第52話:寄り道
詩織への二日間のレクチャーは無事に終わる。
三日目の今日は、実戦での訓練。
浄水センターへの偵察を行う。
朝食を終えた後、医院一階の待合室に移動する。
「準備はできているようだな?」
「はい」
待ち合わせていた詩織は、外出の準備を終えていた。
格好はいつものようにメイド服で、弓矢を装備している。
だが昨日までは違う点もある。
メイド服とお揃いの色の袋に、弓矢は入っていたのだ。
「どうした、それは?」
「涼子さんからプレゼントされました。隠密性を高めるため、だと言われました」
コンパクトタイプとはいえ
特に生存者が見たら、詩織のことを武器保持者だと警戒してしまう。
だが、こうして専用の袋に入って担いでいたら、武器には見えない。
元傭兵な涼子ならではのプレゼントなのだろう。
「そうか。そういえば妹には、ちゃんと挨拶はしてきたのか?」
妹アズサはすでに意識を回復していた。
動き回ることは可能になっていたが、本調子になるにはあと数日かかる状況。
「はい。すぐに帰ってくると伝えておきました。アズサのためにも、リョウマお兄ちゃんの無事も、確認したいです」
今回はあくまでも偵察の訓練。
だが大事な妹のために、詩織は秘めた覚悟を決めていた。
「今日はあくまでも偵察だ。それを忘れるな」
「はい……分かっています」
詩織は了承しているが、内心では浄化センターに行きたいのだろう。
だが“その時”が来ても俺は、彼女の行動を止めるつもりはない。
個人の強い覚悟と行動は、誰も止める権利はないからだ。
「さて、いくぞ」
医院駐車場に止めていた四駆車、強化ジムニーに二人で乗り込んでいく。
「まずは近くまで車で移動するぞ」
車を発進させて、西地区を移動していく。
まだ、朝早い時間帯なので、
運転しながら周囲も警戒していく。
「浄水センターに行く前に、ちょっと寄り道をしていくぞ」
「寄り道、ですか?」
「俺のマンションに立ち寄る」
◇
自分のマンションに到着する。
周囲には危険がないのを確認してから、詩織と非常階段を登っていく。
「ここが沖田さんの……けっこう近い所に住んでいたんですね?」
「そうだな。同じコンビニを使っていたくらいだかな」
佐々木家と俺の住まいは近い。
だからコンビニに調達に出た詩織と、俺は遭遇したのだ。
「何か忘れ物でも取りに来たんですか?」
「いや……野暮用だ」
今回、戻って来たのは、真美に一声かけるため。
数日前に突然、別行動になったから、現状を伝えておくのだ。
彼女の部屋を訪ねていく。
「ん? 留守……か?」
真美は部屋にいなかった。だが少し前まで、人がいた気配はある。
「俺宛ての置き手紙? なるほど、外出しているのか、アイツは」
テーブルの上の置き手紙は、俺に宛てたもの
それによると今、真美は午前の調達に出ている最中らしい。
おそらく俺とすれ違いになっていいように、外出の際は毎回、こうして置き手紙を書いていっているのだろう。
「アイツが積極的に一人で野外調達……か。たくましくなったものだな」
以前の真美はマンション内でしか調達ができなかった。
だがホームセンターでの経験を経て、精神的にもタフになっていたのだ。
あと強化BB弾のサリバーガンで武装しているので、護身できる力もある。
この分なら、もう少し一人でいても、真美は何とかなるだろう。
「アイツも頑張っているな」
弟子的な真美の成長に、何故か嬉しくなってしまう。面白いものだ。
(とりあえず、受信用の機器を置いていくか)
リュックサックから小型の無線機を取り出す。
手紙を書いて、テーブルに上の一緒に置いておく。
(これで今後は、俺から連絡は出来るかもしれないな)
これはホームセンターで入手しておいた小型の無線機。
本来は短距離でしか使えないが、俺が《機能強化〈小〉》を付与していたモノ。そのため、そこそこの中距離通信もできるはずだ。
(西地区と東地区だと、俺からの一方通行の通信になるかもな)
実験の結果、付与者である俺が使うと、無線機は強力な電波を発していた。
そのため真美から発信はしにくい距離でも、俺から一方的に発信することは可能なのだ。
「さて、用事は終わった。浄水センターに向かうぞ」
「はい……」
真美の部屋を黙って見ていた詩織と再度、車に乗り込む。
今度こそ向かうのは浄水センターだ。
周囲を警戒しながら市内を移動していく。
「……さっきの部屋の人は、女の人ですよね? 沖田さんとはどういう関係の人なんですか?」
静かに助手席に座っていた詩織は、急に口を開く。内容は真美と俺の関係性についてだ。
「関係だと? 客で取引相手、の関係だ」
俺と真美は、あくまでもビジネス的な関係でしかない。
最近の真美が『相棒なんだから、私にも任せてよ、レンジ!』と言ってくるのも、あいつの勘違いなのだ。
「“客で取引相手”……ですか。つまり私以外にも、沢山の女性に将来の“種の保存”を強要して、対価を渡している、ってことですか?」
詩織はいつもの冷たい顔になる。かなり軽蔑を含めて厳しい口調だ。
「たくさんではない。今のところお前とアイツだけだ」
“客で取引相手”なのは真美と詩織の二人だけだ。
「そうですか……二人だけですか。でも、沖田さんぐらい強ければ、もっと多くの女の人と、“客で取引相手”できますよね? どうして、二人だけなんですか?」
詩織の指摘は正しい。
俺がその気になれば、ホームセンターの女衆たちや、他の避難民も、提案することは可能だったのだ。
「俺にも趣味はあるからな。お前とソイツが、たまたま興に合っただけだ」
俺が興味をかきたてられるのは、女性の容姿や肉体的な要因だけはない。
今のところ真美と詩織だけが、女として将来性があっただけなのだ。
「……そうですか。私とその人だけが、特別なんですね」
そう確認して、何故か詩織は少しだけ機嫌が良くなる。
だから俺は間違いを指摘する。
「お前は別に“特別では”ない。勘違いするな。今の若いだけで、何もないお前は、普通以下なんだぞ」
「――――っ⁉ そ、そんなのは、分かっています。あと、このさい沖田さんに、言っておきたいこともあります! アナタは本当にデリカシーがないと思います!」
今日の詩織は精神的な距離が近い。
だが、これには大きな理由がある、
ここ数日、俺は詩織を精神的な支配下に置いている。
そのため冷徹だと言いながらも、俺に対して精神的な慣れが出てきたのだ。
(ストックホルム症候群の一種だな)
ストックホルム症候とは、人質として監禁された人が、恐怖と生存本能に基づく自己欺瞞的心理操作から、犯人に好意を抱いてしまう現象だ。
今回、詩織は俺に不満や憎しみを感じつつも、二週間は絶対的な支配下にある。
そのため見捨てられたらどうしよう、という恐怖心が芽生えてしまう。
そこで無意識に俺に対して感情が芽生えているのだ。
つまり恋愛感情は無くても、女は情が湧いてしまう錯覚があるのだ。
「この際だから、言っておく。あまり俺に馴れ馴れしくするな。お前とは客と依頼人、契約者と師事役、の関係だけだ」
だから助手席で浮かれている詩織に、俺は釘を刺す。
脳内麻薬による錯覚で、大事な本質を見失うと。
「――――っ⁉ そ、そんなのは分かっていますから。そ、どういうところが沖田さんは、本当にデリカシーがないんですよ……」
指摘されて、何故か詩織は複雑な表情をしている。
これも脳内麻薬と錯覚で、感情が混乱しているのだろう。あまり気にしないでおく。
そんなことを話しながら浄化センターに向かっていく。
「少し揺れるぞ。舌をかむなよ」
「え? ――――っきゃっ⁉」
瓦礫を乗り越えた時、ジムニーが大きく揺れる。
予想していなかった詩織は悲鳴を上げる。
「こ、怖かったです……それにしても、この車、乗り心地はあまり良くないですね。ウチにあった車とは違います……」
シートベルトを着用しているが、車体はジェットコースターのように揺れる。
詩織は悲鳴を上げて、愚痴を言ってきた。
「お前の家の車は、高級セダンタイプだからな。だが車で移動できるだけで、今は贅沢だ。このぐらいは我慢しろ」
高級取りの佐々木部長は、車に金をかけていた。ジムニーとは乗り心地は比べ物ならないのだ。
「ん? え……どうして沖田さん、知っているんですか? うちの車の車種のことを?」
“赤の他人である俺が、何故か佐々木家の内情を知っていた”
そのことに気が付き、詩織は急に鋭い指摘をしてきた。
「車検中だから、家には無かったパパの車のことを、沖田さんは、どうして知っていたんですか?」
こうして佐々木家と俺の関係を、詩織に勘付かれてようとしていた。
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