第62話:戦力の調査

 夜が明ける。


「……朝か」


 部屋外側、扉の前の寝袋で、俺は目を覚ます。


 この中の避難シェルターは安全すぎて、周囲の異変に気がつくのが遅くなってしまう。

 だから俺は一人で入り口で寝ることにしたのだ。


子鬼ゴブリンは……もう寝ているのか」


 外からの騒音攻撃は、いつの間にか終わっていた。

 子鬼ゴブリンは夜目が効くが、完全な夜行性ではない。

 体感的に27時くらいには騒音攻撃も終わっていた。


 俺は総務課の窓から、寝静まった子鬼ゴブリンの拠点を観察していく。


「この明け方に、こちらか奇襲をかければ、いけるか?」


 敵対勢力の排除方法を、眠気覚まし代わりに探していく。


「……いや、駄目だな。連中は見張りを立てせているし、眠りも浅い種族だからな」


 俺の調査によると、子鬼ゴブリンの眠りは浅い。

 そのため寝込みを奇襲しても、すぐに増援が起きてくるのだ。


「あと、こんなに薄暗い中だと、人間の方にデメリットも多いからな」


 暗視装置やレーダーがない夜戦は、同士討ちのリスクが高い。

 だから子鬼ゴブリン戦は基本的に、人間が有利な日中に行うのが上策なのだ。


「日中、連中は昼寝しているが、寝起きはいい。やはり正攻法か、奇襲しかないな」


 今回の目的は相手を追い払うことで、全滅させることはない。

 俺は頭の中で色んな戦術をイメージしていく。


「ふう。やはり、こちらの戦力が足りないな。もう少し使えるモノを見つけないとな」


 こちらの浄水センターの戦力は未知数。もう少し調べてから、作戦を詰めていくことにした。


 そんな時、避難シェルター部屋から、誰かが出てくる。


「……お、おはようございます……沖田さん……」


「ああ」


 出てきたのはメイド服の詩織。

 こいつね起きる前に、俺が用意しておいた、濡れタオル、あと洗面器の水で、全身をキレイにしてきたのだろう。


「ここで寝ていたんですか、沖田さんは?」


「ああ」


「……そうですか」


 昨夜はどこか変な詩織だが、今はいつもの詩織に戻っている。

 というか何故か少し気まずそうな顔をしている。


「ん? お前、昨日から変だぞ。どうした?」


「し、知りません、そんなこと! 沖田さんが誤解しやすいようなことを言ったから、私も勘違いしちゃったんですから! 別に私の方に、そんな気があった訳じゃないですから!」


 耳まで真っ赤にしながら、詩織は早口で言い訳をしてくる。


 もしかしたら軽く熱もでもあるのだろうか?


「それならコレを飲んでおけ」


 付与で強化してある鎮痛剤と解熱剤を、詩織に渡しておく。

 強化鎮痛剤は怪我をした時に、モルヒネ代わりにも使えるか念のためだ。


「…………やっぱり沖田さんは鈍感でデリカシーがないですね。でも、薬は貴重なので、一応、感謝しておきます。やっぱり、こういう所は変に優しいんですね、沖田さんは」


 薬を受け取り、詩織の怒りが鎮火する。


「よく分からん奴だな」


「……沖田さんには言われたくないです……まったく……もう……」


「さて、無駄口を叩く暇があったら、準備して、行くぞ」


「えっ……どこにですか?」


「この浄水センターの戦力を、もう少し詳しく調べにいく」


 今は住民も寝静まっている時間。

 トラブルメーカーのレッテルを張られた俺も、ゆっくり施設内の観察が可能なのだ。


「調査ですか? 分かりました。ついていきます。ちなみに、どこに行くんですか?」


「まずは外の消防車両の台数と、種類を確認しにいくぞ」


 浄水センターの横手には、数台の消防車両が止められていた。

 唐津隊が避難時に乗ってきた車両だ。


 もしかしたら“使える”かもしれないので、ゆっくりと確認しておきたいのだ。


 俺が先導して目的地に移動していく。調査に向かうのであった。


 ◇


 消防車両の調査にきた。


「……お前は、たしか⁉ こんな時間に何をしにきた⁉」


 巡回の見張りは最初、俺の見て驚き警戒してくる。

 だがこれも俺の想定内。


「差し入れを持ってきた」


「――――っ⁉ た、煙草と、酒だと⁉ こんな貴重な物を、いいのか⁉」


「ああ。その代わり、少しだけ消防車両を、外から見せてくれ」


「ああ、もちろんだ! ゆっくり見ていけ!」


 俺が酒と煙草を渡したら、見張りは喜んで車両を見せてくれた。

 これでゆっくりと戦力調査が可能になった。


 詩織と二人で消防車両を見ていく。


「ほほう。これはなかなか壮観だな」


 消防車両は全部で十台近くある。

 はしご車やレスキュー車、工作車、化学消防ポンプ自動車など多種が揃っていた。


 西地区消防本部には全国でも珍しい“試作部”もあるので、こうして特殊な車両が多いのだろう。


「これは拾いモノだったかもな。今後の戦闘に使えるな」


「えっ……消防車を戦闘に、ですか?」


 一緒に見ていた詩織は不思議そうにしている。


 何しろ消防車両は、火事や災害の人助けに使う車両。

 モンスター戦闘のイメージが湧かないのだろう。


 だから俺は分かりやすく説明をしていく。


「このポンプ車には、強力な水圧でポンプが内蔵されている」


 消防車両の水圧はかなり高い。

 近距離で人間に向けたら、簡単に吹き飛ばす威力があるほど。

 人間より軽い子鬼ゴブリンには、かなり有効な武器になるのだ。


「あと、このはしご車も凄い。何しろ頭上から一方的に、高圧水を発射できるのだからな」


 頭上からの打ち下ろし攻撃は、戦場ではかなり友好的。

 子鬼ゴブリンに一方的に攻撃を仕掛けられるだろう。


「そんなに強力だったんですね……知らなかったです」


「暴徒の鎮圧様に、放水車を使う軍団もあるくらい有効だ。それに何よりも、“ここで”消防車両は有効性が高い。お前なら分かるだろ?」


「え? あっ⁉ “水があるから、弾切れの心配がない”んですね⁉」


 放水攻撃の一番の問題は、水を大量に確保する必要があること。

 だが浄水センターには無限に水は確保できる。

 つまり車両のガソリンがある限り、放水攻撃が可能なのだ。


 頭がいい詩織もようやく理解した。


「ん? でも、どうしてここの人たちは、車両を戦闘に使っていないのですか?」


 詩織が疑問に思うのも無理はない

 消防車両は奥に置かれていた。

 つまり正面の子鬼ゴブリンとの戦闘には使われていないのだ。


「人命救助の道具だから、気がつかなかったのかもな。あと消防士のプライドがあるか、仕事道具を戦闘には使えない、あたりだろう」


 子鬼ゴブリンを殺すと赤緑の血が飛び散り、人殺しに近い罪悪感が生じる。

 そのため隊員も消防車両を、戦闘に使わずにいなかったのかもしれない。


 もしくは水圧が低くて、集団戦闘に使えなかった可能性もある。


(だが消防車両は強化したら、かなり戦闘に使えるな)


【付与魔術レベル2】は5㎥程度の存在に付与可能。

 車両を無視して、ホースと水圧ポンプ類だけを強化したら、十分に範囲内。


 おそらく激しい水圧攻撃が可能になるだろう。


(だが消防隊員の協力が必死だな)


 俺一人では消防車両は運用できない。

 二十名の隊員の協力が必要なのだ。


(唐津隊長を説得しかないな)


 これに関しては唐津隊長を説得して、戦闘に使うようにして作戦でいく。


(あと、消防隊員の筋力も問題だな)


 超強力な水圧ホースは、普通の人間では抑えきれない。

 持っただけで隊員の方が吹き飛ばされてしまうのだ。


(消防隊員の消防服も強化しておかないとな)


 唐津隊長の話によると戦闘時、彼らは消防服を着こむという。

 だから消防一式をこっそりと【付与】で強化しておけば、二十人の身体能力も強化されることになる。


 付与は俺以外だと大げさな効果は出ないから、誰も自分の異常に気が付いていないはずだ。


(これで浄水センター組の戦闘能力は、かなり上がるはず)


 強化ポンプ車による超高圧放水攻撃。

 これで子鬼ゴブリンの攻撃もかなり撃退できるだろう。


(だが、攻撃面では、問題もあるな)


 放水攻撃は防衛には向いているが、突撃には向いていない。

 何しろホースの長さや、放水の射程があまり長くないからだ。


(やはり、戦闘員を増やすしかないな……職員をあたるか)


 このコミュニティには三十人以上の成人職員がいた。

 彼らが戦闘に協力的になってくれたら、勝利する可能性が格段に上がるのだ。


「よし、それじゃ次にいくぞ」


「えっ、はい? 次はどこに?」


「男性職員の部屋だ」


 彼らを説得できたら全員が生き残る可能性が格段に上がる。

 だから俺は話をしにいくのだ。


「えっ……男性職員、ですか……」


 詩織は昨夜、二人の職員に強姦されそうになった。あまり気は乗らないのだろう。


「もちろんお前は来なくてもいい。そろそろ消防隊員も起きているから、従兄妹の近くにいろ」


「あっ、はい。分かりました」


 俺は詩織と一時的に分かれて、男性職員の部屋に向かっていく。


「男性職員の知り合いか……あの二人が適切だろうな」


 こうして詩織を襲おうとして二人と、俺は話をしに行くのであった。

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