第53話:過去と今の関係

「ん? え……どうして沖田さん、知っているんですか? うちの車の車種のことを?」


 “赤の他人である俺が、何故か佐々木家の内情を知っていた”

 そのことに気が付き、詩織は急に鋭い指摘をしてきた。


「車検中だから、家には無かったパパの車のことを……?」


 怪訝な顔で、俺の横顔を見てくる。


「酔っぱらったお前の父親を……佐々木部長を、俺は何回か送り届けたことがある。だから車種は知っている」


 仕方がないので事実を答えてやる。

 面倒だったから、今まで話してこなかった関係について話す。


「――――っ⁉ え……それって……沖田さんが、お父さんと同じ会社で働いていた、っていうことですか⁉」


「そういうことだ」


「どうして今まで教えてくれなかったんですか⁉ 私に嘘をついていたんですか⁉ 酷いです⁉」


 まさかの関係性を知って、詩織は声を荒げる。俺に嘘をつかれたと、勘違いしているのだろう。


「嘘はついていない。今まで聞かれてなかったからな。あと、わざわざ教える必要がなかったからだ。こうして教えても、何もないだろう?」


 この崩壊した世界では、元の会社名や役職など、なんの役にも立たない。

 だから佐々木家の関係性を、俺は黙っていたのだ。


「そ、それは、そうですけど……沖田さんが……うちに来たことがあったなんて……」


 関係がないと言われて、詩織は少しだけ寂しそうになる。


「……あと一つ、聞いていいですか?」


「なんだ」


「私が中学三年生の春の頃……二年前くらいに沖田さんは、酔った私の父を送ってきた後に、猫を埋葬していませんでしたか? 私の家の前で死んでいた猫を……」


 詩織は神妙な顔で質問してきた。内容は二年前の夜についてだ。


「お前の家の前で、猫を埋葬、だと? そういえば一度だけあったな」


 酔いつぶれた部長を玄関まで送った後、車でひかれた子猫の遺体があった。


 気がついた俺は手で掴んで、近くの街路樹の脇に埋めてやったことがある。

 ちょうど詩織の部屋から見えていた場所で、彼女に目撃をされていたのだろう。


 だがそんな昔のことを、詩織はどうして覚えているのだろうか?


「あの時、私……ちょっと感動して見ていたんです。あんな血だらけの死体を、自分の服が汚れるのも構わず、埋葬している、優しい人がいたって……」


 夜中だったため、俺の顔はちゃんと見えていなかったのだろう。

 だが背格好が似ていたので、同じ会社だと聞いて、詩織は質問してきたのだ。


「沖田さんは、あんなに優しい人なのに……あんなに素敵な人だったのに……」


 おそらく中学三年で多感だった詩織は、あの時の俺の後ろ姿に、夢や憧れを持っていたのだろう。


「どうして私だけに厳しいんですか……?」


 だが実際に顔を合わせてみた沖田レンジは、別人のように冷酷な男だった。

 サバイバル技術のレクチャー代として、二週間のも奴隷的な従属を要求してきたのだ。


「私だけに対価、対価って……あの時お沖田さんとは、まるで別人のようです……」


 自分の中のイメージを実際の人物像。

 その大きすぎるギャップに、詩織は勝手に混乱している。


 だから俺は間違いを指摘する。


「別にお前だけに厳しくはない。俺は誰に対しても平等に接する。あと世界が崩壊する前も、今も俺は俺だ。理解しろとは言わないが、慣れた方がいい」


「……そうですね。勝手に夢見ていた私が愚かでした。もう沖田さんには、夢も期待に何も持たないようにします」


 詩織はため息をつきながら、気持ちを切り替えていた。

 俺とのレクチャーを経験をして、精神的にもタフになっていたのだろう。


「いい心がけだ。その意気で誰も信じず、何にも期待するな。ひたすら現実を観察し、試行して行動していけ」


 この詩織の変化は、サバイバル活動において悪いことではない。

 “失敗は成功の基”の言葉のように、彼女も精神的に成長してきたのだ。


「沖田さんの言っていることは、だいたい正しいと思います……」


 詩織は潔癖症で俺のことを毛嫌いしているが、愚か者ではない。

 俺が伝えたサバイバル活動の思考を、ちゃんと心に受け止めている。


「でも……言葉がキツイというか、本当に屁理屈屋で、デリカシーが欠けすぎです!」


 だが詩織は普段は精神的にSな部分がある。

 あと“実は父親の部下だった”と俺との新しい接点を知り、詩織は今まで以上に辛口になってきた。


「それじゃ、絶対に女性にモテないタイプだと思います。彼女とかもいなかったんですよね?」


 そのためマウントを取るように交際相手の人数を尋ねてきた。


 面倒だが、仕方がないから答えてやる。


「『彼女がいなかった』だと? お前が思うようなガールフレンドは、俺は今まで十人はいたぞ」


「――――っ⁉ え、え、十人ともお付き合い⁉ ど、どうせ、沖田さんから強引に告白したんでしょう?」


 まさかの答えだったのだろう。詩織は目を見開き驚いていた。

 だが認めるのは嫌なのだろう。更に指摘をしてくる。


「いや、全部、女性側から告白された。断る理由がない相手の時は、付き合うようにしていた」


「そ、そんな……もしかして沖田さん、モテモテだったんですか……そんな、こんな冷徹な人が、どうして……」


 馬鹿にするつもりが、予想外の人数だったのだろう。

 論破されたように詩織は黙り込む。


 これで少しは大人しくなってくれたらいいのだが。


「ん? 見えてきたぞ」


 そんな無駄話をしている、進行方向に大きな建物が見えてきた。


「えっ……もしかして、あれが……?」


「ああ、浄化センターの管理棟だ。ここからは徒歩でいくぞ」


「は、はい。分かりました」


 論破されておかしくなっていたが、詩織は気持ちを切り替えていた。

 今までの俺のトレーニングが効いているのだろう。


 この分なら偵察も支障はなさそうだ。


「俺についてこい」

「はい……」


 俺たちは車を隠して、浄水センターに徒歩で接近していく。


 しばらくして浄水センターの全容が見えてくる。


「あれは……子鬼ゴブリンか」


 浄水センターは子鬼ゴブリンの大軍によって包囲されていた。

 だが戦闘が起こっている様子はない。


 子鬼ゴブリンの群れは遠巻きに、浄水センターを包囲しているだけなのだ。


「なるほど、“兵糧攻め”にあっているのか。これは厳しいな」


 こうして浄化センターの陥っている大きな危機を、俺は目視で把握するのであった。


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