第72話:窮地

 人語を話す特殊個体が飛来、二対二の危険な状況となってしまう。


「てめぇ、よくもポンプ車を!」


 飛行タイプにリョウマは斬り込んでいく。


「おい、待て」


 大事な最後のポンプ車を破壊され、興奮しているのだろう。俺の制止を聞こえていない。


「うぉおお!」


『ふん。下等種め』


 だが飛行タイプは目にも止まらぬ速さで、リョウマの攻撃を回避。

 そのまま手に持つ三又の槍で、カウンター攻撃を返してくる。


「――――っ⁉ なっ⁉ うわぁああ!」


 強烈なカウンターを喰らい、リョウマは吹き飛んでいく。


 ――――ド、スン!


 吹き飛んでいくが、なんとか大戦斧でガードはしていた。


「くっ……アイツ、なんてスピードだ⁉」


 自分の必殺の一撃が回避され、リョウマは言葉を失っていた。

 新手は地竜鬼ベヒモス・ゴブリンとは比べものにならない回避速度だったのだ。


「あの羽付きは俺がやる。お前は、デカブツの相手をしろ」


「――――っ⁉ な、なんだと⁉」


 俺に『役立たず』と言われたと思ったのだろう。リョウマは顔を赤くして興奮する。


「俺ではデカブツに有効打を与えられない。お前のその攻撃力が必要だ」


「はっ⁉ そういうことか。それなら俺に任せておけ!」


 自分は頼られている。そう思い、単細胞のリョウマは機嫌を取り直す。


 大戦斧を構えて、再び地竜鬼ベヒモス・ゴブリンと向き合う。


 だが、これも俺の作戦。


(リョウマの戦闘スタイルだと、羽付きは相性が悪すぎる)


 何しろ飛行タイプの回避力は尋常ではない。

 パワータイプのリョウマとの相性の悪さを、俺は交代することで解消したのだ。


「さて、俺もやるか」


 登場以来、ずっと余裕の笑みを浮かべている羽付きと、俺は対峙する。


『ほほう? オガリスクの大戦斧を有した者ではなく、キサマのような雑魚が、“魔貴族デモンズ”であるガーバイル様と、戦うつもりなのか?』


 “オガリスク”とは前回の大鬼オーガ・ゴブリンの名前。

 この羽付きは“ガーバイル”というのだろう。


 先ほどの会話によると地竜鬼ベヒモス・ゴブリンは“レギオス”。

 あと“魔貴族デモンズ”は初めて聞くが、おそらくは階級や地位の呼称なのだろう。


「“魔貴族デモンズ”のガーバイル。それがお前の名か? 高い地位で子鬼ゴブリンを率いているようだが、お前の目的は何だ?」


 相手の能力は未知数。

 だから俺は駆け引きをしながら、相手を測っていく。


「この街の異常も、お前たちが原因か? どうして人間を襲う? なぜ包囲など回りくどいことをしている?」


 人語を話す特殊個体の対峙は、今回が初め。俺は質問を重ねて、相手の反応を見ていく。


『下等種などに話す口は、吾輩は有していない。だが温情として、一つだけ答えてやろう!』


 ガーバイルはかなり傲慢な性格。まるで貴族のように上から目線で答えてくる


『お前たち下等種は、何の価値もない種族。だが一つだけ“利用価値”があるのさ!』


「利用価値だと?」


『ああ。お前たち人間は、醜く恐怖し、絶望。同族同士で醜く争い、貴重な《混沌力》を生み出す存在。だからこの街で発生した《混沌力》を、我々が頂いてやっているのさ!』


 まるで高尚な演説のように、ガーバイルは語ってくる。

 内容は意味不明で、俺の質問の答えにはなっていない。


(《混沌力》……か)


 だがそんな中で一つけ収穫がある。

 コイツらの目的が《混沌力》という存在だったことだ。


『さて、温情はこれで終わりだ。《混沌力》を集めるために、更に恐怖で踊ってもらおうか、下等種ぅう!』


 ガーバイルはいきなり攻撃をしかけてきた。


 ――――シュン!


 先ほどと同じように、目にも止まらぬ高速移動をしてくる。


『死ね、下等種めぇえ!』


 次の瞬間、ガーバイルは俺の背後に立っていた。

 無防備な俺の背中に、鋭い三又槍を突き刺そうとする。


 ――――ガッ、キ――――ン!


 だが俺は即座に反応。

 腰から抜いた剣鉈けんなたで、攻撃を受け流す。


 そのままバックステップで安全な距離をとる。


『ほほう? このガーバイル様の動きに、下等種ごときが、ついてきただと?』


 まさか自分の高速攻撃が、防御されるとは思っていなかったのだろう。ガーバイルは不快感を露わにする。


「お前の動きは短調だ。だから読みやすい」


 たしかにガーバイルの動きは、人間には真似できない高速移動だ。


 だが瞬間移動やテレポートではなく、直線的に高速で移動しているに過ぎない。

 だから俺は先読みして、強化身体能力で反応できたのだ。


(厄介な相手だな、コイツは……)


 だが内心では俺は肝を冷やしていた。


 何故なら今の防御は、かなりギリギリのタイミング。

 ちょっとで気を抜くと、俺ですら致命傷を受けてしまう相手なのだ。


「“ただ速いだけ”なら、バカでもできる。そんな単調な動きしか出来ないのなら、あっちのレギオスとやら方が、何倍も強いぞ」


 だから俺はあえて挑発する。

 高慢でプライド高いガーバイルを、興奮させるのが目的だ。


『――――っ⁉ な、なんだと、キサマぁあ⁉ このガーバイル様を愚弄するつもりかぁあ⁉』


 傲慢な奴は、たいがいプライドも高い。

 俺の策にはまり、ガーバイルは激昂する。

 口調は荒くなり、感情を爆発させる。


『キママぁのような愚か者は、生きたまま手足を斬り落としてやる! 簡単に死ねと思うなよ、下等種めぇえ!』


「上等種族なのは口だけか? いいから早くかかってこい、蝙蝠野郎。いや、蝙蝠にも失礼かもな」


 俺は更に挑発していく。

 感情がある生物は興奮するほど、行動が単調になるからだ。


『――――っ⁉ 死ねぇ! この雑魚めぇえ!』


 こうして激昂したガーバイルとの一騎打ちが、幕を開けるのであった。


 ◇


 ガーバイルとの戦いは、予想以上に長引いていた。


『死ねぇ、下等種めぇえ!』


 ――――シャッ!


「はっ!」


 ――――シャッ!


 俺たちの戦闘スタイルは似ている。

 スピードと回避力に優れたタイプ。


 そのため互いの三又槍と剣鉈攻撃が、なかなか有効打にならないのだ。


『小虫のように逃げ回って、この下等種がぁあ!』


「お前の方が羽があるから、小虫だろうが」


『――――っ⁉ なんだ、キサマぁあ! 潰れろぉお!』


 だから俺は致命傷を避けつつ、更に挑発。相手の隙を狙っていく。


(コイツ、口だけじゃなく、強いな。だが『俺の攻撃を回避している』ということは、間違いなくダメージを与えられるはずだ)


 地竜鬼ベヒモス・ゴブリンレギオスとは違い、ガーバイルは俺の剣鉈攻撃を回避している。

 つまりコイツは速度特化タイプで、防御力はそれほど高くはないのだろう。


(これなら時間はかかるが、必ず攻略できるな。だが、時間……か)


 戦いながら周囲を確認していく。

 少し離れたところで、リョウマが地竜鬼ベヒモス・ゴブリンレギオスと戦っていた。


「死ねぇエ!」


 ――――ズッ、シャ――――!


 詩織の援護射撃のもある中。

 リョウマの大戦斧の攻撃は、レギオスに段々と有効打になっていた。


『ゴラァアアア!』

「――――っうっ⁉」


 だがパワータイプのリョウマは、俺のようには尻尾攻撃を完全に回避できない。

 カウンターで反撃も食らっていたのだ。


(俺が早く援護に行かないと、リョウマが先にダウンするな)


 今のリョウマでは残念ながら、レギオスは倒せない。耐久力の差で勝負が付いてしまうのだ。


 だから俺が早く援護に、目の前のガーバイルを倒す必要があるのだ。


(それに、ゲート前も、そろそろ限界だな)


 二台のポンプ車が破壊されたため、守備隊もかなりギリギリの状態になっている。

 まだ二百以上も残っている子鬼ゴブリンの大軍を、近接戦闘だけ迎撃していた。


 まだ死者は出ていない。

 だが俺とリョウマが駆けつけなければ、防衛戦が決壊してしまうのだ。


『……ほほう? 周りが気になるのか、キサマは?』


 戦いながら俺が他を心配していたことを、気がつかれたのだろう。

 対峙するガーバイルが、嬉しそうな笑みを浮かべている。


「お前の攻撃が単調だから、よそ見をしていただけだ」


 だから俺はあえて強気で答える。

 こうした場合は弱みを見せた方が、圧倒的に不利なのだ。


『くっくっく……それならいいいことを教えてやろう、キサマに』


 そう言いながらガーバイルは一旦、上空に退避していく。

 この口ぶり、何やら次の策があるのだろうか。


『このガーバイル様が配下も連れずに、一人で来たと思っていたのかね?』


「……なんだと」


 まさかの言葉に、俺は思わず反応してしまう。俺も想定してない“新たな危険”の気配がしたのだ。


『おや? ちょうど、追いついたようだが、“我がしもべ”たちが!』


 空中に退避していたガーバイルは、意味深に南に視線を向ける。


(あれは……)


 俺の場所からも段々と見えてくる。

 南から迫ってくるのは無数の武装集団だった。


(あれは……援軍か)


 浄水センターに迫っていたのは、二百以上の子鬼ゴブリン軍。

 崩壊寸前のゲート前に、更なる大軍が向かっていたのだ。


『はっはっは! 気に入ってくれたようだな、このガーバイル様のプレゼントを! これで、あっちの下等種の集団は終わりだな!』


(これはマズイな……)


 こうして新手の子鬼ゴブリンの大軍によって、ゲート守備隊は全滅の危機に陥るのであった。

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