第49話:出発

 翌朝になる。


「……朝か」


 いつものように日の出前に起床。

 病院の周囲の安全を確認してから、三階の朝食会場へ向かう。


 いつものように美鈴と二人きりで、無駄に大きなテーブルで朝食タイムだ。


「……はい、食事です、沖田さん」


 メイド姿の詩織が、食事を配膳してくる。

 なぜか頬を膨らませて、どこか怒っているような雰囲気だ。


 だが元気だけはある。

 これなら今日のレクチャーも大丈夫だろう。


「そうだ、美鈴。この詩織を二、三日借りていく。レクチャーしたことがある」


 今の詩織の身柄は、治療の対価として美鈴が有している。

 食事をしながらレクチャーに関して報告をする。


「ああ、別に構わんよ。アタシはレンジに借りも多いし、彼女はキミが優先的に管理したまえ」


 美鈴は人や物に対する所有欲求は小さい。

 そのため詩織の今後の身柄は、俺が管理下にはいった。


「だが同志が彼女にレクチャーするということは、昨日の浄化センターの件かね?」


「ああ。明後日以降に、軽く偵察にも行く予定だ」


 浄化センターはこの街の上水道の要。

 今後の俺の拠点を探すために、どうしても確認しておきたい場所なのだ。


「危険はあるだろうね?」


「だろうな。だから偵察に行くだけだ」


「もしも特殊個体がいたら、ぜひ捕獲してきてくれ! 報酬は望みのまま与えるから!」


「だから偵察に行くだけだ。あまり期待はするな」


 大鬼オーガ・ゴブリンクラスの特殊個体を捕獲できたら、色んな解析が一気に進むだろう。


 だが、あのクラスの強敵は捕獲など不可能に近い。


「魔石は置いてから、解析は頼んだぞ」


「ああ、任せておきたまえ!」


 魔石の解析は順調に進んでいた。あと数日あればある程度は解明できるのだ。


 今のところ魔物をおびき寄せる危険もない。

 だから美鈴に預けて、俺はレクチャーと浄化センターの調査に費やすスケジュールにした。


「詩織、お前が朝食を済ませたら、出発するぞ。準備してから俺の部屋に来い」


「はい、分かりました。あの……でも……」


 何やら詩織は困った顔をしている。何か準備品で足りないものである様子だ。


「どうした?」


「実は服が、今はこれしか無いので……」


 ドラッグストアの暴徒に、詩織の外出着は引き裂かれていた。

 そのため今は美鈴から支給された、メイド姿と下着しかないのだ。


「美鈴、お前の服を……」

「アタシは動きにやすい服など、持っておらんぞ。お前も分かっているだろう?」


 そういえば美鈴は学制時代から、ニスカートしかはない女だった。

 サバイバル活動に適した服など持っていないのだ。


「それなら涼子の服を……」

「申し訳ございません、沖田さま。私も今はこのメイド服しか所有しておりません」


 メイド服は美鈴の趣味であり、従順な涼子も従っていた。

 そのため彼女はメイド服以外の私服を、すでに処分済みだという。


「ピョードルと俺の服だと、サイズが違いすぎる。まぁ、いい。そのメイド服のままでいくぞ」


「――――っ⁉ メ、メイド服のまま外出するんですか⁉」


 まさかの指示に。詩織は声を上げて抗議してくる。

 密閉された降魔医院の中ならまだしも、他の者がいる外ではメイド服を着たくないのだろう。


「こ、こんなフリフリした服で、サバイバル活動なんて無理です……」


「いや、それはお前の勘違いだ。メイド服は活動に向いている服なんだぞ」


 誤解をしている詩織に、説明をしてやる。


 メイド服とは元々、19世紀末のイギリスの家事使用人が着用していた作業着のこと。

 彼女たちは掃除や洗濯、時には庭手入れなどメイド服で行っていた。


 日本では可愛いコスプレ衣装のイメージがあるが、実はメイドは作業や運動に適した服装なのだ。


「そ、そう言われてみれば、たしかに動きやすいかも……」


 俺に指摘されて詩織は“目から鱗が落ちる”状態。

 ここ数日で動きやすかったメイド服の汎用性の高さに感心していた。


「理解したようだな。それならさっさと準備をしろ。時間は待ってくれないぞ」


「は、はい。わかりました」


 こうしてメイド姿の詩織と共に、俺はサバイバル技術のレクチャーを開始するのであった。

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