第76話:誰のために

 浄水センターの激戦は完全勝利で幕を閉じた。


 ガーバイルの死体と武装を《収納》して、俺は浄水センターに戻っていく。

 目的は高木社長に会うためだ。


「「「うぉおおおおお!」」」


 男衆は正面橋の付近で、まだ勝利の雄たけびを上げている。


 そんな人混みの中を誰にも捕まらないように、俺は突っ切っていく。

 何故なら高木社長に早く伝えることがあるのだ。


 子鬼ゴブリンの死体を処理している社長を発見。急いで駆け寄る。


「ん? レンジか? お前もまた活躍したみてぇだな?」


「今回のことは本当に感謝している。積もる話もある。だが社長、早くホームセンターに帰還しろ」


 今回、援軍に来たのはホームセンター組の全兵力。

 つまり今のホームセンターは前回と同じ無防備な状況。

 早く引き返さないと、女子ども衆が危険な状況下になっているのだ。


「ん? アイツらの心配だと?」

 だが社長は余裕の表情。


「がっはっはっ……それには及ばないぜ? ほれ見て見ろ」


 高笑いしながら南の方角を指差す。

 そこに到着していたのは数台のバスだ。


「あれは……」


 バスの中に乗っているのは、見覚えのある女子どもだ。


「まさか全員で、ここに来たのか?」


「がっはっはっはっ……さすがのお前も、これには驚いただろ? そうだ!」


 今回ホームセンター組は“全住人”で移動してきた。だから高木社長は余裕の高笑いをしていたのだ。


(非戦闘員も連れての遠征……まるでモンゴルの戦だな)


 昔のモンゴル人も家族と家畜を引き連れて、大陸中を遠征していた。

 かの覇王チンギスハーンと同じ戦術を、ホームセンター組は実行してきたのだ。


 よく、こんな大胆な作戦を考え付いたもの。

 さすがは優秀な人材がそろったホームセンター組だ。


「ここに来た、ということは、俺のSOSは届いていたのか?」


 数日前に管理棟の屋上から、高木社長に向けて俺はSOS発信をした。


 だが距離的にかなり難しい救難信号。偶然、ホームセンターまで届いてくれたのだろうか?


「いや、お前のSOSは、こっちまで届いていかなったぞ」


「どういうことだ?」


「“嬢ちゃん”がSOSキャッチして、俺たちに教えてくれたのさ」


「嬢ちゃん……真美が、だと?」


「ああ、そうだ……」


 社長は今回の事情を説明してくる。


 ◇


 俺のSOSを受信したのは、マンションの自室にいた真美だったと。


『……この声、レンジなの⁉ あっ……急いで、メモしないと!』


 彼女は俺の内容をメモしてくれた。


『この内容……早く皆に伝えないと……よし!』


 真美は放置自動車の中から、機動性に優れた車両を選定。


『――――っ⁉ おい、嬢ちゃん、どうした⁉ レンジの奴は、どうした⁉』

『事情は後で説明します。それよりもレンジから、この内容が!』


 決死の運転で、なんとかホームセンターに駆け込む。

 SOSの内容を高木社長に伝えたという。


 ◇


 一部始終を聞いて、俺は状況を理解する。


(アイツ……無茶をして)


 何しろ車があっても、ホームセンターまでの単独移動はかなり危険が多い。


 それなのに真美は決断。

 俺のSOSを高木社長に届けるために、命懸けて行動してくれたのだ。


 その時の真美の姿を思い、何とも言えない感情が、込み上げてくる。


 だが俺は気持ちを切り替えて、次なる疑問を社長に訪ねていく。


「SOSを知ったとしても、よく決断を下したな?」


 全住人でバス移動してきた今、ホームセンターは完全に無防備な状態にある。

 残してきた大事な物資が、他の暴徒に奪われている危険性もあるのだ。


「よく全員が納得して、今回は従軍してくれたな?」


 かなり大きなリスクはあった今回の大遠征。

 あの男衆と女衆を、高木社長どうやって説得したか?

 俺には謎だった。


「はぁ? 説得だと? 俺は、そんなことは、していないぞ」


「どういう意味だ」


「言葉の通りさ。お前のSOSの内容を聞いて、全員は今回の作戦に、最初から賛成してくれたのさ」


「全員が、だと?」


 まさかの話だった。

 何故なら俺がホームセンターにいたのは、たったの数日間だけ。

 どうして皆がそこまで、俺を認めてくれているか、理解できない。


「相変わらず、そういうのは鈍いな。ほら、周りを見てみろ」


 社長に促されて確認してみる。


 俺の周囲にいたのは、話を静かに聞いていたホームセンター組の連中。


「へっへっへ……アニキの為なら、いつでも駆け付けるっすよ!」


 短め短髪の若者、鉄男が笑顔でいた。


「沖田くんには、我々は返しきれない恩がありますらね」

「「そうだぜ、レンジ!」」


 専務とトラック部隊の仲間、他の男衆たちもいた。


「あの英雄レンジのためなら、男衆のケツも叩いてやるよ!」

「「「ええ!」」」


 バスから降りてきた女将と女衆も、嬉しそうな顔をしていた。


「「「レンジお兄ちゃん!」」」


 そして最後に、いつも元気な子ども衆も笑っていた。


 全ホームセンター組がいつの間にか、俺に視線を向けていたのだ。


「お前らは……」


 “本当に馬鹿で無鉄砲だな、いったい誰に似たんだ”と、口に出しそうになるのを、俺は止めた。


 何故なら今回の浄水センターを含めて『俺の方が何倍も馬鹿で無鉄砲なこと』をしてきたからだ。


 そんな時。

 ホームセンター組の人の輪をかき分けて、二人の女がやってきた。


「レンジー!」


 いきなりの俺に抱きつてきたは、目を真っ赤にしている真美。


「……レンジ。お久しぶり、ね?」


 そして静かに笑みを浮かべているマリアだ。


 二人ともバスに乗って、今回の大移動に参加していたのだ。


「ああ、久しぶりだな。話があるなら、管理棟の中でするぞ」


 全ての子鬼ゴブリンを殲滅して、敗走させたがゲート外は無防備状態。


 ホームセンター組の車両を含めて、浄水センター内に移動させる必要があるのだ。


 その仲介のために高木社長に声をかける。


「浄水センターを仕切るのは、消防隊長の唐津という男だ。面識はあると聞いている」


「“唐津”だと⁉」


「その顔は、苦手なのか?」


「いや、アイツとは高校の同期で、腐れ縁という奴だ……」


 話によると、唐津隊長は高校時代には生徒会長。

 高木社長は応援団長。

 二人はいつも意見をぶつけ合っていた仲だという。


「そうか……アイツが、ここの……」


 まさかの縁に社長は懐かしそうな表情。


 二人が周知の仲なのは幸運。

 ホームセンター組が中に入るのは、スムーズに移行できるだろう。


 その証拠に、既に浄水センターは声を上げている。


「うぉおお! あんたたち助かったぜ!」

「あんたたちのお蔭で、俺たちは自由になったんだぁ!」

「よく来てくれたぁあ!」


 浄水センターの誰もが大歓声を上げている。

 窮地に駆け付けたホームセンター組のことを、誰もが感謝で出迎えているのだ。


 これなら俺が心配することもないだろう。


「さて、これら数日、また忙しくなりそうだな」


 こうして浄水センター組の復興に、俺は協力していくのであった。

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