第68話:開戦

 運命の朝、《桶狭間作戦》の決行日がやってきた。


 日の出前から、誰もが作戦の最終準備をしていく。


 午前11時、作戦実行の時間がやってくる。


 ◇


 ……ざわざわ……ざわざわ……


 浄水センターの中庭に住人の、全男性が勢ぞろいしていた。


 彼らは手製のパイプ槍と盾で武装した職員たち。

 そして消防服と救助斧で重武装した消防隊員だ。


 更に中庭には、二台のポンプ車とはしご車も並んでいる。

 今回の作戦で虎の子の攻撃車輌だ。


 ……ざわざわ……ざわざわ……


 女衆は管理棟の上で待機中。

 最後の砦となる管理棟を、彼女たちも軽武装して守ってくれるのだ。


 ……ざわざわ……ざわざわ……


 まるで戦国時代の戦のような壮観な光景が、中庭に広がっていた。


(いよいよだな)


 そんな光景を、俺は中庭で整列しながら見ていた。


 そんな中、今回の作戦の総大将である唐津隊長が、ポンプ車の上から声を上げる。


「……みなさん、準備はいいですか⁉」


 普段は丁寧な口調の隊長が、声を高く張り上げる。

 出発前の最後の激を飛ばしてきたのだ。


「これから我々が立ち向かうのは、数百の子鬼ゴブリンの巣窟です……」


 俺が話している内に子鬼ゴブリンという呼称が、浄水センター組にも定着していた。


「そこにいる沖田くんのお蔭で、我々は今までない準備ができました! ですが危険な作戦なことは変わりません」


 ……ざわざわ……ざわざわ……ざわざわ……


 危険な作戦と聞いて、中庭がざわつく。

 誰もが不安な顔になる。


「ですが勝利できたメリットも大きいです! 我々はまた“自由”を手にするのです!」


 ……ざわざわ……ざわざわ……


 自由を手にすると聞いて、全員の目の色が変わる。

 何しろこの住人は、一週間も包囲され、自由と睡眠を奪われてきたからだ。


「この戦いに勝利したら、浄水センターも本格的に再起動できます! 水も飲めず、隠れ住んでいる市民のために、必ず勝利を手にしましょう! みなさんの力を私に貸してください!」


 唐津隊長は声が枯れんばかりに叫ぶ。


 今まで多くの部下と住民を失ってきた辛さを、今日こそは変えてみせる。


 自分の偽りなき想いを、仲間たち伝えてきた。


「「「うぉおおおおお!」」」


 唐津隊長の熱い言葉を受けて、男たち声も上げる。

 彼らも隊長の想いを全力で受け取ったのだ。


 興奮と高揚。

 歓喜と熱狂。


 色んな感情が混じった雄叫びが、中庭に響き渡る。


 これぞ決戦前の出陣式。

 全員の士気が最高潮に高まったのだ。


「……ありがとうございます、みなさん! それでは、作戦開始です!」


 ……グルル……ブルル……


 唐津隊長の号令と共に、各車両のエンジンに火が灯る。


 ……ブゥン! ……ブゥン! ……ブゥン!


 消防隊員も興奮しているのだろう。

 エンジンを空吹かして、出陣前の士気を高めていた。


 いよいよ、奇襲部隊が出陣する時がきたのだ。


 そんな中、俺は降りてきた唐津隊長に声をかける。


「たいした演説だったな」


 これはお世辞でなく、心からの称賛の言葉。


 普段は冷静な隊長が、声を枯らして鼓舞してくれた。

 お蔭で部隊の士気が上がり、団結力は強固になっていたのだ。


「あまりこういのは得意ではありませんが、沖田くんの影響かもしれませんね」


「いや、俺は何もしていない。ホームセンター組の高木社長といい、アンタといい、優れた指導者の声は多くの者に届く」


 高木社長の号令も、ホームセンター組を強く激励していた。

 今回の唐津隊長の激励も負けてはなかった。


「高木社長? もしかして高木建設のパンチパーマの?」


「ああ。知っているのか?」


「ええ、昔に少しだけ。あと、消防団長をしていた有名な方なので。そうですか……彼がホームセンター組の……」


 狭い街なので上役同士は、顔見知りが多いのだろう。

 唐津隊長は懐かしそうな顔をしている。


子鬼ゴブリンの大軍を相手に、高木社長は見事に勝利した。俺たちも負けてられないぞ」


「そうでね。消防車両の指揮は私に任せてください。沖田くんは“遊撃部隊”をお願いします」


「ああ。任せてくれ」


 今回は部隊を三つに分けていた。

 一つ目は唐津隊長が率いる消防車部隊。

 放水攻撃をする遠距離部隊だ。


 二つ目は男性職と消防隊員による歩兵部隊。

 もっとも人数が多い近接戦闘主力部隊。


 そして三つめ目は俺が率いる“遊撃部隊”。

 人数は最も少なく、今回は切り札的な部隊だ。


(三つの部隊による《桶狭間作戦》か)


 今回俺たちが立てた桶狭間作戦は、三段階に分けられる。


 第一段階。

 正面の橋の上の邪魔な廃車の山を、俺たち遊撃部隊が早急に撤去。


 第二段階

 歩兵主力部隊が突撃を開始。

 相手も迎撃をしてくるだろう。

 数に押された主力部隊は、橋を戻って逃げてくる。


 だがこれは第三段階のための陽動。


 主力部隊はゲート付近で反転。

 追撃してきた子鬼ゴブリンに、中距離で攻撃を仕掛けていく。

 加えて左右のポンプ車からも放水攻撃を開始。


 橋の上の子鬼ゴブリンに対して、三方向から攻撃だ。


「三方向からの包囲迎撃戦、か」


 ポンプ車の放水攻撃は強力だが、それほど射程は長くない。

 そのため今回は引き寄せてからの迎撃戦を、俺たちは選択したのだ。


 今回の作戦を整理しながら、俺は自分の部隊に移動していく。


「ちっ……沖田」


 そんな俺に舌打ちしてきたのは、消防服の大男。

 遊撃部隊に配属された佐々木リョウマだ。


「どうして俺が、コイツの配下なんだよ、まったく……」


 リョウマが愚痴るもの無理はない。

 消防隊員で遊撃隊に配属されたのは、この男だけなのだ。


「遊撃隊は一番危険な任務がある。だから俺がお前をチョイスした」


 ここ数日の訓練で分かったことだが、佐々木リョウマの戦闘能力は高い。

 強者ぞろいの消防隊員の中でも、タフさとパワーにおいては突出した存在。

 だから唐津隊長に頼んで、俺の部隊に配属させたのだ。


「な、なんだよ、てめぇ⁉ そんなことで褒めても、俺は認めてないからな、お前のことは!」


 他の消防隊員とは違い、相変わらずリョウマは反発をしてくる。

 よほど俺が目立つことが気に食わないのだろう。


「ちょっと、お兄ちゃん! 同じ部隊なんだから、沖田さんと仲良くしてちょうだい」


 そんな大人げない従兄妹を、詩織は叱っていた。

 彼女は自分で志願して、俺の部隊の配置となったのだ。


「ちっ……分かったよ、詩織。だが沖田、お前が少しでも変なことをしたら、俺は取り押さえるからな!」


 生意気な口を効いてくるが、この熱血ゴリラの戦闘力には期待をしている。

 俺は隊長として上手く使う予定だ。


 そんな話をしている内に、全車両と全部隊は正面に、ゲート前に移動していく。


『『『ゴブブ……⁉』』』


 人間たちの突然の集団行動に、子鬼ゴブリンの見張りは唖然としている。

 何かが起きているか理解ができていないのだ。


 そんな相手の隙を俺は見逃さない。


「ゲートを開けろ!」


 浄水センターの鋼鉄製の正門が、横にスライドされていく。

 バリケード代わりの車両も左右に散っていた。


 今まで二重で強固に閉ざされていた正門が、ガラりと空いたのだ。


『『『ゴブブ……⁉』』』


 籠城した人間たちは、自分たちで開門をした。

 突然の愚行を目にして、子鬼ゴブリンは言葉を失っていた。


 だが俺は更に行動を起こす。


 ……ブゥン! ……ブゥン! ……ブゥン!


 バリケードにしていた消防工作車に搭乗。アクセルを空吹かし、一気にエンジンを温める。


「準備はいいか?」


 間髪入れず助手席の乗ってきたのは、今回の相棒リョウマだ。


「当たり前だ!」


 俺がギアをつなげて、アクセルを踏み込んでいく。


 ……キキキ――――!


 そのまま一気に工作車を発進させていく。目指すは、橋の上の廃車の真ん中だ。


「――――っ⁉ な、なんだ、この加速力は⁉」


 リョウマが助手席で声を上げる。

 あり得ない工作車の加速力に、言葉を失っていたのだ。


「お、おい、沖田⁉ 話が違うぞ⁉ このまだと廃車に突っ込むぞ⁉」


 リョウマが絶句するのも無理はない。

 本来の作戦は工作車のクレーンを使い、ゆっくりと廃車を撤去していく内容。


 だが俺が運転する工作車は、かなりの速度で廃車の山の突撃しているのだ。


「作戦変更。このまま一気に廃車を吹き飛ばすぞ」


「な、なんだと⁉ そんなことをしたら、死ぬぞ、俺たち⁉」


「舌を噛むぞ。捕まっておけ」


 こうして俺の運転する工作車は危険な速度で、廃車の山に突っ込んでいくのであった。

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