第40話:病院へ

 危険な状態のアズサを救うため、俺たちは車で移動。

 ドラッグストアから離れた橋を渡り、この市の西地区に入っていく。


 しばらく進むと目的地に到着する。


「ここが病院だ」


 到着したのは目的の病院前。

 アズサを抱きかかえた詩織とともに、玄関前に移動していく。


「……本当に病院なんですか?」


 詩織が不思議そうな顔をするのも無理ない。

 何故なら目の前の五階建ての建物は、誰がどう見ても病院の外観でないからだ。


「ここ……なんか、怖いです……」


 外装は真っ黒で重い雰囲気で、建物には採光のための窓も見当たらない。


 更に入り口は頑丈な金属の扉で、どう患者見ても拒むオーラを発しているのだ。


「ここに書いてあるように降魔ごうま医院、個人病院だ。経営者は少し変わっているがな。さて、入るぞ」


 ――――ピン、ポーン♪


 金属扉の横のインターフォンを鳴らしてみる。

 インターフォンが稼働しているということは、多少の電気がある。太陽光発電システムや自家発電が起動しているのだ。


「……現在、こちらの医院は、誰も受け付けておりません。お引き取りください」


 インターフォンから男の声が聞こえてきた。

 だが、こちらの要件を聞くこともなく、一方的に拒絶してきた。


「もしも二分以内に退去しない場合、当方は武力で排除します」


 男は丁寧な口調だが、声にかなりの圧力があった。

 インターフォン越しでも、普通の者なら恐怖を感じてしまう威圧感だ。


 だが俺は怯まない。


「その声はピョードルか? 俺は沖田レンジだ。頼みたいことがあってきた」


 何故なら声の男は顔見知りの相手。俺は名乗り出て、こちらに敵意がないことを伝える。


「――――っ⁉ レ、レンジさん、ですよ⁉ ……本物のようですね。分かりました、今すぐ、そこを開けます」


 監視カメラで確認したのだろう。相手の反応が激変する。


 ――――ガッ、ガッ、ガッ……


 しばらくして重い金属の扉が、ゆっくりと開く。


 薄暗い玄関の奥にいたのは声の主。

 短髪で巨漢の男、外国の軍服を着た強面の外国人だ。


「――――っ⁉ ひっ……」


 詩織は小さな悲鳴をあげながら、妹を抱きかかえる。


 あまりにも軍服の男が強面すぎて、反射的に怯えてしまったのだろう。


「そんなに警戒しなくても大丈夫だ。コイツはここの事務員でピョードル=イワノフだ」


「えっ……病院の事務員……?」


 詩織が驚くのも無理はない。

 ピョードルは格闘家のように筋肉隆々で、顔も鬼のように怖い。

 普通はこんな事務員はどこにもいないのだ。


 そんな詩織に構わず、ピョートルは駆け寄ってくる。


「レンジさん、お久しぶりです! 今までよくぞご無事で……いえ、“あのレンジさん”なら、必ず元気にしていると思っていたましたが」


 ピョートルに会うのは約一年ぶり。

 懐かしそうに、敬意の表情で、俺との再会を心から喜んでいる。


「挨拶は後でゆっくりしよう。それよりも急患だ。そこの八歳児を治療して欲しい。たぶんアイツの処置が必要になるが、対応は可能か?」


「はい。“お嬢様”も起きているので、すぐに対応可能です。そちらのストレッチャーに乗せてください」


 ピョードルの指示に従い、詩織は妹を移動用にベッドに乗せる。

 彼にこれまでの体調の変化を伝えていく。


「わかりました。では、少しお待ち下さい」


 そう言い残してピョードルは、アズサを治療室に搬送していく。


 玄関が締まり薄暗い病院ロビー。残されたのは俺と詩織の二人になる。

 ここから先は医療のプロに任せた方が確実だろう。


「アズちゃん……大丈夫かな……」


 怪しげな事務員に大事な妹を託し、詩織はかなり不安な表情。


「ここの経営者は変人だが、医者としての腕は確実。あと、ここは災害用の対応も完璧だから、安心しろ」


「はい、信じてみます。でも、沖田さん……ここはどういう病院なんですか? 普通じゃないように見えますが?」


 病院内を見回しながら、詩織が不思議そうな顔になるのも無理はない。


 何故なら世界が崩壊しライフラインが壊滅して、人々の暮らしが激変した。


「ここ……電気が通っているし……掃除もちゃんとされているし、なんか、普通すぎますよね……?」


 だが病院内は何事もなかったように、通常とおり。

 たしかに薄暗いが、それ以外は通常業務のよう。

 まるで時間が止まったかのように、医院内は整然としていたのだ。


「ここのシェルター式病院、だから災害に極端に強いのさ」


「シェルター式病院……ですか?」


「ああ。この建物自体が災害や戦争、長期間のサバイバルに対応している」


 俺は病院内を散歩しながら、ついてくる詩織に説明していく。


 この降魔ごうま医院は太陽光発電システムや自家発電、井戸水ろ過システム、下水循環システムなどの、多くのライフラインが完備してあると。


 また食料や生活物資、燃料も大量に貯蓄してあり、かなりの人数が長期間で暮らしていける場所だと、説明していく。


「そ、そんな凄い……」


 避難生活をしてきた詩織は、ライフラインの重要性を体感していた。

 まるでここが楽園のように見えるだろう。


「あと、地下にも五階相当の核シェルターも完備している。光と水だけの水耕栽培システムも稼働しているはずだ」


 降魔医院の建設費の数十億はくだらないだろう。

 個人で所有している、国内でも最大規模の対災害用の建物なのだ。


「ち、地下シェルターも、って……本当に病院なんですか、ここは?」


「ああ、ちゃんとした病院だ。だが一族は変人だから、趣味で作ったんだろうな」


 降魔家はこの街では代々の地主で、桁違いの資産家。

 代々の変人な当主が有り余る財力で、ここをシェルター式病院として建設したのだ。


 一般市民は知らない内容だから、詩織でなくても驚く内容だ。


 そんな話をしながら病院内を散策していく。


「……ん? 治療が終わったようだな」


 女性に押されて、ストレッチャーが戻ってくる。

 乗っているアズサの顔色と呼吸は、かなり安定していた。医師の治療が上手くいったのだ。


「アズちゃん⁉」


 詩織は妹に声を上げて、駆け寄っていく。


「よ、良かった……」


 すやすやと眠る妹の顔を見て、安堵の声をもらす。本当にほっとしたのだろう。


「沖田さま、ご無沙汰しております」


 ストレッチャーを運んできた女が、俺に丁寧に声をかけてくる。


「涼子もいたのか」


「はい。お嬢様にお仕えするのは、我ら夫婦の責務で喜びでございます」


 彼女はこの医院の看護師の涼子=イワノフ。

 ピョードルの妻であり、俺の顔見知りスタッフだ。


「……相変わらず、メイド服を着せられているのか?」


 涼子は可愛らしいメイド服を着ている。もちろん彼女の趣味ではない。


「これは当院の制服であり、お嬢さまの御趣味でございます。ご配慮くださいませ」


 メイドの服はミニスカートで、足は白いニーハイのタイプ。絶対領域からは肌は見えていた。


 あとコルセットで胸が大きく強調されるデザインで、かなりエロス度が高い。


「こんな世界になっても、アイツはブレないな」


 はっきり言って看護師の服装ではないのだ。


 それを強要する今の経営者は、間違いなく変人の部類。

 自分の部下にエロいメイド服や、いかつい軍服を強要する人物。


 だが何故かカリスマ性も高いため、部下は誰も逆らわないのだ。


「それではこちらの患者さまは、病室で数日間お預かりとなります。それでよろしいでしょうか?」


「ああ、頼む」


 アズサは治療を受けているが、まだ安心はできない。

 降魔医院の病室にしばらく預かってもらうことにした。


「ご家族の方は……」


「はい。姉の詩織です」


 唯一の肉親である詩織が、今後について説明を受けていく。


「それでは詩織さま。付き添いの話もあるので病室まで、ご同行お願いいたします」


「はい。お世話になります!」


 メイド服な看護師の涼子に案内されて、詩織は病室へ移動していく。


「ふう……ようやく落ちつたか。あれなら大丈夫だろうな」


 誰もいなくなった廊下で、一息つく。

 パッと見た感じ、妹アズサの容態は良くなっていた。

 何日かここで安静にしていたら、元気に動き回れるだろう。


 そんなことを考えながら、一息ついていた時。


「……ん? やはり、来たか」


 そんな俺に近づいてくる人影あった。


 もうすぐ来るだろうと、俺が予想していた人物だ。


「おや、そこにいるのは我が同志、沖田レンジではないかね?」


 やってきたのは眼鏡をかけたロングヘアーの、二十代半ばの美しい女医。


 だが白衣の下は胸の谷間が見える開襟シャツで、スカートも極端に短いミニ。

 足には網タイツと官能的なガーターベルトをつけている。


 誰がどう見ても、普通の女医ではない。


「お前の同志ではないが、今回の件は感謝しているぞ、降魔先生」


 だがこの女は間違いなく女医。

 降魔医院の経営者であり、アズサを治療した腕の立つ女医なのだ。


「“降魔先生”だと? そんな他人行儀な呼び方は、止めたまえ? 大学時代のように“美鈴みれい”と冷徹に呼んでくれ。我が元恋人よ?!」


 そして学生時代に少しだけ付き合った仲でもある。


「こんな世界になったのだ。昔話をしている場合ではない」


「ああ、そうだね。ところであの化け物……私は子鬼ゴブリンと呼称しているのだが、あの生物の解剖について、実はキミに相談があるのだよ! アレの価値を、アレの内臓と鳴き声の素晴らしさは、キミなら分かってくれるだろう、我が同志よ⁉」


 そして美鈴はマッドサイエンティストでもある。


 こうして危険な女医で元彼女でもある美鈴と、俺は二人きりになるのであった。

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