第67話:成長と準備

 俺が食料を寄付した昼から、浄水センターの雰囲気は一変する。


「おい、水田主任の手伝いに、何人かいけ!」

「よし! 管理棟のシステムの起動テストもしていくぞ!」


 特に職員たちが別人のようになっていた。

 高いモチベーションで、目を輝かせて、復旧作業に取りかかっていたのだ。


 そして職員たちの変化は、消防隊員にも伝染をしていく。


「これより“放水攻撃”の訓練を開始する!」

「「「了解っ!」」」


 唐津隊長の指揮の元、隊員は戦闘訓練に取りかかる。

 “放水攻撃”、今までは武器として使わなかった車両を、戦闘用に使うのだ。


「アイツらには負けられねぇな、俺たちも」

「ああ! だな!」

「アイツらが用意してくれた、この水があれば、ポンプ車の最大限に能力を発揮できるな!」

「これで勝てたら、職員たちに感謝だな!」


 浄水センターの一部が再起動したことにより、ポンプ車も大量の水を応用可能になった。

 消防隊員も“水を得た魚”のように、モチベーションを高めていたのだ。


 そんな職員と隊員の変化を視察しながら、俺は次なる指示を出していく。


「よし。手の空いた職員も、戦闘の準備をいくぞ」


 男性職員に戦闘の訓練をしていく。


 役職的に消防隊員の訓練は、唐津隊長に一任。

 俺は職員の戦闘指導を担当だ。


 手製の盾やパイプ槍を装備させて、中庭で戦闘訓練の指導していく。


「お前たちはあまり前線に出る必要はない。あくまでも隊員の背中を守り、サポートに徹しろ」


 性格にて職員は、荒くれ的な仕事には慣れていない。

 最初から後方サポート隊として指導していく。


「おい、屁理屈ノッポ。俺たちも前に出るからな!」

「私たちもやります!」


 だが水田を始めた職員たちは、前線での戦いに志願してくる。


「私たちも体力だけなら自信があります、沖田さん!」

「力も負けない自信があります!」


 ここの職員は日ごろから力仕事が多かった。

 だから見た目以上に体力と筋力はあるだの。


 あと、彼らは消防隊員に負けたくないのだろう。


 だから彼ら職員のやる気を、俺はくんでやることにした。


「そうか。だが無理はするな。子鬼ゴブリン戦で重要なのは、相手を倒すことではない。いかに味方の損害を減らし、勝つことが重用だ、お前たち」


「「「はいっ!」」」


 食堂の一件以来、職員たちは俺に素直に従うようになっていた。


「……よし! レンジさんのために、俺たちも頑張ろうぜ!」

「……ああ、“奇跡ミラクルレンジ”のために!」


 一部の若い職員は、俺のことを“奇跡ミラクルレンジ”と謎の異名で呼ぶようになっていた。

 俺は奇跡など使えないが、あえて訂正はしないでおく。


 今は少しでも職員のモチベーションを高めていく必要があるのだ。


 そんな高いモチベーションの職員と隊員の訓練は、夕方まで続いていく。

 夕方になると詩織が、訓練場にやってくる。


「みなさん、食事の用意ができました!」


 避難所の女衆と詩織たちは、食事の準備を担当してくれた。


 男性職員と隊員は、汗と汚れをシャワーで落として、食堂に移動していく。


 そして入室と同時に、男性陣は歓喜の声を上げる。


「――――っ⁉」

「……おい、これはカレーライスだぞ⁉」

「……マジか⁉ 白米だけじゃなくて、オカズまであるのか⁉」


 俺が寄付した食料の中には、保存のきく野菜と缶詰、カレールーや調味料もあった。

 だから女衆はカレーライスを作ってくれたのだ。


 バイキング形式で、全員で夕食の時間となる。


「……うめぇ……うめぇよ……」

「……ああ、そうだな! 昼の白米も美味かったが、カレーライスがもっとうめぇな!」

「……やばい……あんまり美味すぎて……涙が……」

「……オレもだ……母ちゃんのカレーを思い出すぜ……」


 カレーライスを食べながら、何人かの男たちは涙を流していた。


 何しろカレーライスは、日本人の家庭の味の代表格。

 誰もが平和な時の食卓を思い出しているのだ。


 そんな中、詩織は元気に声をだす。


「みなさん、お代わりもあります! 遠慮しないでたくさん食べてください!」

「「「ぉおお!」」」


 詩織の言葉に、男性たちは声を上げる。

 まさか貴重な食事を、お代わりが出来るとは、誰も思っていなかったのだろう。


 ……ざわ……ざわ……ざわ……


 子どものようにお代わりに群がっていく。


 そんな光景を見ながら、詩織は心配そうに俺に聞いてくる。


「沖田さんの指示通り“お代わり自由”にしましたが、本当に良かったんですか? 節約した方がよかったのではないですか?」


 彼女が心配しているのは、今回の食料に限度があること。

 俺が指示した“お代わり自由”制度だと、食料は一週間しか持たないのだ。


「いや、これでいい。今は勢いが大事だからな。その証拠に、見てみろ、職員と隊員の顔を?」


 カレーライスを囲む男たちは、誰もが満面の笑みを浮かべている。


 今日の午前中に、殺し合い寸前だった関係には、とても見えない。


 腹を満たして、同じ戦闘訓練をしていることで、対立構造が消滅していたのだ。


「そう言われてみてば、たしかに……やっぱり食事は大切なんですね」


「ああ。余裕ある食事は、人にゆとりを与えるからな」


 俺が食料を寄付したことで、浄水センター組は一枚岩になろうとしていた。


 あとの問題は外敵だけ。

 このまま子鬼ゴブリン軍を排除できたら、更に強力な集団になるだろう。


「そうですね。みんなお腹一杯になって、あとは、夜もグッスリ寝てくれたら、最高なんですが……」


 詩織が顔を曇らせるのも無理はない。


 夜の9時を過ぎると、子鬼ゴブリンは騒音攻撃をしてくる。


 明け方まで続くために、誰もが寝不足になってしまう。

 また寝酒で酒盛りをする職員もいて、夜の治安はあまり良くないのだ。


「“その問題”も今宵から、大丈夫だ」


 だが騒音攻撃にも、俺は既に対処をしていた。


「えっ……どういう意味ですか?」


「夜になれば分かる」


 俺の対処で、どの程度の効果があるか? 正直なところ俺でも分からない。

 だから21時まで待って検証するのだ。


 ◇


 21時過ぎなる。


『『『ゴブブブゥウウ!』』』


 浄水センターの対岸が、急に騒がしくなってきた。


『『『ゴブブブゥウウ!』』』


 また四百以上の子鬼ゴブリンたちが騒音を立てはじめたのだ


 ――――バ――――ン! バ――――ン!


 廃車や金属の板を棍棒で叩きながら、耳障りな騒音を立ててきた。

 室内にいても寝られない騒音だ。


「相変わらず元気な奴らだな」


 そんな対岸の光景を、俺は管理棟の屋上から見ていた。

 相手の動きや指揮系統を、観察するのが目的だ。


「――――お、沖田さん⁉」


 しばらくして詩織がやってくる。

 昨夜と同じく、かなり血相を変えた顔だ。


 だが今宵の彼女が慌てているのは、別の理由だった。


「大変で、沖田さん! 『中は騒音が聞こえてこない』ですよ! どういうことですか、これは⁉」


 詩織が驚いていたのは、管理棟の中が今宵は静かなこと。


 こうして屋上に出ると、耳を抑えたくなる騒音。

 だが下の階の部屋は、ほとんど騒音が聞こえてこないという。


「これが沖田さんの作戦……防火扉を閉めさせた、お蔭ですか⁉」


 俺は唐津隊長に指示して、寝る前に管理棟の全防火扉を閉めさせていた。


 だから詩織や他の住人たちは、“防火扉のお蔭で騒音が小さくなった”と思いっているのだ。


「そうかもな」


 だがこれは一割だけ本当。


 実は“建物の外壁に、俺が付与をかけておいた”ことが、静穏性が増加した理由なのだ。


(なるほど。付与魔術は、こうした応用も効くのか)


 今回俺が付与したのは、少し特殊な方法。


 何故なら【付与魔術レベル2】は5㎥程度の存在にしか、付与はできない。

 普通に付与したら、五階建ての管理棟を全部、防音で囲えないのだ。


(今回の特殊方式……“パネル方式”での付与。上手くいったな)


 だから今回、俺は管理棟の“外壁部分だけ”を強化したのだ。


 付与する時に、《5m×5mで厚さは0.1m》の巨大な板を50枚イメージした。


 50枚の板で管理棟の外壁を包囲して、今回は強化したのだ。


(防音性特化も上手くいったな


 更に強化内容も《防音性能強化〈小〉》で防音性能だけに特化していた。

 そのため騒音攻撃を、ほとんど防御することに成功したのだ。


(やはり付与魔術は応用が効くのか。こうして柔軟に応用していけば、使い方は無限に広がるな)


 付与魔術はイメージすることで、使い方を増やしていける。

 今回の試験も成功だったので、今後は戦闘にも使えるだろう。


 詩織の報告を聞いて、俺も満足する。


「それじゃ、明日も早い。俺たちもそろそろ寝るぞ」


 この分なら今宵からは、住民たちはもう爆睡しているだろう。

 明日の朝には睡眠不足のストレスも解消され、住民たちは更に元気になっているのだ。


「分かりました。ちなみに……今宵も沖田さんは、扉前で寝るんですか?」


「ああ。何か、問題があるのか?」


「……いえ、沖田さんは、やっぱり変わった大人ですね」


「ああ。だがお前には、そのうち負けそうだがな」


「――――っ⁉ もう知りません! おやすみなさいです!」


相変わらず夜の詩織は情緒不安定だった。



 翌朝の浄水センターの雰囲気は、更に変化していく。


「……こんなに爆睡できたのは、何日ぶりだ⁉」

「……まじで、身体が羽のように軽いぞ⁉」


 昨夜は防音強化のお蔭で、全住民が朝まで爆睡。

 お蔭で精神と体力が全回復していたのだ。


「よし、これなら、今日も復旧作業を頑張れるぞ!」

「午後の戦闘訓練も楽しみだな!」

「ああ! 今日こそはアイツから、一本取ってやろうぜ!」


 毎日の十分な三回の食事。

 あと静かな環境での十分な睡眠。


 職員と隊員は、明らかに顔色が良くなっている。


 お蔭で士気は最高潮。

 誰もが積極的に復旧作業と、戦闘訓練に取りかかっていた。


 そんな彼らの指揮に答えるべく、俺と唐津隊長も指示を出していく。


「唐津隊長、今日は連携で訓練をやるぞ」

「ええ、そうですね。この分なら、ウチの隊員も連携がとれそうです」


 職員と隊員は、良い意味でライバル関係になっていた。


 男性職員は必死で隊員に追いつこうと、積極的に戦闘訓練に励んでいた。


 そんな前向きな職員のモチベーションが、消防隊員たちも伝染。誰もが積極的に戦闘訓練に参加。


 相乗効果で浄水センター組の戦闘能力は、底上げされていたのだ。


 ◇


 そんな高いモチベーションでの中、復旧作業と戦闘訓練。

 一日はあっとう間に過ぎていく。


「いやー、今日も疲れたな」

「だが、こういう疲れは悪くないよな?」

「そうだな!」


 モチベーションが高く、日々が充実過ぎて、誰もが笑顔でいた。


 そんな高い士気の中、俺は唐津隊長たち幹部とミーティングをしていく。


「ちなみに沖田くん。決戦日を、いつに見ていますか?」


「早めがいいな。連中も、そろそろ異変に気がつくはずだ」


 子鬼ゴブリンは知能が低いが指揮官は、大鬼オーガ・ゴブリンクラスには人間並の知能がある。


 そのため浄水センターの異変に。

 俺たちが戦闘訓練と復旧作業に取りかかっていることに、そろそろ気がつくはずだ。


「三日後の午前に、こちらか先制攻撃をしかける」


 だから相手が仕掛けてくる前に、俺は出陣を選択する。

 こちらの士気が高いまま突破口を開くのだ。


「三日後の午後、了解しました。それなら明日からの二日間が、最後の準備ですね」


「ああ。準備することは山ほどある。死ぬ気でいくぞ」


 職員の士気は高いが、まだ戦闘練度は仕上がっていない。


 あと、戦いに使う車両と装備の準備も、足りない部分が多い。


 全住民で協力していかないと、決戦には間に合わないのだ。


 そんな俺の意見を聞いて、唐津隊長は幹部に最終決定を下す。


「みなさん、それでは三日の午前の奇襲攻撃を行います。作戦名桶狭間作戦を絶対に成功させましょう!」


 歴史好きな唐津隊長の提案により、今回の作戦は“桶狭間作戦”となった。

 史実では、織田信長が数倍の大軍を打ち破った奇跡の戦。

 唐津隊長はゲンを担いで名付けたのだ。


(《桶狭間作戦》……か。さて俺も忙しくなるな)


 俺の付与強化は12時間に1回しか使えない。

 そのため優先順位を決めて、順々に強化していく必要がある。


 訓練の指導以外にも、かなり頭を使う日々になるのだ。


 ◇


 翌日からの二日間は、予想以上に誰もが忙しい日々となる。


「よし、今日もやるぞぉ!」

「おう!」


 職員は浄水センター復旧作業をしながら、戦闘訓練に精を出す。


「おい、こっちに工具を貸してくれ!」

「放水ホースは、これでいいのか?」

「よし、発射テストをするぞ!」


 消防隊員は戦闘の準備と、車両の整備改造をしていく。


「沖田くん、ゲート前の配置は、これでいいですか?」

「いや、こっちの方がいいだろう」


 俺も戦闘員を指導しながら、唐津隊長と当日の作戦を詰めていく。


「それでは行ってくる」

「沖田くん、気をつけてください」


 そして俺は並行して子鬼ゴブリンの偵察も決行。相手の布陣や指揮系統を丸裸にしていった。


 仕事が終わったら毎晩、詩織を抱いて英気を回復。


 詩織も段々と慣れてきているが、相変わらず喘ぎ声は堪えていた。


 だが三日目以降は、最後は自我を失い、何度も絶頂していく。


 そんな忙しく、だが充実した日々を俺たちが過ごしていく。


 ◇


「……沖田さん、おはようございます。いよいよ、今日ですね」


「ああ、そうだな」


 こうして運命の朝、《桶狭間作戦》の決行日がやってきた。

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