第47話:SOSの受信

 散弾猟銃の強化と性能テストが終了。

 夕方前に降魔医院に帰還する。


「おかえりなさい、レンジさん」


 病院の廊下で軍服ロシア人の大男。一応は事務員職のピョードルに遭遇する。


 今日の美鈴の仕事の補佐も、ちょうど終わったところなのだろう。


「ちょうどいい所で会ったな。実は護身武器を手に入れてきた」


 俺は抱えていた銃ケースを開ける。

 中にある銃、強化していない方の散弾猟銃を見せる。


「狩猟用の散弾銃ですか? よく見つけてきましたね?」


 この崩壊した世界で銃の価値は高い。

 散弾猟銃の価値の高さに、元傭兵であるピョードルは気が付いていた。


「使うなら、これをやる」


「……いいのですか、こんな貴重な物を?」


「ああ。気にするな」


「なにか、ある……ということですか、レンジさん?」


 ピョードルはこちらの腹を探ってくる。

 何しろ俺が今まで善意で行動してきたことはない。

 前から付き合いがあるこのロシア人は、俺は何かの対価を要求してくると思っているのだ。


「対価は特に要求しない。しいて言えば、今後もこの医院を維持しておけ」


 外界と閉ざされた今、俺にとってこの医院の利用価値は高い。

 医療機関と研究機関として、これ以上の場所はないからだ。


 だが有効な場所ほど、暴徒には狙われやすい。

 そのため貴重な散弾猟銃を譲渡して、防衛力を強化するつもりだ。


「なるほど……そういうことでしたか。分かりました、防衛用に使わせてもらいます」


 傭兵として戦闘経験が豊富なピョードルは、俺の意図を理解してくれた。

 これなら有効につかってくれるだろう。


「これで一式だ」


 俺はガンケースごと銃を渡す。

 リュックサック中のバードショット弾とバックショット弾も、多めに渡しておく。


「散弾もこんなに。よく手に入りましたね?」


「市内の銃砲店に運よく残っていた。他の散弾猟銃とライフルは火事で焼けていた」


 俺が【収納】で持つ強化散弾猟銃と無数の弾薬のことは、ピョードルには言わないでおく。


 この崩壊した世界では誰も、たとえ家族でも信用してはいけないのだ。


「あの銃砲店が火事ですか。暴徒が猟銃を入手している可能性は?」


「暴徒も多少の銃火器を手にしている、そう考えた方が利口だ」


 日本国内で銃火器があるのは、大きく分けて三パターンしかない。


 鹿田店のような銃砲店と、顧客であるハンターの自宅銃金庫の中。


 交番の警察官の拳銃と、本署の銃倉庫。


 最後は自衛隊基地と米軍基地の中だ。


 あと反社会的組織が所有しているかもしれないが、この街では数はあまり多くはない。


 これらの銃がある各所。

 常に厳重な保管体制が敷かれているが、この無政府状態では何が起きるか想定もできない。


 だから暴徒が銃で武装している可能性もあるのだ。


「なるほど、たしかにそうですね。とにかくこうした状況だと、銃火器をある方がアドバンテージは高いですね」


「そうだな。上手く運用してくれ」


 散弾銃を正確に命中させるには、ある程度の訓練が必要になる。


 だが元傭兵なピョードルなら、ショットガンの扱いもお手のもの。

 降魔医院の防衛に有効に使ってくれるだろう。


「かしこまりました。もしもよかったら妻……涼子の方に使わせてもいいですか」


「涼子の方だと?」


「はい。こうしたショットガンの扱いは、彼女が上手いです」


 実はセルゲイ夫妻は、涼子も元は外国の傭兵だ。


 ピョートルの説明によると、現役時代の涼子は室内戦とショットガンの達人。

 彼はナイフ戦や肉弾戦、爆発物が得意分野だという。


 そのため彼女に散弾猟銃を持たせ方が、降魔医院の総合力は上がると説明してきた。


「俺はどっちが使ってもいい。だがメイド服のショットガン使いか……面白いものだな」


「はい、戦場での彼女は最高に美しいです! これを振り回す彼女が、今から楽しみです!」


 今はメイドと事務員という形だが、セルゲイ夫妻はどちらも戦闘狂なところがある。

 散弾猟銃を眺めながら、ピョードルも光悦な表情を浮べている。


 これなら数十人の暴徒相手にも怖くないだろう。


「美鈴には、俺から言っておく」


 こうしてセルゲイ夫妻に散弾猟銃を譲渡し、俺は部屋に戻るのであった。


 ◇


 夕食の時間になる。

 俺は三階のダイニングに向かう。


「おう。レンジ、さぁ、一緒に食おうではないか」


 無駄に大きなテーブルで、美鈴と二人で夕食タイムとなる。

 メイド服の詩織は、涼子の手伝いで給仕をしていた。


「うむ。相変わらず美味いな」


 ミニコース形式の夕食に舌鼓をうっていく。

 食材は質素だが、スーパーメイド涼子は料理の腕もプロ級。


 まるでここだけ異世界のような晩餐会だ。


 そんな時、一緒に食事をしている美鈴が口を開く。


「そういえばレンジ。先ほど無線を受信したぞ」


「無線だと?」


 今この街では電波障害が起きている。

 遠距離は無線で不通の状況。仕えるのは近距離か中距離しかない。


 いったいどからの発信だろうか?


「電場状況が悪いから、あまりよく聞こえなかったが、相手は浄水センターにいるらしい」


「浄水センターだと?」


 浄水センターは市内最大の浄水場。

 この西地区の少し外れた地区にある。

 河川の水を浄化し、市民に水道水を送り出していた大規模な施設だ。


「無線の内容はなんだ?」


「うむ、よく聞き取れなかったが、何から切羽詰まった感じ、SOS救助要請だったな、あれは?」


「SOSか」


 この崩壊した世界では、ほとんどの避難民が切迫。食料や燃料、水不足で陥っている。


 だから浄水センターにいる避難民も、SOSを無差別に発信したのだろう。


「ちなみに発信者は職員ではなかった。消防局の隊員だと名乗っていたぞ」


「消防隊員だと?」


 この街の消防本部は浄化センターに近い場所にある。

 おそらく子鬼ゴブリンの襲撃でも受けて、消防本部から避難していったのだろう。

 可能性としては十分ありえる。


「ああ。名前はたしか佐々木……リョウマ、と名乗っていたな、ソイツは?」


 美鈴がその人物の名前を口にした瞬間だった。


「――――っ⁉」


 メイド服で控えていた詩織が声を上げる。

 ハッとした表情になる。


「み、美鈴先生!」


 そして彼女は駆け寄る。かなり焦った顔だ。


「先生、その人はレスキュー隊員だと、名乗っていませんでした⁉」


「ん? ああ、そうだな。たしかにレスキュー隊員の佐々木リョウマだと、名乗っていたな。知り合いなのか?」


「は、はい! もしかしたら従兄弟……間違いなく従兄弟のリョウマお兄ちゃんです、その人は!」


 詩織は説明する。

 父方の従兄弟が市のレスキュー隊員だと。

 年が十歳近く離れていたが、幼い時から実の兄のように仲良かった人物だという。


「リョウマお兄ちゃんが……生きていた……良かった……」


 まさかの朗報を耳にして、詩織はほっとした顔になる。


 何しろ彼女は両親を失って、肉親は妹のアザスしかいない状況だった。

 従姉弟とはいえ親戚が生きていた。本当に吉報だったのだろう。


 だがそんな詩織に俺は苦言をいう。


「安心するのはまだ早い。今回のSOS信号はかなり危険だ」


「えっ……どういう意味ですか、沖田さん?」


「よく考えれば分かることだ。消防隊員が切羽詰まっている……つまり浄化センターはかなり危険な状況にある、ということだ」


 消防隊員は災害のエキスパート。

 日ごろから厳しい訓練と過酷な火災現場で、一般市民とは比べものならないタフネスさを有する集団。


 そんな彼らがプライドを捨てて、無差別にSOSを発進しているのだ。

 かなり危険な状況に陥っているのだろう。


「そ、そんな……せっかく生きている、って分かったのに……あのリョウマお兄ちゃんまで……」


 先ほどまでの明るい顔から一変。どん底の暗い顔に詩織は陥る。


「――――っ⁉ お、沖田さんなら、なんとか助けることはできるんじゃないですか⁉ だって、沖田さんはあんなに強いじゃないですか⁉」


 藁にもすがりたいのだろう。

 自分の従兄弟を助けて欲しいと、なりふり構わず詩織は懇願してくる。


「諦めろ。レスキュー隊でも危険なら、俺でもかなり難しい」


 相手が子鬼ゴブリンの集団なら、何とかなるかもしれない。

 だが大鬼オーガ・ゴブリンクラスの特殊個体は、まだいる可能性は高い。


 何の情報もなく浄化センターに向かうのは、俺ですら自殺行為に等しいのだ。


「そ、そんな…………」


 従兄弟が陥っている危険な状況を理解。詩織は呆然とした顔になる。


「両人とも、この件は保留にしておけ。追加情報があったら、アタシも報告する」


 医院の主である美鈴の言葉で、こうして夕食会は終了となる。

 俺も席を立ち部屋を出ていく。


「……そんな……」


 だが一人残された詩織は、ダイニングルームで呆然としていた。


 ◇


 それから時間が経つ。


 夜の19時になる。


「さて、そろそろ寝る準備をするか」


 明日も西地区の調査で、朝は早い。

 身支度をして、ベッドの上に腰を下ろす。


「ん?」


 だが部屋の入り口前に、誰かの気配を察知する。


「沖田さん、起きていますか?」


「ああ。入れ」


 部屋に訊ねてきたのは詩織だった。


 ……ギイ……


 扉を開けた先に立つ格好は、先ほどと同じメイド服のまま。

 何か深く思いつめた表情をしている。


 これは前にも一度だけ見た表情だ。


「どうした? 何か用か?」


「話があって、きました」


 詩織の表情は険しい。


 時間が惜しいから、俺はストレートに真意を確認してみる。


「どんな話だ?」


「はい。沖田さんと“交渉”をしにきました」


「交渉だと?」


「はい。私、浄化センターに行きたいです」


 彼女は夕食のことを、ずっと考えていたのだろう。

 考え抜いて、この答えを出してきたのだ。


「俺に連れていって欲しいのか?」


 それなら前の真美のホームセンターと、同じような内容だ。


「いえ、違います。私が浄化センターに行けるために……技術と知識を教えてください」


「なるほど。そうきたか」


 たしかに俺は比較的サバイバル技術が高い。彼女に教えるのも不可能ではない。


「だが、どうして俺に? ピョードルでもいいのではないか?」


 ピョードルは元傭兵でサバイバルも高い。今回の選択肢にも入るはずだ。


「いえ。ピョードルさんには妻の涼子さんがいます。ですから彼には私は“対価”を払えません」


「ほほう。そういうことか」


 今の詩織に何もない。

 あるとしたら若い女性である“身体”しかないのだ。


「だが技術と知識を教える……今回は高いぞ」


「……はい、覚悟はしています」


 こうしてメイド姿の乙女な女子高生の詩織と、交渉をするのであった。

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