第66話:男たちの復活

 キーマン水田の協力を得た俺は、次なる行動に移行する。


 まずは管理棟の“とある部屋”に移動。

 ちょうど居合わせた女性職員に声をかける。


「……という訳で、協力をしてくれ」


「――――っ⁉ これは⁉ ええ、任せてください! すぐに用意します!」


 俺がリュックサックから、収納から出した品を渡したら、女性職員は快く協力をしてくれた。

 これで事前の準備は完了。


 次はメインターゲットの男性職員の所へ向かう。


「ん?」


 だが男性職員の部屋は、何やら騒がしかった。


「……こうなったのも、アンタらのせいだろう⁉」

「……あの時、ここを出ていけばよかったんだよ!」


 部屋の中で、職員の罵声が飛び交っていたのだ。


「なんだと、お前ら⁉」

「文句があるなら、お前らも前線に出てみろよ!」


 彼らが対立しているのは消防隊員の若手。

 どうやら食料の配分と、仕事内容の格差に関して騒動が起きていたのだ。


 ……ざわ……ざわ……ざわ……


 騒ぎを聞きつけて、全職員と隊員が集まっていた。一触即発の状態だ。


 そんな光景を見ていた俺に、詩織が近づいてくる。


「沖田さん、今までどこに行っていたんですか⁉ かなり大変なことになっていたですよ⁉」


 詩織が真っ青な顔になっているも仕方がない。


 何しろ両陣営とも手に武器を持ち、にらみ合っていた。


 唐津隊長は間に入り仲裁に入っているが、両陣営は今までになく興奮状態なのだ。


「お前らが出ていけば、まだ食料はもつ⁉」

「なんだと、てめぇえ⁉」


 今にも殺し合いが起きそうなほど、危険な状態。

 早く何とかしないと、取り返しのつかない大事件が起きてしまうのだ。


 だが俺は焦ることはない。


「これはナイスタイミングだったな」


 今ここには全住人が主集結している。俺にとっては有り難い状況なのだ。


「えっ……沖田さん、何を言っているんですか……?」


「説明は後だ。俺に任せて、お前は安全な場所にいろ」


 立場的に詩織は危険な存在。安全なリョウマの近くに、強引に避難させる。


 それを確認してから、俺は両陣営の真ん中に歩いていく。


「――――っ⁉ なんだ、てめぇ⁉」

「殺されたいのか⁉」

「部外者は出ていけ! この疫病神め!」


 両陣営はストレスと空腹、睡眠時間で興奮状態。

 怒りのはけ口となる俺に、罵倒が飛んでくる。


 だが俺は罵声に構わず、次の行動を実行。

 リュックサックから、【収納】から“ある荷物”を取り出す


「お前らに“コレ”をやる」


 ……ぼん……


 床に置いたのは米、米10キロの袋だ。


「「「――――っ⁉ 米だと⁉」」」


 全員の注目が一気に集まる。


 何故ならこの崩壊した世界では、米は何よりも貴重な食料。

 何日も前に米が尽きた浄水センターでは、宝石よりも価値がある品なのだ。


「――――っ⁉ だが、そんな少量だと、全員分はないぞ⁉」

「お前、もしかして、火に油を注ぐつもりか⁉」


 両陣営が更に興奮するのも無理はない。


 ここの住人は約70人。

 いくら貴重な米でも、たった10キロだけなら、一瞬で無くなってしまうのだ。


 だが俺は構わず話を続けていく。


「落ち着け。俺に付いてこい」


 俺は米を抱えて移動していく。


 ……ざわ……ざわ……ざわ……


 一体なにが起きているのだろうか?

 全住人は半信半疑で俺の後についてくる。


「……ん? なんだ、この匂いは?」

「……こ、これは?」


 目的地に近づき、住人は声を上げる。

 俺が向かう先から、食堂から何とも言えない匂いが、流れ込んでくるのだ。


 そして俺が先導して入った食堂の中で、住民は更に声を上げる。


「――――っ⁉ こ、米の飯だと⁉」

「――――こんなに沢山⁉」

「ど、どういうことだ⁉」


 食堂のテーブルは炊き立ての白米が用意されていた。


 おかずは何も無いが、かなりの量の白米があったのだ。


 ……ざわ……ざわ……ザワ……


 夢のような光景に、誰もが唖然としていた。

 どうしていいのか分からず、誰も動けずにいた。


「――――っ⁉ お、おい、こっちを見てみろ⁉」

「……こ、米の袋だと⁉」

「こんなにも沢山あるだと⁉」


 食堂の端に積まれていた、新たな米袋を発見。

 その量は百人が一週間でも食べきれない量。


 まさかの光景に住人は更に騒がしくなる。


「……お、おい、こっちには缶詰も積まれているぞ⁉」

「……こっちは肉があるぞ⁉ 冷凍の鶏肉があるぞ⁉」


 米袋以外にも色んな食材も積まれていた。


 ……ざわ……ざわ……ざわ……


 まるで夢のような光景。

 何が起きたか理解できず、食堂に入った両陣営は唖然としていた。


 だから俺は声をかけてやる。


「この食料を全て、お前らに寄付してやる」


「「「――――っ⁉」」」


 まさかの提案に住人たちは絶句する。更に混乱してしまったのだ。


「だが寄付するには、いくつか条件がある」


 唖然として住人たちに、俺は説明をしていく。


「一つ、浄水センターの再起動を手伝うこと。一つ、モンスターを……子鬼ゴブリンを追い払う戦いに全員が協力しろ。その二つを守れる者には、この食料を食う権利を与える」


 俺が出したのは二つの条件。

 簡単に言うなら“働かざる者、食うべからず”の理論を伝えておく。


 これで俺の提案の意味は伝わっただろう。


 だが職員たちは声を殺して反論してきた。


「システムの再起動、だなんて……」

「そ、そんなの不可能だ……」


 彼らは思いだしたのだ。

 自分たちが世界の崩壊後に足掻いて、挫折して自己嫌悪に堕ちいったことを。


「システムの再起動は、もう不可能なんだぞ……」

「非常用発電機が壊れて、電力もないのに……」


 今の自分たちには何もできない。職員は悲痛な顔になっていた。


 ――――だが、そんな時、一人の男がやってくる。


「おい、屁理屈ノッポ! ここにいたのか」


 やって来たのは作業着キャップの男、水田ノボルだ。


「「「み、水田主任⁉」」」


 まさかの男の乱入に、職員たちは声を上げる。

 何しろこの頑固な技術者は、ずっと機械室に籠っていた。管理棟に顔を出すのは二週間ぶりなのだ。


 だが同僚である職員に構わず、水田は俺に近づいてくる。


「おい。とりあえずシステム復旧の第一段階は終わったぞ」


 第一段階とは浄水センターの再起動の準備のこと。


「早いな。さすがだな」


「はっ! 俺を誰だと思っているんだ? 電力さえあれば、屁でもねぇ」


 驚いたことに、水田は既に設備の一部を復旧した。

 さすがは浄水センターのことを誰より知り、機器を愛していた男だ。


「……しゅ、主任⁉ どういう意味ですか⁉ システムが復旧とか⁉」

「……電力があればとか⁉」


 俺たちいのやり取りを聞いて、職員たちは唖然としていた。

 会話の内容の意味が、理解できていないのだろう。


 それを受けて水田が振り向く。


「説明も何も、今の俺たちの会話の通りだ。この屁理屈ノッポのお蔭で、非常発電機は復活して、電力は何倍も使えるだよ!」


「「「――――っ⁉ 電力が⁉」」」


 職員たちが絶句するのも無理はない。


 何故なら彼も今まで頑張ってきたが、解決は不可能だった難関。

 それを素人である俺が、たった一人で解決。


 職員も理解が追いつかないのだ。


「おい、お前ら。馬鹿な頭であんまり深く考えるな。それより早く飯を食って、お前らも早く手伝え!」


 水田は粗暴に言い放った後、驚きの行動にでる。


「……さすがの俺でも一人だと、ここまでの復旧が限界。ここから先は、お前ら全員の力が必要だ。頼む……」


 帽子を取って、職員に頭を下げたのだ。

 今まで両者にあったわだかまりを、埋めるための行動。この偏屈な男は、頭を下げて自分から歩み寄ろうとしていたのだ。


「――――っ⁉」

「あ、あの水田主任が、俺たちに頭を⁉」

「……水田主任が……私たち対して⁉」


 まさかの同僚の、まさかの行為に、職員たちは言葉を失っている。

 更に混乱して、どう対応すれば分からずにいた。


 仕方がないから、俺はきっかけを与えてやる。


「お前らに再度問う。この勇気ある男、水田を手伝う意思はあるか? そして消防隊員と共に戦う覚悟は、お前たちにあるのか?」


 水田ノボルは勇気を出し、頭を下げてくれた。

 同僚であるお前たちは、このままでいいのか? 

 全職員に問いていく。


「……沖田さん……俺、やります!」

「沖田さん、私もやるぜぇ!」


 沈黙の中、声を上げたのは例の二人の職員。

 目をギラギラさせて俺に駆け寄ってくる。


 その二人の名乗りが引き金になる。


「わ、私もやります!」

「俺も! 水田主任を手伝います!」

「私も! 自分たちの手で、大事なシステムを絶対に復旧させてみます!」

「俺も戦います!」


 次々と職員たちは名乗りでてくる。

 最終的には全職員が、俺に駆け寄ってきた。


 だから俺も応えてやる。


「そうか。それなら飯を食って、水田の手伝をしろ。手の空いた者は午後の戦闘訓練の準備だ」


「「「はい!」」」


 俺の指示を受けて、職員は一斉に動き出す。

 食堂に席をつき、白米を食べ始める。


「……うめぇ……うめえよ……」

「ああ……ただの白米なのに……」

「米って……こんなに美味かったんだ……うっ……」


 職員たち本当に美味そうに白米をほお張っていく。

 多くの者は涙を流しながら、白米を味わっている。


 何週間ぶりに口にする、炊き立ての白米に、日本人として誰もが感動していたのだ。


「本当に美味えぞ……これなら俺たちはやれるぞ!」

「ああ、そうだな! ぜったいにシステムを復旧させるぞ!」


 そして職員たちの目つきが変わっていく。


 腹を満たされて、栄養が頭に回ったことで。

 水田の想いが伝染して、全職員のモチベーションが高まっていたのだ。


「おい、これを食ったら、すぐに作業にかかるぞ!」

「ああ、前と同じく班を三つに分けるぞ!」


 今まで沈んでいた浄水センター職員の魂が再燃焼していく。

 まるで別人のように、誰もが目を輝かせていたのだ。


 そんな活気ある光景を見ていた俺に、唐津隊長が近づいてくる。


「沖田くん……これは……」


 普段は冷静な唐津隊長が、言葉を失うのも無理はない。


 職員はまるで別人のように変身。

 唐津隊長と消防隊員は状況を理解できず、立ちつくしたままなのだ。


「説明は戦いが終わってからする。あと隊員の食料も用意してある。部下に飯を食わろ」


「我々もいいのですか?」


「もちろんだ。その代わり約束通り、午後から忙しく働いてもらうぞ」


 システムの一部を再起動したお蔭で、放水攻撃が可能になった。

 消防隊員も急いで戦闘の訓練を開始する必要があるのだ。


「分かりました。沖田くん、今回は食料の寄付を……いえ、コミュニティーの改善をしれくれて、本当に感謝します」


 唐津隊長は深く頭を下げてくる。

 自分が今まで出来なかった改革を、俺が全部やってくれた。心からの感謝しているのだ。


「安心するのはまだ早い。本当に大変なのは、これからだぞ」


 職員たちのモチベーションが高まり、システムは再起動しても危機的な状況は変わりない。


 俺が寄付した食料は一週間だけ。

 つまり周囲の子鬼ゴブリンを駆逐しないと、住民は生き残れないのだ。


「ええ、そうですね。それでも感謝します。それでは遠慮なく、我々も頂戴します」


 再び頭を下げて、唐津隊長は部下に指示を出す。


「「「了解!」」」


 指示を受けて隊員も席につく。


「うめぇえ!」

「白米……最高だな!」

「力がみなぎるな、これなら!」


 隊員たちも一心不乱に、白米をかきこんでいた。

 誰もが美味そうに飯を食っている。


「おい、お前ら……さっきは悪かったな……」

「いや……こっちこそ……今まで悪かったな……」


 気がつくと職員と隊員は和解していた。

 腹を満たし、同じ釜の飯を食ったことで、気持ちが近づいていたのだろう。


(ふう……なんとかなったな)


 そんな食堂の光景を見ながら、俺は安堵の息を吐く。


 今回の策は、収納から米や食料を出して、居合わせた女性職員に協力してもらい実行した。


 だが正直なところ、かなり強引な作戦。


 “トラックも無いのに沖田レンジは、いきなり食堂に大量の食料が出現させた”


 これは普通あり得ない現象。

 勘のいい者は、これ以外の疑惑の目も、俺に向けてくるかもしれない。


『この大量の食料は、どこから、どうやって、ここに持ってきたのだろう?』

『どうして発電機は修復され、こんなに高性能になったのだろう?』

『沖田レンジは何者なのだろう?』


 冷静になった時、多くの者は、そう疑問に思うだろう。


 だが俺は気にしないでおく。

 何しろ俺が未知なる力、付与や収納を使えるのは嘘ではない。


 こちらからあえて話すことはしない。

 だが向こうから聞かれたら、教える覚悟は、今の俺にはあるのだ


「さて。次は、いよいよ戦闘の準備だな」


 こうして浄水センター解放のために、俺は最終フェーズに移行していくのであった。

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