第65話:浄水センターのキーマン

 浄水センターの管理棟の隣にある、機械室にやってきた。

 俺は機械室の中に一人で入っていく。


 ……グィイイ――――ン


 室内に機械の駆動音が、静かに響いていた。

 太陽光発電システムの電力で、僅かに機械が稼働しているのだろう。


 そんな機械室の奥で、目的の人物を発見する。


「水田は……アイツか」


 たった一人で機械を整備している者がいた。

 作業着と帽子の小柄な男だ。


 背中を向けて顔は見えないが状況的に、こいつが浄水センターの主任の水田なのだろう。

 俺は近づいて声をかける。


「お前が水田か?」


「…………そうだけど。あんた誰? 邪魔しないでくれる」


 水田という男は返事をしてきた。

 だが顔はこちらを、まったく見向きもしてこない。


(こいつ……なるほどな)


 作業に熱中しているというよりは、他人に対して興味がない反応だ。


 だが俺は構わずに会話を続けていく。


「俺は沖田レンジ。昨日からここで世話になっている者だ。お前がここの設備に一番詳しいと、他の職員から聞いてきた」


「……へぇー、あっ、そ。でも俺からは、アンタに話こと事は何もない。邪魔だから、さっさと出ていってくれない」


 水田は噂以上に偏屈な男だった。

 あまり他人に対して心を開かないタイプの人間なのだろう。


 こっちに対してまったく顔すら見せてこない。


 だが俺も他人と慣れあうのは好きではない。

 気にせずに更に近づいていく。


「……ほう。この工具は?」


 水田の工具箱を見て、思わず感嘆の声を漏らしてしまう。

 何故なら全ての工具が、ピカピカに磨かれていたのだ。


(コイツは職人タイプか)


 俺も自分の道具は何よりも大事にするタイプ。

 だから水田の気持ちが分かる。この男は自分の仕事に誇りを持っている者なのだ。


「…………アンタ、まだいたの? はっきり言って邪魔なんだけどさー?」


 俺が後ろに立っても、水田は背中を向けて作業したまま。

 あくまで頑固に、顔はこっちに向けないつもりなのだろう。


 だが構わず俺は話をしていく。


「ここの設備を、浄水センターの全機能を再起動させたい。お前なら出来るのか?」


 ――――ビクン!


 作業していた水田の背中が、初めて大きく反応する。

 彼の中の何か琴線に、俺の質問が触れたのだ。


「…………再起動、だって? それ、無理だね? ここには、もう電気が来てないからね」


 水田は背中を向けたまま、だが厳しい口調で全否定くる。


「頼りの災害用の発電機の燃料も、もう尽きた……“この子”たちが輝くのは、もう無理なのさ……」


 厳しい言葉だが、どこか悲しい背中で語ってきた。


 ここの設備のことを、この男は本当に好きなのだろう。

 自分の子どものように愛して、今まで管理をしてきた者なのだ。


「……って、言っても、どうせアンタも分からんでしょ? 他の奴と同じで“俺のこと変人だ”って馬鹿にするっしょ? だからこの子たちを再起動するなんて、軽々しく口にしないで欲しいな」


 だが今まで他の職員や、唐津隊長からは理解されずきたのだろう。


 だから世界が崩壊後、水田はずっとこの機械室に籠りきりでいたのだ


「いや、俺は馬鹿にはしない」


 だから俺は肯定。水田という男の生き様を認めてやる。


「――――っ⁉ でも、どうせ、口だけしょ、アンタも? そんなおだてても、俺は協力しねぇからな」


「ところで、お前は一人、ずっとここを“守っていた”のか?」


 職員の話によると、水田は二週間以上もこの機械室に籠りきり。

 話を進めるために、彼の本心を訪ねる。


「“守っていた”、だって? ああ、そうだ。俺だって、“この子たち”を再起動させたい。でもよ、非常用発電機には、もう燃料は使えないんだ……」


 俺の言葉が、また琴線に触れたのだろうか。

 水田の悲しそうな背中で、自分の心情を語ってくる。


「アイツ等の言い分はさ、『管理棟の人間が優先』なんだってよ。変な話だよな? “この子たち”が動かせたら、もっと多くの市民を救えるのにさ……」


 停電と燃料不足の影響で、大事な機器を急停止させられた。


 だから水田は背中で悲しんでいた。

 当時、断腸の思いで発電機を止めた自分を、今でも後悔している。

 水田が今でも自分の行為を、今までずっと攻めてきたのだろう。


 そんな悲しそうな背中を見つめながら、俺は言葉をかける。


「安心しろ、水田。電力の問題は俺が何とかしてやる。だから浄水センターを再起動する手伝いをしろ」


「――――っはぁ⁉ お前のような素人が、何ができるの⁉」


 俺の言葉を受けて、水田はついに激昂してしまう。


 急に立ち上がる、俺の胸ぐらをつかんでくる。


「て、てめぇ、みたいな口だけの奴が、俺は一番嫌いなんだよ……!」


 キャプを深く被っているため、表情は見えない。


 だが水田は本気で怒っていた。

 誰にもぶつけられない怒感情を、俺にぶつけてきた。


「さて、と」


 だが俺は気にせず、次の行動を起こす。


「あれが災害用の発電機だな」


 水田の手を払い、俺は機械室の外に向かう。


 向かう場所は機械室の隣の設備。

 大型の非常用発電機だ。


「……お、おい、テメェ、話は終わっていねぇぞ⁉」


 後ろで激昂する水田を、俺は無視しておく。

 こうしたタイプの男は、理論よりも実践して見せた方が早いからだ。


 俺は非常発電機の前に立ち、確認していく。


「このタイプか……これなら俺でも分かるな」


 自分の前職場にも、災害用の非常用発電機があった。

 こちらの方何倍も規模は大きいが、基本的なシステムは同じだ。


 俺は発電機を確認していく。


「おい、テメェ! 何、勝手に触ってやがるんだ⁉」


 そんな時、水田が追いかけてきた。


 俺の行為が、よほど逆鱗に触れたのだろう。

 また胸ぐらをつかんでくる。


「安心しろ。コイツに“希望の光”を与えるだけだ」


 だが俺は構わず、発電機に手を振れる。


 意識を集中して、付与魔術を発動。


(……【付与魔術レベル2】発動……《対象》:大型発電機……《付与内容》:【能力強化〈小〉】……)


 心の中で詠唱。


 付与魔術を発動させる。


 ――――ファ――――ン


 次の瞬間、発電機が小さく光り輝く。

 無事に付与が成功したのだ。


「――――っ⁉ な、なんだ、この光は⁉ テ、テメェ……今に、“うちの子”に……な、何をしたんだ……⁉」


 信じられない現象を目にして、水は言葉を失っていた。

 発光している発電機を見て、立ちつくしている。


「安心しろ。“希望の光”を与えただけだ。疑うなら動かしてみろ。エンジンキーは持っているんだろう?」


「ああ……」


 光に魅入られたかのように、水田は発電機を操作していく。

 おそるおそる発動キーを回す。


 ――――ブルル――――ン!


 発電機が一発で起動する。

 静かだが、頼もしい発電音を上げ始める。


「――――っ⁉ う、動いた⁉ ど、どうして⁉ 予備燃料は残っていたが、もう修理不可能だったはずなの⁉」


 世界の崩壊後、かなり無理をして発電機を使っていたのだろう。


 故障していたはずの発電機が、まるで新品のように再稼働。まさかの現象に水田は言葉を失っている。


「ど、どうして……こんなに軽快に……稼働音も数値も正常だ……どうして、こんな奇跡が……」


 まるで魔法でも見せられているかのように、稼働する発電機を見つめていた。


(ふう。何とか上手くいったか。さすがは付与魔法だな)


 ホームセンターで試してみて分かってはいたが、付与魔法には“機能を完治させる能力”もあった。

 そのため故障していた発電機が、全盛期の力を取り戻したのだ。


 これほど大規模な機器への付与は、初挑戦だった。

 無事に成功して俺も一安心だ。


「――――っ⁉ この静音性はなんだ⁉ どうしてこんなに静かになったんだ⁉ そ、それにこの発電可能量の数字はなんだ⁉ 正常時の何十倍あるんだ⁉」


 水田が驚くのも無理はない。

【能力強化〈小〉】によって発電機の能力は格段に向上。


 静音性能と発電可能電力量も、何倍にも向上。

 あと燃費も何倍も向上しているはずだ。


「どうだ、この電力量と燃費効率があれば、浄水センターの再起動は可能か?」


 俺は付与魔法を使えるが、浄水センターの設備のプロではない。

 だからプロである男に可能性を訪ねる。


「ああ……ああ、いける! これだけの電力量と燃費効率があれば、ウチの子どもたちは……ここの浄水センターは全て蘇らせる!」


 全部の設備を再起動には、数日の調整が必要。

 だが一部の機能なら、早めに再起動できるという。


「テ、テメェは……いったい何者なんだ……?」


 子どものように興奮していた水田は、急に冷静になる。


 俺が発電機に何かしたことを、ようやく気がついたのだ。


「テメェは“魔法使い”……そういう奴なのか?」


「いや、違う。この崩壊した世界と同じく、俺も自分のことは詳しくは把握していない」


 これは嘘ではない。

 付与は便利で魔法に似ている

 だが俺ですら全容が掴めていな未知なる能力なのだ。


「なんだ、そりゃ? まぁ、いい。テメェが何者か、俺には興味はない。今、分かっていることは『テメェはウチの子たちの恩人』ってことだけだ」


 水田はキャップを脱ぎ、俺に初めて顔を向けてくる。


 決して色男ではないが、オイルにまみれた、三十代の良いおとこの顔だ。


「沖田レンジだったか、あんた。ウチの子どもたちと、俺に希望の火を与えてくれたこと、この水田ノボル、心から感謝する」


 そして深々と頭を下げてくる。


 口先や態度だけの感謝ではない。

 本当に心からの感謝の言葉だ。


「頭を上げろ。後は頼んだぞ、水田ノボル」


「ああ、任せておけ! ああ……本当にありがてぇ……これで水道システムを復活できたら……多くの市民が救わるかもしれねぇ」


 この男が口は悪く、他人を突き放す無粋な印象だった。


 だが本来は誰よりも市民を愛する者なのだろう。


 命の水である水道の大切さを、誰よりも知る男。

 たった一人で足掻いて、この設備を守ってきたおとこなのだ。


 だが俺はあえて苦言をいう。


「安心するのはまだ早いぞ。お前ひとりだと、全部の復旧と運用は無理なんだろう?」


「ちっ……ああ。そうだ。アイツらの力も必要だ。だが連中は、もう俺を手伝ってはくれねぇだろうな……」


 水田が嫌そうに口にするのは、他の職員たちのこと。

 世界が崩壊後、両者の関係にもヒビが入っているのだろう。


「他の職員のことは俺に任せておけ。お前は進めるところまで、一人で準備しておけ」


 全職員の説得にも策がある。上手くいけば何とかなるのだ。


「アイツらの説得もだと? 沖田、どうして、そこまで俺たちに世話を焼く? 一体何が目的だ?」


 水田が半信半疑になるのも無理はない。

 俺みたいな外部の人間が、どうしてここまで行動を起こすのか? 理解はできないのだろう。


「水道水の復活は俺にもメリットがある。だから協力するだけだ。簡単に言うなら“お前たちを利用”している」


「俺たちを利用している、だと? はっ! 沖田、もう少し口の利き方を勉強した方がいいぜ? その言い方だと、普通は勘違いされるぞ?」


「お前には言われたくない」


「はっはっは……そうだだな。それじゃ、俺は設備の再起動の準備をしてくる!」


 水田は武器な笑顔で、機械室に駆けていく。


 設備の完全な再起動には、まだ困難も多いのだろう。


 だが、あれほど情熱ある男なら、必ず成し遂げてくれるだろう。


 俺はそう信じていた。


「さて、次は職員たちのケツを叩くか」


 こうしてキーマンの説得して、俺は次なる行動に移行するのであった。

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