第31話:サシ飲み
宴会を遠くから眺めていた俺に、近づいてくる住民がいた。
「よう、“英雄”! こんなところで、寂しくないのか?」
声をかけてきたのは、パンチパーマの大柄の男。
ホームセンター組のリーダー高木社長だ。
「その英雄という呼び方は、そろそろ止めてくれ。俺は
激戦の翌日から、何故かみんなは俺のことを『英雄レンジ!』と呼んできた。
巨大な
あまり気にしていないが、こうして面等向かって言われると、恥ずかしい二つ名なのだ。
「まぁ、そう謙遜するな! さぁ、もう少し飲んでおけ!」
「ああ、いただくか」
高木社長から日本酒を注がれる。
二人で乾杯して、ゆっくりと酒を飲んでいく。
「そういえば、あの大型の化け物……
「ああ。ちゃんと終わって、後片付けしておいた」
激戦の翌日から、俺は一人で作業をしていた。
ホームセンターのすぐ裏の小川で、
解体して気になった点を、酒を飲みながら高木社長に報告していく。
「
今回の解剖の一番の目的は、同じような特殊個体が出現した時のため。
「“戦い方”……か。それならお前に言われた、遠距離武器と車両兵器を、今後は用意しておくか」
重機や大型車といった特殊車両。攻撃力に優れた車両が、街の中には放置されている。
だから車両兵器の編成を、社長に提言していた。
目的は
「車両兵器が完成したら、アイツと似たような奴が来ても、なんとかなるはずだ」
だが10トン以上の特殊車両が時速数十kmで突撃した時、その攻撃エネルギーも尋常ではない。
上手く戦えばホームセンター組だけでも、
「車両兵器か……あんなヤベエ奴が、まだ他にも沢山いると思うか、レンジ?」
「いや、あまり多くあないはずだ。少なくとも西地区の住宅街には、いなかったからな」
他の
だが、それほど高くはないだろう。
これはあくまでも俺の経験的な直感だが。
「そうか。それなら、この
「油断はできないが、今までよりは楽になるだろう」
そんな話をしている時だった。
「「「ガッハッハッハ!」」」
宴会をしている場所から、大きな笑い声が上がる。
数人の男衆が、裸踊りや宴会芸を始めたのだ。
「「「ガッハッハッハ!」」」
それを見て子どもと女たちも大笑い。笑いすぎて涙を流している者もいた。
「レンジのお蔭でゆとりができ、あいつに本当の笑顔が戻った……改めて礼を言う」
神妙な顔で高木社長は頭を下げてくる。
ホームセンター組のリーダーとしての感謝の言葉だ。
「頭を上げろ、社長。俺だけが頑張ってわけではない。だが、ゆとりができたのは確かだな」
倉庫から調達してきた食料品は、膨大な量になった。
節約していけば百名近い住人が、何ヶ月も暮らしていける貯蔵量だ。
「ここには元々ライフラインも充実していた。これからは少し楽になるな、アンタも」
ホームセンターには太陽光発電システムや発電機。
作業用の井戸水と川の水を浄化可能な機器もあった。
唯一の問題だった食料を得て、ここは市内でも有数の避難場所となったのだ。
「なぁ、レンジ。そろそろ、ここの住人を、もう少し増やそうと思う」
「隠れている生き残りを、ここに連れてくるのか?」
真美や詩織のように、マンションや戸建てに隠れている者は密かにいる。
俺は積極的に接触してこなかったが、生存者の気配は確かにあった。
「ああ。近隣で隠れている奴らを、街宣車で探して、ここに集めるつもりだ」
飢えと孤独に苦しんでいる者を、社長は積極的に救出したいと。
高木社長が前から考えていた作戦だという。
「悪くない話だ。今のここなら、良いコミュニティになるはずだ」
一番の問題だった食料が解決された。
前からいる住人も、救助には反対はしないだろう。
むしろ人数が増えることで、ここの恩恵も多い。
戦闘員と職人が増え、更に他の倉庫にも調達にいけるようになるのだ。
「社長、あんたなら良いコミュニティを……“国”を作れるはずだ」
「よせ。そんな柄じゃない。まぁ……だが実のところ
謙遜しながらも高木社長の目は、強く光っていた。
豊かになってきたホームセンター組を見て、野心が高まっているのだ。
「野心は人間の本能。こうした崩壊した世界では、野心を意欲に返還することも大事だ」」
人類の文化は野心と欲望で進化してきた。
そして高木社長には間違いなく、乱世の英雄の素質がある。
人を使うのが上手く、カリスマ性と人心掌握術に優れているのだ。
間違いなくホームセンター組をこれからもっと大きく成長させ、更に多くの難民を助けていくだろう。
「……なぁ、レンジ」
高木社長の口調が変わる。
何か大事な話をしようとしていた。
「昨日も言ったが、ここにずっと残らないか? みんなも歓迎してくれる。俺の右腕として……いや、新しいボスと残ってくれないか?」
真剣な顔の高木社長が口にしたのは、今度の俺の行動について。昨日も少しだけ話した内容だ。
「昨日も断った通り、残念ながらそれはできない。俺は予定通り、明日の夜明け前に、ここを一人で発つ」
俺が市内で調査をしていない空白地は、かなり多い。
あと早めに確認したい場所もあった。
だからホームセンター組が落ちついた今。俺は明日に内緒で立ち去ることにしていたのだ。
「やっぱり意思は変わらねぇか。だが、たまには立ち寄ってくれよ。皆で大歓迎してやる」
「気が向いたらな」
今後の調査にはかなり時間はかかる。
だが再会の約束を、盃を通して社長と誓う。
「一人で……ということは、やっぱり、嬢ちゃんには黙って、ここを出ていくのか?」
「ああ。真美もここにいた方が安全で、人として幸せだろう」
明日の早朝に立ち去ることは、真美にも話していない。
何故なら彼女はホームセンター組に、もはや馴染んでいたから。
あの分なら皆と仲良く、そして長くここで幸せに暮らしていけるだろう。
「そうか。それならマリアも置いていくのか? アイツもお前のことを好いているぞ?」
「アイツが俺を、だと? それはないな」
俺は二日前の夜、マリアとは身体を初めて重ねていた。
だがそれは今回の戦いの雄姿を見て、俺が“マリアという存在”を人として気にいったからだ。
だから二日前の夜に、俺は客としてマリアを抱いた。
対価もちゃんと渡しており、俺たちはギブ&テイクのビジネスな関係。
たしかにあの夜のマリアは、かなり変だった。
だがアイツもプロの女。
間違っても『マリアが俺を好いている』そんな馬鹿げた話はないだろう。
「…………腕は立つし、度胸もあり、頭の回転も速く、顔も悪くない。だが、そんなお前にも“女心が分からない”っていう弱点があったんだな」
「さぁ、そうだろうな」
高木社長が何のことを言っているか、正直なところ分からない。
だから適当に返事をして、軽く流しておく。
とにかく俺は一人で明日の早朝に、ここを立ち去るのだ。
「お前がいなくなると、正直なところ俺も寂しくなるぜ。年の離れた
「アンタみたいなパンチパーマの兄だけは勘弁してくれ。あと、俺のことは酒を飲んで、さっさと忘れろ」
「ひでぇ奴だな、お前は」
「最初からそう言っていたはずだ」
こうして社長とたわいない話をしている間も、ホームセンター内に笑い声が響いていく。
その日の夜だけは消灯はなく、誰も宴会を咎めることなく、人々の宴は続いていくのであった。
◇
それから数間後。
翌朝になる。
日の出前で、まだ外はうす暗い。
「……さて……」
俺は倉庫に仮眠を終えて、気配を消して裏口から出ていく。
「……いくか」
こうして俺は誰にも気がつかれないように、ホームセンターから出ていくのであった。
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