第69話:優勢

「舌を噛むぞ。捕まっておけ」


 俺は工作車を高速で、廃車の山に突っ込ませていく。


 ――――バッ、ギっ――――ン!


 直後、激しい金属音が上がる。

 突撃した工作車が、数台の廃車を吹き飛ばしたのだ。


 ――――ガッ、バーン! ガッキん!


 吹き飛んでいった廃車は、橋の向こうの子鬼ゴブリンに命中。

 十匹近く即死させていた。


「い、てて……おい、沖田……なんちゅう無茶を……というか、なんで、車は無事なんだ⁉」


 助手席にいたリョウマは目を丸くしていた。

 工作車が高速で突撃したのに、無事なことに唖然としていた。


「仕上げだ」


 だが俺は運転を止めない。

 橋の上で停止した工作車、再びアクセスを踏み込んでいく。


 ――――ブルルンン! キュルル! キィイ――――!


 ハンドルさばきと連携させて、車体をスピンさせていく。


 ――――ガッ、バーン! ガッキん!


 コマ回しの応用。

 橋の上に残っていた廃車を、高速スピンで全て川の中に突き落としいく。

 運転技術の180度スピンターンの応用だ。


「お、お、おい、沖田⁉ いったい、何を――――っ⁉」


 助手席のリョウマは目を回していた。自分がどういう状況にいるのか理解できずいる。


「よし、戻るぞ」


 そんな中、橋の上の廃車は全て排除した。

 浄水センターの正面ゲートへと、俺は車を戻していく。


 直後、待ちかまえていた男たちは声を上がる。


「「「うぉおおおお!」」」


「すげぇえ! 今のドラテク、なんだったんだ⁉」

「あんなのプロドライバーでも無理だぞ⁉」


 彼らが驚いているのは、今の運転技術について。


「おい、今での廃車は全部、排除できたぞ!」

「よし、作戦の第一段階は成功だぁ!」


 俺の運転技術を見て、男たちの士気が更に高まっていた。


(ふう。なんとか成功したな。さすがは“強化工作車”だな)


 この工作車も《能力向上〈小〉》で強化しておいた。

 そのためモンスターパワーで廃車を吹き飛ばし、尚且つ運転席もダメージを受けていなかったのだ。


 あと俺も身体能力を強化しているから、プロドライバー並の強引な運転ができたのだ。


「はぁ……はぁ……おい、沖田! 作戦が違うぞ⁉ 俺まで殺す気か⁉」


 助手席のリョウマは、ようやく生き返る。

 死ぬほど怖い思いをしたのだろう。かなり激昂している。


「状況を見て、臨機応変に対応したまでだ。それより、次の準備をするぞ」


 そんな説明をしている中、車の外の男たちは動き出していた。


「「「いくぞおお!」」」


 橋の上の障害物は撤去され、主力歩兵部隊が突撃をしていく。

 作戦が第二段階へ移行したのだ。


『『『ゴブブ⁉』』』


 まさかの奇襲を受けて、対岸の子鬼ゴブリンはまだ混乱していた。


 ――――グシャ! グショ! グチャッ!


 歩兵部隊の突撃を受けて、子鬼ゴブリンは次々と蹂躙されていく。


「放水攻撃! 援護射撃、開始! 撃てぇえ!」


 同時に唐津隊長は率いるポンプ車部隊も、攻撃を開始。

 対岸の子鬼ゴブリンに向かって、放水攻撃をしかけていく。


 ――――ゴッ、サッバーン! ゴキ! ゴキ!


 昨夜、俺が強化しておいた放水攻撃の威力は、かなり凄まじい。


 まるで水のレーザービーム攻撃。

 子鬼ゴブリンを次々と吹き飛ばし、首や全身の骨をへし折っていく。


「――――っ⁉ な、なんだ、あの放水の威力は⁉」


 まさかの放水威力に、隣で見ているリョウマ叫ぶ。

 何しろ強化放水は、通常の10倍以上の威力がある。

 傍から見ても何が起きたか、理解できずにいるのだ。


「たぶん今日はポンプの調子がいいのだろう。悪いことではないから、気にするな」


 ちなみに隊員の消防服と靴、手袋にも《身体能力強化〈小〉》を、俺はこっそりとかけておいた。


 だから放水している隊員は、普通の感覚のままで攻撃している。

 あと今、隊員は戦闘中でアドレナリンが分泌中。極度の興奮状態にいるため、放水攻撃の威力を気にしてないのだろう


 そんな放水攻撃と突撃は、子鬼ゴブリンを次々と仕留めていく。


『『『ゴブブブブゥウ!』』』


 だが相手の数は膨大。

 後方にいた子鬼ゴブリンが、援軍として突撃をしてきた。


「唐津隊長、今だ」


 その攻めのタイミングを見て、俺は声を上げる。


「ええ! よし、全員、作戦Bに移行してください!」


 ――――ファァアン!


 唐津隊長の号令と共に、はしご車のサイレンが鳴る。

 事前に決めていた、全員退却の合図だ。


「「「うわぁあ! 逃げろ!」」」


 橋の向こうまで突撃していた歩兵部隊が、一斉に退却してくる。

 彼らの道を開けるため、放水攻撃も一時的に中断される。


『『『ゴブブブブゥウ!』』』


 退却する人間を見て、子鬼ゴブリンは大興奮。獲物を追撃するために、橋の上を突撃してくる。


 敵はかなり戦線が伸びた状況になる。


「よし、今だ」


「ええ! 反撃開始です、皆さん!」


 ――――ファン! ファン!


 唐津隊長の号令と共に、はしご車のサイレンが二回鳴る。

 これは反転して反撃の合図だ。


「「「ウォオオ!」」」


 歩兵部隊は瞬時に反転。

 同時に左右からの放水攻撃も再開される。


 ――――ゴ、サッバーン! ゴキ! ゴキ! バキ! バギ!


 強化された放水攻撃の威力は凄まじい。

 橋の上の子鬼ゴブリンを左右から攻撃。

 吹き飛ばし、首や全身の骨を、次々とへし折っていく。


「「「ウォオオ!」」」


 更に反転した歩兵部隊が地上戦をしかけていく。


 三方向からの激しい攻撃を受けて、橋の上の子鬼ゴブリンは次々を果てていく。


『『『ゴブブブブゥウ!』』』


 だが子鬼ゴブリンは怯むことはない。味方の死体を踏みつけながら、更に橋の上を突撃してくる。


「放水攻撃、撃てぇ!」


 だが、これも俺たちの想定内。

 また左右からの放水攻撃が開始。


 ――――ゴ、サッバーン! ゴキ! ゴキ! バキ! バギ!


 一方的に殺戮していく。


『『『ゴブブブブゥウ!』』』


 だが数で圧倒的に勝る子鬼ゴブリンは、愚かな知能のモンスターは退くこと知らない。

 仲間の屍を乗り越えて、更に攻めこんでくる。


 ――――ゴ、サッバーン! ゴキ! ゴキ! バキ! バギ!


 そんな相手の愚かな行為を、俺は安全な場所から観察していた。


「今のところ、作戦は順調だな」


 今回は『適度に攻撃と後退を繰り返し、相手の闘争本能を刺激。陣地内に誘い込んで、有利な射程で一方的に殲滅していく』作戦だ。


 今のところ怖いほど見事に策がはなっている。


子鬼ゴブリンは無駄に知能があることが、裏目に出ているな」


 こちらが前進と後退を繰り返しているため、相手は優生だと勘違い。仲間の死体を乗り越えて、無駄に追撃してくるのだ。


 もしも相手が野生の獣の集団なら、すぐに危機を察知して撤退。

 放水攻撃の射程内には、絶対に入ってこないだろう。


「詩織。次は、あの少し大きな個体を狙え」


「はい……はっ!」


 詩織は開幕から、強化洋弓ハイパーボウで攻撃していた。

 俺の指示に従い、小隊長の子鬼ゴブリンを何匹もしとめていたのだ。


(こうした状況だと、強化洋弓ハイパーボウは強力だな)


 弓は乱戦では味方に当たる危険性がある。

 だが今回のようにバリケードを使った防衛戦では、一方的に相手を射ることが可能なのだ。


 そんな時、観察していた俺に向かって、隣の大男が声をかけてくる。


「おい、沖田! 今すぐ俺たちも突撃しようぜ⁉」


 リョウマが興奮するのも無理はない。


 今のところ戦況は圧倒的に有利。

 子鬼ゴブリンも百匹近く倒しているのも関わらず、こちらの人的な損害はゼロに等しいのだ。


「今、俺たちが加勢したら、一気に形勢が決まるぞ⁉」


 リョウマと俺の戦闘能力は、浄水センター組の中でも飛びぬけている。

 俺たち二人が加勢するだけで、前線の歩兵部隊は更に有利になるのだ。


「いや、待て。“相手”の動きを待つ」


「“相手”だと?」


 この子鬼ゴブリン軍の中に、“指揮官”がいるのは確実。

 今のところ姿を見せていないのは、こちらの状況を探っているのだろう。


「ああ、そろそろ痺れを切らして、相手が動くはずだ。俺たちはソレを討つ」


 遊撃隊の真の目的は、相手の指揮官を狩ることなのだ。


 ――――その時だ。


 ……ドォ――――ン!


 ゲート付近に衝撃音が響き渡る。


 交通事故のような金属の衝撃音だ。


「――――っ⁉ ポンプ車が⁉」


 状況を確認してリョウマが叫ぶ。

 放水攻撃をしていたポンプ車が、何者かの攻撃を受けて、音を立てて横転したのだ。


「みんなは……無事か⁉」


 リョウマは安堵の息を吐く。


 放水攻撃をしていた消防隊員は、何とか下敷きになっていない。

 だが横転したポンプ車はもう使えない状況だ。


「今のは、いったい何の攻撃だ⁉ ――――っ⁉ 廃車だと⁉」


 状況を確認して、リョウマが言葉を失うのも無理はない。

 

 “廃車”の投擲攻撃を喰らい、ポンプ車は横転したのだ。


「――――っ⁉ な、なんだ、あの野郎は……」


 ポンプ車の対岸に“投擲者”を発見し、リョウマは言葉を更に失う。


 何故なら巨大な異形が、いつの間にか出現していたのだ。


「アイツが……今回の指揮官か」


 俺も場所を移動して、目視で確認する。


「前回よりも、でかいな」


 大鬼オーガ・ゴブリンに顔や体型は似ているが、身体は更に大きい。

 全長5メートル近くある巨大なモンスターだ。


 アルマジロのような硬皮で全身が包まれ、長い尻尾もある

 名付けるとしたら“地竜鬼ベヒモス・ゴブリン”だろう。


「アイツが今回の元凶か」


 こうして前回よりも更に危険な特殊個体、巨大な地竜鬼ベヒモス・ゴブリンが出現するのであった。

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