第31話:サシ飲み

 宴会を遠くから眺めていた俺に、近づいてくる住民がいた。


「よう、“英雄”! こんなところで、寂しくないのか?」


 声をかけてきたのは、パンチパーマの大柄の男。

 ホームセンター組のリーダー高木社長だ。


「その英雄という呼び方は、そろそろ止めてくれ。俺は子鬼ゴブリンを駆除しただけだ」


 激戦の翌日から、何故かみんなは俺のことを『英雄レンジ!』と呼んできた。


 巨大な大鬼オーガ・ゴブリンを一人で討伐した話が、広まったのが原因らしい。


 あまり気にしていないが、こうして面等向かって言われると、恥ずかしい二つ名なのだ。


「まぁ、そう謙遜するな! さぁ、もう少し飲んでおけ!」


「ああ、いただくか」


 高木社長から日本酒を注がれる。

 二人で乾杯して、ゆっくりと酒を飲んでいく。


「そういえば、あの大型の化け物……大鬼オーガ・ゴブリンの解体は終わったのか?」


「ああ。ちゃんと終わって、後片付けしておいた」


 激戦の翌日から、俺は一人で作業をしていた。

 ホームセンターのすぐ裏の小川で、大鬼オーガ・ゴブリンを吊るして解体していたのだ。


 解体して気になった点を、酒を飲みながら高木社長に報告していく。


大鬼オーガ・ゴブリンの内臓は、基本的に子鬼ゴブリンと同じで、心臓と脳もあった。つまり戦い方しだいで、お前たちにも倒せるはずだ」


 今回の解剖の一番の目的は、同じような特殊個体が出現した時のため。

 大鬼オーガ・ゴブリンの弱点や構造を調べたのだ。


「“戦い方”……か。それならお前に言われた、遠距離武器と車両兵器を、今後は用意しておくか」


 重機や大型車といった特殊車両。攻撃力に優れた車両が、街の中には放置されている。


 だから車両兵器の編成を、社長に提言していた。


 目的は大鬼オーガ・ゴブリンのような特殊個体に、ホームセンター組が対抗するためだ。


「車両兵器が完成したら、アイツと似たような奴が来ても、なんとかなるはずだ」


 大鬼オーガ・ゴブリンの防御力は尋常ではなかった。

 だが10トン以上の特殊車両が時速数十kmで突撃した時、その攻撃エネルギーも尋常ではない。


 上手く戦えばホームセンター組だけでも、大鬼オーガ・ゴブリンクラスを迎撃できる可能性があるのだ。


「車両兵器か……あんなヤベエ奴が、まだ他にも沢山いると思うか、レンジ?」


「いや、あまり多くあないはずだ。少なくとも西地区の住宅街には、いなかったからな」


 他の子鬼ゴブリンの巣にいたのは、他より一回り体格が大きいボス子鬼ゴブリンだけだ。


 大鬼オーガ・ゴブリンのような特殊個体が、またホームセンターを襲ってくる確率はゼロではない。

 だが、それほど高くはないだろう。


 これはあくまでも俺の経験的な直感だが。


「そうか。それなら、このホームも、しばらくは安全だな」


「油断はできないが、今までよりは楽になるだろう」


 そんな話をしている時だった。


「「「ガッハッハッハ!」」」


 宴会をしている場所から、大きな笑い声が上がる。

 数人の男衆が、裸踊りや宴会芸を始めたのだ。


「「「ガッハッハッハ!」」」


 それを見て子どもと女たちも大笑い。笑いすぎて涙を流している者もいた。


「レンジのお蔭でゆとりができ、あいつに本当の笑顔が戻った……改めて礼を言う」


 神妙な顔で高木社長は頭を下げてくる。

 ホームセンター組のリーダーとしての感謝の言葉だ。


「頭を上げろ、社長。俺だけが頑張ってわけではない。だが、ゆとりができたのは確かだな」


 倉庫から調達してきた食料品は、膨大な量になった。

 節約していけば百名近い住人が、何ヶ月も暮らしていける貯蔵量だ。


「ここには元々ライフラインも充実していた。これからは少し楽になるな、アンタも」


 ホームセンターには太陽光発電システムや発電機。

 作業用の井戸水と川の水を浄化可能な機器もあった。


 唯一の問題だった食料を得て、ここは市内でも有数の避難場所となったのだ。


「なぁ、レンジ。そろそろ、ここの住人を、もう少し増やそうと思う」


「隠れている生き残りを、ここに連れてくるのか?」


 真美や詩織のように、マンションや戸建てに隠れている者は密かにいる。

 俺は積極的に接触してこなかったが、生存者の気配は確かにあった。


「ああ。近隣で隠れている奴らを、街宣車で探して、ここに集めるつもりだ」


 飢えと孤独に苦しんでいる者を、社長は積極的に救出したいと。

 高木社長が前から考えていた作戦だという。


「悪くない話だ。今のここなら、良いコミュニティになるはずだ」


 一番の問題だった食料が解決された。


 前からいる住人も、救助には反対はしないだろう。


 むしろ人数が増えることで、ここの恩恵も多い。

 戦闘員と職人が増え、更に他の倉庫にも調達にいけるようになるのだ。


「社長、あんたなら良いコミュニティを……“国”を作れるはずだ」


「よせ。そんな柄じゃない。まぁ……だが実のところおとことして生まれたからには、こういう戦乱みたいな毎日は、内心では心が踊っている。非倫理的かもしれんがな」


 謙遜しながらも高木社長の目は、強く光っていた。

 豊かになってきたホームセンター組を見て、野心が高まっているのだ。


「野心は人間の本能。こうした崩壊した世界では、野心を意欲に返還することも大事だ」」


 人類の文化は野心と欲望で進化してきた。


 そして高木社長には間違いなく、乱世の英雄の素質がある。

 人を使うのが上手く、カリスマ性と人心掌握術に優れているのだ。


 間違いなくホームセンター組をこれからもっと大きく成長させ、更に多くの難民を助けていくだろう。


「……なぁ、レンジ」


 高木社長の口調が変わる。

 何か大事な話をしようとしていた。


「昨日も言ったが、ここにずっと残らないか? みんなも歓迎してくれる。俺の右腕として……いや、新しいボスと残ってくれないか?」


 真剣な顔の高木社長が口にしたのは、今度の俺の行動について。昨日も少しだけ話した内容だ。


「昨日も断った通り、残念ながらそれはできない。俺は予定通り、明日の夜明け前に、ここを一人で発つ」


 俺が市内で調査をしていない空白地は、かなり多い。

 あと早めに確認したい場所もあった。


 だからホームセンター組が落ちついた今。俺は明日に内緒で立ち去ることにしていたのだ。


「やっぱり意思は変わらねぇか。だが、たまには立ち寄ってくれよ。皆で大歓迎してやる」


「気が向いたらな」


 今後の調査にはかなり時間はかかる。


 だが再会の約束を、盃を通して社長と誓う。


「一人で……ということは、やっぱり、嬢ちゃんには黙って、ここを出ていくのか?」


「ああ。真美もここにいた方が安全で、人として幸せだろう」


 明日の早朝に立ち去ることは、真美にも話していない。


 何故なら彼女はホームセンター組に、もはや馴染んでいたから。

 あの分なら皆と仲良く、そして長くここで幸せに暮らしていけるだろう。


「そうか。それならマリアも置いていくのか? アイツもお前のことを好いているぞ?」


「アイツが俺を、だと? それはないな」


 俺は二日前の夜、マリアとは身体を初めて重ねていた。


 だがそれは今回の戦いの雄姿を見て、俺が“マリアという存在”を人として気にいったからだ。


 だから二日前の夜に、俺は客としてマリアを抱いた。

 対価もちゃんと渡しており、俺たちはギブ&テイクのビジネスな関係。


 たしかにあの夜のマリアは、かなり変だった。

 だがアイツもプロの女。

 間違っても『マリアが俺を好いている』そんな馬鹿げた話はないだろう。


「…………腕は立つし、度胸もあり、頭の回転も速く、顔も悪くない。だが、そんなお前にも“女心が分からない”っていう弱点があったんだな」


「さぁ、そうだろうな」


 高木社長が何のことを言っているか、正直なところ分からない。

 だから適当に返事をして、軽く流しておく。


 とにかく俺は一人で明日の早朝に、ここを立ち去るのだ。


「お前がいなくなると、正直なところ俺も寂しくなるぜ。年の離れた兄弟ブラザーよ……」


「アンタみたいなパンチパーマの兄だけは勘弁してくれ。あと、俺のことは酒を飲んで、さっさと忘れろ」


「ひでぇ奴だな、お前は」


「最初からそう言っていたはずだ」


 こうして社長とたわいない話をしている間も、ホームセンター内に笑い声が響いていく。


 その日の夜だけは消灯はなく、誰も宴会を咎めることなく、人々の宴は続いていくのであった。


 ◇


 それから数間後。


 翌朝になる。


 日の出前で、まだ外はうす暗い。


「……さて……」


 俺は倉庫に仮眠を終えて、気配を消して裏口から出ていく。


「……いくか」


 こうして俺は誰にも気がつかれないように、ホームセンターから出ていくのであった。


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