第39話:対人戦闘

 佐々木邸を出発した俺は、強化ジムニーで強引に移動。


 駐車場に車を乗り捨て、そのままドラッグストアの中に突入してきた。


「沖田さん……どうして……ここに……」


 暴徒に襲われていた少女。

 詩織は泣きそうな顔で、まるで幻でも見ているかのように、俺の顔を見つめてきた。


「どうしてだと? お前を連れ戻しに、決まっているだろう」


 だから俺は答える。

 目的はお前を連れていくことだと伝えた。

 更に言葉を続けていく。


「妹は……無事か。だが、この症状だと、早く病院に連れていった方がいいぞ」


 ベビーカーの中にいた妹アズサの様子を確認する。

 まだ意識はあるが、かなり危険な状況。一刻も猶予を許さない様態だ。


「そ、それは分かっていますが、沖田さん、この状況だと……」


 そんな時、詩織の言葉を遮る者がいた。


「おいおい! 兄ちゃん⁉ 何様のつもり、テメェ⁉」


 詩織を襲おうよしていた茶髪の男だ。

 ナイフを手に、俺に詰め寄ってくる。


 なるほど。雰囲気的にこいつが、このコミュニティーのボスだろう。


 だから俺は交渉していく。


「この女は俺の知人だ。だから連れていく」


「はぁ⁉ てめぇ、この状況を分かっているの⁉ おい、やれ!」



 俺が挑発したと勘違いしたのだろう。


 怒りを露わにして、ボスは仲間に合図をだす。


 ドラッグストアの中にいた男たちが、一斉に動き出す。


「「「へっへっへ……」」」


 下品な笑い声を立てて、俺を包囲してくる奴は全部で十五人。

 全員が鉄パイプやナイフ、スタンガンで武装している。


「なるほど。喧嘩なれしているゴロツキの集団か。ドラッグストアを占拠しているのか」


 ふと、店の奥を見ると、泣き崩れている三人の半裸の女がいた。

 俺は全ての状況を把握する。


「あと、欲望のままに生きるスタンスか、お前らは」


 あの誰もが笑顔で生活していたホームセンター組とは、ここは真逆なグループだった。


「はぁ? 何言っているの、コイツ?」

「あの化け物を何匹も、俺たちは殴り殺してきた猛者なんだぜ?」

「そうそう。頭叩き割っちゃうよ?」

「おいおい、あんまりビビらせるなよ。漏らしまうぞ?」


 武装した喧嘩集団は、子鬼ゴブリンにも勝てる。

 そのため世界が崩壊後は、コイツらは今まで負けたことがないのだろう。


 誰もが余裕の笑みを浮かべている。


「ふう……ここは少しうるさいな。外で話をするぞ、詩織。いくぞ」


 だが暴漢魔たちを無視する。

 倒れている詩織に近づいていく。


「ちっ……ウぜぇな、コイツ? おい、やれ」


 怒りが沸点に達した、ボスが号令を下す。


 直後、三人の荒くれ者が、俺に襲いかかってくる。


「死ね、ボケがぁあ!」

「おらぁああ!」

「けぇえ!」


 三人は全方向からの武器攻撃。

 喧嘩なれした、なかなかの連携攻撃だ。


「「「――――っ、ぐへっ⁉」」」


 だが俺の直前で、三人とも倒れ込む。


 身体をくの字にして、口から汚物を吐いて昏倒したのだ。


「「「なっ――――⁉」」」


 暴漢魔たちは唖然とする。

 何かが起きたか、理解できていないのだ。


 ふう……仕方がないから説明してやるか。


「安心しろ。殺してはいない。二、三日は動けないがな」


 腹部に打撃を当てて、俺は三人を無効化したのだ。


 身体能力を強化した素早い動きなので、暴漢魔たちには見えなかったのだろう。


「なっ⁉ な、何を言ってやがるだ、コイツ⁉ おい、殺せ! 絶対に生かして返すな!」


「「「うわぁああ!」」」


 焦ったボスの号令で、暴漢魔たちが一斉に動き出す。

 雄たけびを上げながら、武器で突撃してくる。


「はぁ……穏便に済ませたかったが……」


 付与の強化は尋常ではない。

 人間に相手に、あまり本気は出したくないのだ。


「ふう、仕方がない。手足の一本ずつでも折って、大人しくなってもらうか……はっ!」


 身体能力の強化を抑えつつ、暴漢魔を迎撃していく。


 今度、狙うは相手の、足と手の骨の部分。


 ――――ボギッ!


 ――――ボギッ!


 ――――ボギッ!


 ――――ボギッ!


 打撃と関節技を駆使して、連続で骨を折っていく。


 ここだけの話は、実戦的な格闘技は苦手ではない。


 年の離れた兄、現役自衛官の兄との喧嘩スパーリングで、俺は少しだけ格闘技を身につけていたのだ。


「……さて、こんなものか?」


 数分後、十人以上を戦闘不能していた。


「ひっ……ひっ……ば、化け物だ……」


 残っているのはボスらしき茶髪の男だけ。


 だが恐怖のあまり腰を抜かし、這いつくばって逃げようとしている。


 この分なら放っておいても、もう害はないだろう。


「おい、詩織、立てるか? とりあえずこれでも着ておけ」


 今の詩織は衣服が破られ、半裸状態。

 その辺に落ちていた大きめの上着を、投げ渡す。


 男物で丈が長いので、下半身も隠れるから丁度いいだろう。


「はい、ありがとうございます……あっ!……アズちゃん⁉」


 窮地を脱出して冷静になった詩織は、ベビーカーに駆け寄る。


「よかった……無事で……」


 今の戦闘で何も被害を受けていないことに、ひと安心していた。


「さて……お前たちも、逃げた方がいいぞ」


 奥で怯えていた女三人にも、声をかけにいく。

 詩織と同じように、男の物の上着を渡してやる。


「た、助けてくれて、ありがとうございます……」

「本当に助かりました……」

「マジで助かりました……」


 三人はまだ目の光が強かった。


 彼女たちも崩壊後の世界を生き抜いてきた者たち。

 精神的にも強くなっていたのだろう。


 だが女たちは予想外の提案をしてくる。


「すみません……あの男、ボコって、いいですか?」

「アイツだけは、どうして許せなくて!」

「殺さないんで、ボコらせてください!」


 三人とも鉄パイプを拾っていた。

 腰を抜かして出口に逃げようとしているボスを、燃えるような目つきで睨んでいる。


 乱暴された復讐を、アイツにしたいのだろう。


「ああ、勝手にしろ。殺さない程度にお礼しておけ。俺は駐車場にいる」


「「「ありがとうございます!」」」


 三人は鉄パイプを振り上げながら、ボスの所に駆けていく。


 直後、悲鳴が響きわたる。


「――――ひぃい⁉ た、助けてぇえ……」


 哀れなボスは三人の女に、リンチにあっていく。

 睾丸を潰され、顔が分からなくなるまで鉄パイプを味わうのであった。


 ◇


「さて、詩織。店の外にいくぞ」


「はい……」


 そんな中、ベビーカーを心配そうに見つめる詩織に、声をかける。

 この中にいても衛生的に良くない。

 ドラッグストアの駐車場に出ていく。


「沖田さん……助けてくれて、ありがとうございます……」


 明るい駐車場に出たところで、詩織は感謝の言葉を述べてきた。

 下を向いて、何か複雑な感情を抱えた言葉だ。


 おそらく毛嫌いする俺に、どうやって礼を言えばいいか迷っているのだろう。


「恩とか礼とか、気にするな。お前とは再会する約束をしていた関係……取引相で、これも顧客サービスだと思えっておけ」


「分かりました。でも、お礼はちゃんと言いましたから、私は」


 少しけ落ち着いたのだろう。詩織は前と同じ辛辣な言い方をしてくる。


「お前も怒りが発散できないなら、今から鉄パイプでヤツを殴ってきてもいいぞ?」


「わ、私はそんな野蛮なことはしませんから……」


「この包丁はお前のだろう? よく言うな」


「――――っ⁉ ほ、本当に沖田さんはデリカシーがない人ですね。ちょっとでも良い人だと、と思った私が愚かでした」


 俺を睨んでくる詩織は、前と同じ強い顔つき。

 これなら襲われた精神的な後遺症も、残りにくいだろう。


 そんな話をしている、あの三人の女が店内から出てくる。


「沖田さん、こっちは、終わりました!」

「マジでスッキリしたです!」

「殺さない程度に、ボコってきました!」


 ボスを含む暴漢魔たちに復讐して、三人ともかなりスッキリした顔をしている。

 予想以上にタフな女三人衆だ。


「お前らは、どうして、ここにいた?」


「実は今まで三人で隠れて、生き延びてきたんですけど……」

「食料と水が無くなって……」

「それでここに来たら、アイツ等に捕まって……」


 なるほど、そういうことか。

 女三人での避難生活も行き詰まって、仕方がなくドラッグストアに飛び込んきた。

 そこで暴徒に捕まって乱暴されたのだろう。


「お前ら、車の運転はできるか?」


 今度のために少しだけアドバイスすることにした。


「えっ、はい? 一応は」


「それなら東のバイパス沿い、ホームセンターがあるのは分かるか? そこに百人くらいの自警団組織がいる」


 教えたのは高木社長のホームセンター組の存在。

 昼間の今なら、ここからでも車で安全に移動できる距離だ。


「えっ⁉ そんなに大人数の自警団組織があるんですか?」

「でも……そんない大きいと……」

「また……」


 三人とも警戒していた

 何しろ先ほど大勢の男たちに乱暴された、辛い経験があるからだ。


「そこは治安が良く、女は乱暴されない安全なグループだ。もちろん働く必要はあるが、お前らのようなヤツを歓迎してくれはずだ」


 三人にホームセンター組を正式に紹介。

 あそこなら避難民は歓迎して受け入れてくれる。


 それにこの三人はメンタルが強く、行動力もある。

 おそらく女将あたりに気に入られるはずだ。


「そんな夢のような場所が、あるんですか⁉ 行きます!」

「あたしも行きます、沖田さん!」

「うちもいく!」


 話を聞いて三人とも目を輝かせる。

 辛い生活からの脱却ができるかもしれない。希望の光を見つけたのだろう。


「それじゃ、手土産も持っていった方がいいな」


 俺はドラッグストア内に一旦移動。

 内部にあった物資を、駐車場の大きめのミニバンに詰め込んでいく。


 これらは暴徒が所有していた、食料や缶詰、日用品、医療品だ。

 ホームセンター組はいくらあっても足りない必需品。いい土産になるだろう。


 あと俺も【収納袋】で薬と生活用品を貰っておく。

 特に医薬品はどこに行っても重宝されるのだ。


「最後に、俺からも紹介状を書いておく。見せたらスムーズになるはずだ」


 紹介状といっても、俺のサインと事情を書いた簡単なもの。

 あとは三人が誠心誠意で、高木社長と話すしかない。


「沖田さん、今回は本当にありがとうございました!」

「また会えたら、嬉しいです、沖田さん!」

「沖田さん、またねー!」


 三人組は車で元気に立ち去っていく。


 道中は子鬼ゴブリンの危険もあるが、今は時間的に安全な道中。

 かなりの高い確率で、ホームセンターにたどり着けるだろう。


「さて、詩織……ん?」


 全てが終わり、視線を向ける。


「――――っ⁉ アズちゃん、大丈夫⁉ アズちゃん⁉」


 どうやら妹の容態が急変したのだろう。

 詩織は真っ青な顔で呼びかけている。


「ど、どうすれば………⁉」


 また詩織は動揺していた。

 医学的な知識がないため、何を優先するべきか分からないのだ。


「落ち着け。その症状だと、ここの薬でも難しいな。医者の処置が必要だ」


「お医者さんの処置が⁉ でも、どこの病院にいけば……」


 崩壊した世界では、病院が機能している可能性は低い。


 そんな中に一軒ずつ探し回っている間、アズサの命が危険になるのだ。


「沖田さん……お願いがあります。いえ、依頼があります」


 真っ青になっていた詩織の表情が、急に変わる。


 これは……“何か強い覚悟”を決めた顔だ。


「依頼だと?」


「私たちを病院のまで連れていってください。お医者さんがいる病院に……お願いします、沖田さん!」


 詩織は深々と頭を下げてきた。


 先日は餓死寸前でも、ここまで頭を下げなかったプライドが高い詩織。


 だが今は迷うことなく、軽蔑する俺に頭を下げてきたのだ。


「病院か……一軒だけ心当たりがある。たぶん医者もいる。だがヤツは厄介な医者だから、本当は行きたくはない」


「お願いします、沖田さん! お礼は……いえ、対価は何でも払います! 今は無理ですが……“種の保存”……大人になったら、対価を払います!」


 詩織は覚悟を決めていた。

 自分の将来の身体の全てを捧げ、対価を払おうとしていたのだ。


「……とりあえず、妹と俺の車に乗れ」


「は、はい! 分かりました!」


 詩織の顔が一気に明るくなる。

 ベビーカーから妹降ろし、俺のジムニーに車に乗せていく。


(アイツのいる病院……あまりに乗り気じゃないが、行くしかないな)


 こうして俺はため息をつきながら、知り合いの経営する病院へと車を走らせるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る