第50話:新しい武器

 詩織へのサバイバル技術のレクチャーを開始する。


 降魔医院のある西地区を、二人で移動していく。


「ん? 随分と要領がいいな」


 移動しながら気がつく。

 後ろかついてくる詩織が、無難についてくる。


 都市サバイバルの基本を抑えながら、ちゃんと行動していたのだ。


「もしかして俺のやった本を、ちゃんと読んでいたのか?」


 一回目の佐々木邸の訪問時、俺は都市サバイバル本を譲渡していた。

 本に書かれている基本行動を、詩織は忠実に守っているのだ。


「はい、一応は……でも沖田さんのためではありません。自分とアズちゃんが生き残るために、覚えたんです」


「やはり、そうか。それにしても要領がいいな。もしかして頭はいいのか?」


 普通は本で読んだだけでは実践できない。応用力を含めて、詩織は頭が良い可能性がある。


「頭が良いかは分かりませんが、一応、学年ではトップでした」


 彼女の通っていた女子高生は、市内でも有数の進学校。その中で学年トップだと、かなり素の偏差値は高い。


 そのためサバイバル本の内容をほぼ暗記。知識として応用できていたのだ。


「それに、その動き。何か運動部に入っていたのか?」


 だが知識だけでは身体はついてこない。

 彼女は運動神経もなかなかのもの。

 おそらくは中高で運動部に所属している可能性もある。


「一応、小学生のときはクラシックバレエを。中高では弓道部に所属していました」


「バレエか。どうりで」


 優雅に見えてバレリーナの身体能力は高い。

 長時間躍る持久力と、連続してジャンプする全身のバネの力。

 まさにアスリートといっても過言ではないジャンル。


 だから詩織も知識を実戦でできているのだ。


 これなら後は“実戦”を積みながら、サバイバル技術を教えた方が順調だろう。


 俺は都市移動の基礎をレクチャーしながら、次のステップを考えていく。


「弓道部……か」


 午前の休憩時、よいアイデアが浮かんだ。

 背中の大型リュックサックから、【収納袋】から“ある道具”を取り出し、詩織に見せる


「それは……もしかして?」


「ああ。弓だ」


 俺が取り出したのは少し小型の洋弓。

 オリンピック競技みたいに、照準サイトやスタビライザーはついてないタイプ。

 専門用語では“ベアボウ”と呼ばれるシンプルな洋弓だ。


 これは俺が昔、使っていた狩猟用の遊び道具。

 自分の部屋に置いてあったものを、収納袋に入れておいたのだ。


「お前にやる。練習しろ」


「えっ? でも、洋弓はやったことがありません」


 弓道部の和弓と、アーチェリー型の洋弓は、似ているようで、大きく違う。

 だから詩織は戸惑っていた。


「安心しろ。体感的には洋弓の方が簡単だ。最初は違和感があるが、頑張って慣れろ」


 洋弓は真ん中の窪みに矢をつがえるため、初心者でも真っ直ぐに矢を放つことが可能。


 和弓経験者なら練習さえすれば、少しの練習で的に当てることができるはずだ。


「でも“弓を使う”っていうことは……」


「ああ。魔物を傷つけるためだ。それを含めて、サバイバル技術を会得したいんだろう?」


「……はい。分かりました。やってみます」


 覚悟を決め、詩織はベアボウを受け取る。

 腕と胸を守るアームガードとチェストガード。矢入れ筒と矢も渡しておく。


 詩織は弓道の要領で装備していく。


「これでいいですか?」


「ああ」


「随分と本格的ですね、これ?」


「狩猟用だから、実戦向きだ。よし、あの車の狙ってみろ」


 少し遠くにある放置自動車を、俺は指差す。

 和弓と洋弓の違いもあるので、最初はあれくらい大きな的がいいだろう。


「分かりました。とりあえず射ってみます。ふう……」


 深呼吸しながら、詩織は弓矢を構える。

 弓道歴が五年間もあるので、なかなかさまになった美しい構えだ。


「……はっ!」


 気合の声と共に矢を放つ。


 ――――シュッ!


 高速で発射された金属製の矢は、風音を発して飛んでいく。


 ――――スッ、ガシャ――――!


 見事に的に命中。

 金属音と共に、放置自動車の運転席のドアを貫通する。


「ふむ。一射目で命中か。なかなかやるな」


 おそらく弓道の腕も、詩織はなかなか高いのだろう。

 これなら問題ない。

 あとは子鬼ゴブリンに相手にトレーニングしていけば、実戦でも使いものになる。


「…………え……?」


 だが当人の詩織は絶句。

 何故かドアを貫通した穴を見て、唖然としていた。


「ど、どうしてドアを貫通したの⁉ 私、軽く射っただけなのに……」


 なるほど、そういうことか。


 普通、弓では車のドアを貫通できない。

 自分が何をしたか理解できずに、詩織は混乱していたのだ。


 仕方がないから説明してやる。


「そのベアボウは俺が“少しだけ”改造した弓。だから威力が高いのさ」


 これは嘘で方便。

 本当は【付与魔術】の【威力強化〈小〉】で、弓と矢の両方とも強化していたのだ。


 そのため相乗効果で、威力と強度が増大。

 女である詩織が軽く射っただけで、44マグナム弾以上の威力を発揮したのだ。


「改造の弓矢ですか? 専門外なのでよく分かりませんが、そういうことだったんですね」


 上手く詩織も騙せていた。

 これで強化した洋弓……強化洋弓ハイパーボウを使ってくれるだろう。


「でも、こんな凄い武器をくれて、いいんですか?」


「ああ、問題ない。こうした都市サバイバルでは、俺には合わないかなら」


 本来、この強化洋弓ハイパーボウは自分が使うように、前に強化しておいた。


 だが遮へい物多い都市サバイバル戦では、中距離武器の強化スリングショットの方が有効だった。

 スリングショットの方が連射力も高いからだ。

 更に俺は機動力も強化してあるので、結果として強化洋弓ハイパーボウは使わなくなっていたのだ。


「だがお前は接近戦に関しては素人。だから最初から接近戦は捨てて、その強化洋弓ハイパーボウで遠距離に徹しろ」


 今から詩織に近接戦闘を教えるのは、かなり無理がある。

 だから彼女の長所だけを伸ばすために、強化洋弓ハイパーボウを装備させたのだ。


「近距離を捨てて、遠距離攻撃に徹する。はい、理解しました」


 詩織は生き残るために、強くなりたがっている。

 俺の指示に素直に従い、強化洋弓ハイパーボウを使うことに応じる。


「それでは、もっと練習をしていくぞ」


 その後は放置自動車や他の小さな的を使い、詩織のトレーニングを開始していくのであった。


 ◇


 弓矢の射撃とサバイバル技術のトレーニングを開始して、数時間が経つ。

 いつの間にか午後なっていた。


「よし。当て勘の方は何とかなりそうだな」


 詩織の強化洋弓ハイパーボウの技術は、かなり向上していた。

 動かない的に対しては、有効射程内ではかなり命中度。

 威力を強化したお蔭で、比例して命中精度も強化されていたのだ。


「次は“狩り”に行くぞ」


「狩り、ですか? もしかして……」


「ああ。子鬼ゴブリン狩りだ。この世界では奴らを狩れないと、生き残れないからな」


「アイツらを……そうですね。分かりました」


 コンビニで殺されそうになった恐怖も、まだ詩織には残っているはず。

 だが詩織は臆することなく指示に従う。


「よし、移動するぞ。移動中も弓矢の使い方を意識しておけ」


「はい。分かりました」


 こうして強化洋弓ハイパーボウでの子鬼ゴブリン狩りに向かうのであった。

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