだろう。

 丁寧な口調だが、指摘と同じく目つきも鋭くなっていた。


「趣味でサバイバル活動をしていた。あとは、この崩壊した世界で、“場数を踏んでいる”だけさ」


 だから俺は半分だけ正直に答える。もちろん付与魔術のことは隠したままだ。


「なるほど、場数……ですか。その場数を踏んだ、キミの意見を聞きたい。我々はここから生きて逃げられるかな?」


「随分と他人事のように聞くんだな? 自分たちのことだろう?」


「これは失礼しました。実はこの何週間の体験で、私の感覚も少し麻痺しています。こうして客観的に話さないと、また人が死ぬことには耐えられないのですよ、私も……」


 唐津隊長は冷静沈着に見えて、かなり精神的にダメージを負っていた。


 おそらく浄水センター組のリーダーとして、多くの責務と重荷を背負ってきた。

 子鬼ゴブリンよって多くの仲間や住民を、目の前で殺されてきたのだろう。


(なるほど。この男も崩壊した世界で、“強くなろうとしている者”だな)


 俺はカマをかけられたが、この種の男は嫌いではない。


 だから俺も質問に答えることにした。


「“ここから逃げることだけ”なら、十分に可能だ」


 裏には子鬼ゴブリンの監視は少ない。

 ロープで作る橋を作ったら、人間だけなら脱出も可能なのだ。


「“ここから逃げることだけ”、ですか」


「ああ。逃げても、すぐに追いつかられてしまう可能性が高い。特に非力な女と子ども、職員たちは、逃げ切れないだろう」


 子鬼ゴブリンも馬鹿ではない。

 数十人も一気に脱出したら気がつき、執拗に追撃してくるだろう。


 避難民は食糧難で、体力が落ちている。

 後ろから追撃されてしまったら、一貫の終わりなのだ。


「あと、近隣の民家に避難できたとしても、その後の望みは少ない。遠くない日に餓死か衰弱死するだろう」


 ロープの橋では大きな荷物は持っては渡れない。

 そのため生活物資を持ちだせない避難民は、すぐに危機に陥ってしまうのだ。


「やはり、そうですか。だから我々もここから、ずっと離れられなかったのですよ……」


「それは悪くない判断だった。サバイバル活動では拠点確保は、最も重要だからな」


 大人数が中期的に安全に暮らせるのは、彼らの場合はこの浄水センターがベストだった。


 もしも他の民家やアパートに避難していたら、早い時点で水や食料不足に陥っていただろう。

 もしくは子鬼ゴブリンの襲撃を受けて、全滅していた可能性もあるのだ。

 唐津隊長の判断は悪くなない。


「他の避難所を見てきた沖田くんに、そう言ってもらえると私も嬉しい。だが、それを踏まえて他に“生き延びるプラン”は、思いつかないですか?」


 これまで問答で唐津隊長は、俺にある程度の信頼を置いてくれたのだろう。

 今までとは違うスタンスで質問をしてくる。


「“生き延びるプラン”か。まず一つ目は、前にいる子鬼ゴブリンを全滅させることだ」


 これはシンプルな解決方法。

 連中を排除できたら、また食料の調達に行けるのだ。


 だがこちらの戦力しだいでは、難易度も上下する。

 俺はそれに関して質問をする。


「ちなみに戦闘経験者、子鬼ゴブリン駆除の経験者は、ここに何人いる?」


 ホームセンター組のように五十人以上いたら、戦い方しだいでは勝利できるかもしれない。


「我々、消防隊員が二十名だけです」


 予想以上に少ない人数だった。

 そして男性職員が一人も含まれていないことが不思議だ。


「他の連中は、今までどうしていた?」


 こうして浄水センター組の特殊な事情を聞くことにした。

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