第55話:検問

 浄水センターの敷地内への潜入に成功。

 避難民がいる管理棟に、俺たちは向かっていく。


「かなり広いですね、ここは……」


「ああ、そうだな。全市民の水を作っているからな」


 この浄化センターは上水道の浄化プールや、ろ過装置など大規模な装置がある施設。

 一日量で約3,000万リットルの水道水を作っていた大規模施設。

 俗に言う東京ドーム何個分という広大さだ。


「そうなんですね。でも今は稼働していないんですよね? 水道水、うちも止まったし……」


 詩織の前の話によると、子鬼ゴブリンが出没直後も、三日ほどは水道水が出ていた。

 だが、いきなりプツリと水道は止まったのだ。


「ここの運用には大量の電力が必要だ。非常用発電機をつかっても、数日が限度だろうな」


 大震災の後、こうしたライフラインには大型の発電機が設置されていた。

 だが燃料の関係上、二日程度が稼働の限界日数。


 完全に停電したこの街は、水道水が出ない死の街と化してしまったのだ。


「水道、また出るようになるといいですよね……美鈴先生の病院みたいに……」


 降魔医院のように井戸水が完備している拠点は、市内でもほとんど無い。


 餓死寸前を経験している詩織は、水の大切さを実感していた。

 だから心から水道水の復旧を願っているのだ。


(市内の水道水の復活か……“上手くやれば”何とかなるかもな)


 ここだけの話、市内の水道水の復活は俺も狙っていた。


 何しろ水道水が復活すると、安全な拠点が一気に増加。俺も長期的な拠点に利用可能なのだ。


(それに水道の復活は、あのホームセンター組にも恩恵があるしな……)


 ホームセンターにも井戸水はある。

 しかし倉庫のような店内での共同生活は、あれ以上は人数を拡大できない。


(水道があれば、一気に勢力を拡大していけるな……)


 だが水道水を復活できたら、近隣のビジネスホテルや低層マンション、アパートが彼らの住居として利用できる。


 ホームセンターを中央の基地として、どんどん避難民を受けいれていき、戦力を拡大していけるのだ。


(アイツが規模を拡大できたら、俺にも恩恵が大きいからな)


 ホームセンター組は色んな職人たちの集合体。

 特殊な武器での戦闘を主体とする俺にとって、今後も利用価値が多いコミュニティ。

 できれば彼らの勢力を拡大させたい。


(だが、そのためには水道水を……このセンターを何とかしないとな)


 今、浄水センターは完全に包囲された状態。アリ一匹逃げ出せない危機にあるのだ。


 この現状を打破しなかれば、水道の復活は不可能だった。


「あっ……沖田さん、あそこに……」


「入り口と見張りだな」


 浄水センターの管理棟に到着する。

 簡易型のバリケードの後ろに、手製の武器を持った人間がいた。


 俺たちはあえて見つかるように向かっていく。


 ――――ピィ!


 そんな時、笛の音が響き渡る。

 見張りが俺たちを発見して、警鐘を鳴らしたのだ。


「ど、どうしましょう、沖田さん⁉」


 まさか警鐘を鳴らされると思っていなかった詩織は、かなり焦っていた。

 サバイバル活動の基本に従って、身を隠す準備をしている。


「このままいくぞ。隠れたら逆に警戒される」


 だが見つかるのは俺の想定内。わざと人間だと分かるように移動してきたのだ。


「そ、そうだったんですか……」


「あと、お前がいてくれるから、すぐに警戒は解いてくれるはずだ」


「えっ……私ですか?」


 まさかの指摘に詩織は首を傾げる。


「そんなメイドの格好をした悪人は普通いない。ここにいる連中もひと目で理解する」


「そ、そうですね……そう言われてみれば、メイド服も便利かもしれませんね?」


「だが挑発的すぎる格好だ。中に入ったら、この俺の上着を着ておけ」


 変態な女医の美鈴の用意するメイド服は、ひと言で説明するなら“エロメイド服”


 ニーハイをはいているが、スカートは短い。

 そのため詩織の白い太ももの“絶対領域”も見えているのだ。


 あと胸元もコルセットで、寄せて大きく上げてられていた。

 詩織のCカップで真っ白な谷間が、すぐに見えてしまうのだ。


「そ、そうでしたね……降魔医院は非日常だったので、忘れていました」


 降魔医院には同じようなメイド服の涼子がいた。

 あと、更にミニスカートな白衣で、刺激的な美鈴もいた。


 だから詩織も自分がエロすぎる格好だったことを、すっかり忘れていたのだ。


 そんな事を話ながら正面玄関前、バリケードの外側で待機しておく。

 目的は相手からのコンタクトを待つことだ。


「ん、来たな」


 しばらくして建物の中から、数人の男たちが出てきた。

 手斧や槍で、全員が武装している。


(こいつらは……消防隊員か)


 着ている消防服と体格の良さで、相手の職を読みとる。


「貴方たちは、何者ですか? 見たことない顔ですが、どこから入ってきましたか?」


 相手のリーダーらしき男が訊ねてきた。

 50代くらいの壮年の口ひげの男。

 雰囲気的に消防局の上の地位にいる者だろう。


「俺たちは東地区の住宅街から来た。ここには裏の小川を越えてきた」


 ここで嘘を言っても、後で問題になる可能性もある。

 俺は正直に答える。


「……東地区の住宅街から、こんな遠い場所まで、だと⁉」

「……あの小川を、どうやって渡ってきたんだ⁉」


 だがリーダー格の周りの男たちは、俺の話を信じてくれない。


 その疑問も仕方がない。

 俺たちは“少し離れ技”を、強化ジムニーでここまで移動してきた。疑われて仕方がない。


 そんな時、隣の詩織が一歩前に出る。


「みなさん、すみません! ここに佐々木リョウマという消防隊員はいませんか⁉ 私は従姉妹の佐々木詩織といいます! リョウマお兄ちゃんに伝えてください!」


 こう着状態に焦った彼女は、感情的に叫ぶ。自分の従兄妹に会いたいと使える。


「……リョウマの従姉妹だと⁉」

「……そう言われてみれば、目元が似ているような?」

「……おい、誰かアイツを呼んでこい!」


 だが詩織のお蔭で状況は動く。相手も確認をしてくれるのだ。


 しばらくして、建物奥から青年がやってくる


「おい、詩織⁉ どこにいる⁉」


 やって来たのは、ひときわ大柄の男。俺と同じ位の年代だ。


「リョウマお兄ちゃん!」


 詩織の反応から、コイツが従兄弟の佐々木リョウマなのだろう。たしかに目元は少しだけ似ている。


「唐津隊長、間違いなく、自分の従兄弟の詩織です! 入れてやってください!」


「そうか……うむ。入りたまえ、キミたち」


 正面玄関のバリケードが開く。

 メイド服姿の詩織が駆け出していく。


「リョウマお兄ちゃん!」


 そのままリョウマに抱きついていく。

 久しぶりの従兄弟との再会。

 数少ない血縁者と会えて、詩織も本当に嬉しいのだろう。


「詩織、今までどこにいた⁉ 叔父さんたちは⁉ アズサちゃんは⁉ どうして、そんな格好をしているんだ⁉」


 二人がハグするのを見て、関係性が分かる。

 これは恋愛感情ではなく、肉親に対する愛情表現に似たハグだ。


(年の離れた兄的な存在……か。たしかに、コイツは大丈夫そうだな)


 詩織を見るリョウマの顔には、真面目な感情しかない。

 本当に妹的にしか見てないのだろう。


(だが、他の連中は……)


 他の何人かの男たちは、詩織をチラチラ見ている。

 明らかに短いスカートと官能的な格好の彼女を、メスとして見ているのだ。


(倫理教育をされてタフなはずの消防隊員が、ここまで追い詰められているのか)


 だが俺は彼らを軽蔑はしない。

 おそらく浄水センターは今まで、かなり厳しい避難生活をしてきたのだろう。


 食料が少なく生活物資もギリギリ。

 だからタフなはずの消防隊員が、ここまでギラついているのだ。


(ホームセンター組とは、だいぶ差があるな)


 ホームセンター組は真美のことを、性的な目で見てきた男衆は誰もいなかった。


 つまりここには独身男性が多い。

 あと、マリアのような癒し担当者もいないのだろう。


 だから性欲とストレスを吐き出せず、ギラついた目をしている青年が多いのだ。


 そんな時、壮年の消防隊員、唐津隊長が俺に近づいてくる。


「ウチのリョウマの従兄妹を、ここまで連れてきてくれて感謝します。えーと……」


「沖田レンジだ。元はサラリーマンをしていた」


「沖田くんですか。感謝します。私は元西地区の消防隊の隊長をしていた、唐津といいます」


「たまたま立ち寄っただけだ。気にするな」


 立ち寄ったのは本当のこと。

 まぁ、小川を飛び越えたのは、詩織の暴走の原因でもあるが。


「彼女はリョウマに付いていくみたいですが、キミはどうしますか?」


 詩織は佐々木リョウマと管理棟の中に入っていく。

 おそらく積もる話を、中でゆっくりとするつもりなのだろう。


「少しだけ世話になろう。少しだけ疲れているからな。あと自分の食料と水は、自前のがある」


 これは嘘の方便だ。

 本当は疲れてはない。

 浄水センターがどういう稼働状況になっているか、俺は情報を仕入れたいのだ。


「それなら歓迎します。あと、すみませんが……」

「ああ。この剣鉈けんなたは預けておく」


 前回と同じく見知らぬ男が刃物を持って、避難所をウロウロされるのはマズイ。

 俺は先に鞘ごと剣鉈を渡しておく。


「配慮、感謝します。それでは中に案内しよう。ようこそ、浄水センター避難所へ」


 こうして浄水センターの管理棟の中に潜入することに成功するのであった。

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