第51話:強大な力の怖さ

 二人で西地区を移動していく。

 向かう先は、近くの子鬼ゴブリンの巣だ。


 とある倉庫近くに到着。

 見晴らしのいいマンションのベランダに、二人で立つ。


「……あそこの倉庫だ。見張りが見えるか?」


 倉庫の入り口の日陰に、二匹の子鬼ゴブリンが立っていた。


 連中は午前の十一時から午後二時まで、巣穴に引っ込んでいる。

 だが入口には見張りを配置する習慣があるのだ。


「はい、見えます。日陰に二匹」


 弓道部だった詩織は、視力も悪くない。

 遠くに見える子鬼ゴブリンを、ちゃんと認識できていた。


「それなら右側を仕留めろ。狙うは胸だ」


「分かりました。ふう……」


 深呼吸しながら、詩織は弓矢を構える。

 午前中よりも洋弓の構えが、何倍も板についていた。


「……はっ!」


 気合の声と共に矢を放つ。


 ――――シュッ!


 高速で発射された金属製の矢は、空気を斬り裂き真っ直ぐ飛んでいく。


 ――――グッ、バシャ!


 見事に的に、子鬼ゴブリンに命中。

 肉と骨を貫通して、胸に風穴を開けていた。


『ゴ、ブブ…………』


 射られた子鬼ゴブリンは、そのまま絶命する。

 長距離射程からの狙撃、自分が死んだことも気が付いていない。


「や、やりましたよ、沖田さん⁉」


 初めて狩りを成功させ、詩織は声を上げる。

 恐怖心や罪悪感よりも、高揚心の方が高まっているのだ。


「油断するな。すぐに左も狙え」


「あっ、はい! ふう……はっ!」


 気合の声と共に、すぐに二の矢を放つ。


 ――――シュッ!


 高速で発射された金属製の矢は、空気を斬り裂き真っ直ぐ飛んでいく。


 ――――グッ、バシャ!


 また子鬼ゴブリンに命中。胸に風穴を開け即死させた。


「ま、また、できました!」


「油断するな。中から次々と出てきたぞ。動きを予測して、連続して射っていけ」


 子鬼ゴブリンは知能が低いだめ、危険があっても外に出てくる。


「は、はい!」


 ――――シュッ!


 ――――グッ、バシャ!



 それを狙い、詩織は連続して子鬼ゴブリンを仕留めていく。


 外してしまった矢もあったが、全体的な命中度はかなり高い。


強化洋弓ハイパーボウは、あまり放物線を描かないから、やはり狙いやすいな)


 付与により矢の速度が強化。

 普通ではあり得ない速度で、詩織の矢は一直線に飛んでいく。


 そのため長距離からでも、詩織は簡単に命中させていたのだ。


(なるほど。こうした見通しのいい高台からの遠距離射撃だと、強化洋弓ハイパーボウかなり有効だな)


 もちろん接近戦では圧倒的に弱いが、使い方によっては最強の狩りの道具の一つ。


 さすが弓は古代から人類が使っている、強力な狩猟道具といったところだ。


 ――――シュッ!


 ――――グッ、バシャ!


 そんなことを考えている内にも、詩織は次々と子鬼ゴブリンを仕留めていた。


(かなり仕留めているな……ん?)


 詩織に視線を向けた時、俺は違和感に気がつく。

 彼女の様子がおかしくなっていたのだ。


「……死ね! ……死ね! お父さんとお母さんを殺した、お前たちなんて……一匹残らず殺してやる!」


 矢を放つ詩織は、狂気に染まっていたの。


 怒りと復讐心が命じるまま、子鬼ゴブリンを弄ぶように射殺していたのだ。


(こうなったか)


 彼女の両親は子鬼ゴブリンによって惨殺された。

 だから詩織も心の奥底で、ずっと燃え上がらせていたのだろう。


 ――――憎き子鬼ゴブリンを皆殺しにしてやりたい!


 強化洋弓ハイパーボウという強大な力を得て、彼女は狂気に飲み込まれてしまったのだ。


「……お前たちなんて……皆殺しにだ……苦しんで死ね……」


 このままだと詩織は元に戻れなくなる危険性もある。


(世話の焼ける奴だな)


 俺はリュックサックから、【収納袋】から2リッターのペットボトル飲み水を取り出す。

 剣鉈けんなたで上部分を切断。


 ――――ジャ、バ――――


 そのまま詩織の頭の上に、2リッターの水を一気にかけていく。


「――――っ⁉ きゃっぁ⁉」


 突然、背後から冷水をかけられ、詩織は飛び上がる。

 何が起きたか理解できないのだろう。


 周りをきょろきょろして、空のペットボトルを持つ俺の顔を見てきた。


「な、何をするんですか、沖田さん⁉」


 詩織は驚きつつ、かなり怒っていた。

 せっかく酔狂していた時間を邪魔されて、かなり興奮寸前だ。


「頭は冷えたか? 冷静に自分の状況を俯瞰ふかんで見れるか?」


「えっ……ど、どういう意味ですか、それは?」


「今のお前は『復讐心に魅入られた殺人鬼になっていた』という意味だ」


 だから俺は冷静に説明してやる。


「そ、そんな⁉ だって私は邪悪な子鬼ゴブリンを駆除するために……」


「それが復讐心だ。覚えておけ。こうして負の感情に支配されて弓矢を射れば、お前も同じだぞ。あの子鬼ゴブリンとな。そうだろう?」


「そ、それは……」


 ずばり指摘されて詩織は言葉を失う。

 水をかけられ頭を冷やした彼女は、気がついたのだ。


 自分が狂気と狂乱に支配されて、笑みを浮かべて矢を射っていたことを。


「覚えておけ。強すぎ武器は、人を狂わせる。だから大きな力を使う時は、いつもより心を強く持て。心を強くするには、誰かを守るために、大事な何かを守るために、全てに感謝しながら使うようにしろ」


 人は自分以外の者を守ろうとした時、冷静で行動できる。

 だから強大な力を使う時の極意を、詩織にも伝授してやる。


「誰かを……大事な何かを、守るために……感謝しながら……」


 詩織から怒りと狂気が消えていく。

 おそらく妹アズサのことを想っているのだろう。


「……わかりました。今後は気を付けます」


 詩織は真っ直ぐ奴だが、馬鹿ではない。

 俺のアドバイスを受け止めて、心に刻んでいた。

 これなら今後は大丈夫だろう。


「……でも、水をかけるは酷いと思います。もっと違う方法があったじゃないですか、沖田さん?」


 ずぶ濡れになった自分を見て、詩織は抗議してくる。


「“女を殴って正気に戻す方法”は、俺の趣味じゃない。我慢しておけ」


「……そうですか。でも本当は、水以外もあったんじゃないですか?」


「不服そうだな? もしもお前が“そっちの趣味”があるのなら、夜の行為の時にケツでも叩いてやるぞ?」


「そ、そんな趣味はありません! 本当に沖田さんは最低な人です! また少しでも良い人だったと思った私が、バカでした!」


 怒りなら詩織は背を向けてしまう。


 だがいつもの元気は取り戻している。

 これならこの後も狩りのレクチャーは継続できそうだ。


「それじゃ。次のレクチャーに移るぞ。覚悟しておけ」


「……はい。分かりました。でも、水はもうかけないでください」


「お前しだいだ。さあ、やるぞ」


 こうしてマンツーマンでのサバイバル技術の講義は、日が沈むまで続いていく。


 ◇


 レクチャーは翌日も続いていく。


 都市サバイバルでの基本と応用のテクニックと知識。


 あと戦闘時の攻撃と、退却の判断のタイミングについて。


 更に身を隠して耐え忍ぶ技術と、子鬼ゴブリンに強襲をしかける方法。


 かなり都市サバイバルに限定した内容だが、実践させながら教えていった。


 ◇


 そして約束の二日間はあっという間に終わる。


 俺たちは降魔医院に帰還する。


「教えた通り、シャワーの後は身体のケアと、復習を忘れるなよ」


「はい。分かりました」


 この二日間で、詩織もだいぶ素直になっていた。


 相変わらず生意気な口はきいてくるが、サバイバルの教官としては一応は認めているのだろう。


「あと、明日はレクチャーの仕上げをするぞ」


「“仕上げ”ですか?」


「今まで教えた技術を使って、浄化センターの偵察にいく」


「浄化センターに⁉ は、はい! 分かりました!」


 今までになく詩織は喜びを爆発させる。

 もしかしたら従兄弟リョウマに会えるかもしれない。かすかな希望に興奮しているのだ。


 だが俺は逆の感情だった。


(浄化センター……か。さて、どんな修羅場になっているのか)


 こうしてSOSが発信されていた浄化センターに、俺たちは向かうのであった。

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