第37話:新たな危機

 ホームセンター組と別れた沖田レンジと岩倉真美。

 二人は元のマンションへと向かっていた。


 ◇


「この辺も久しぶりな、感じね、レンジ……」


 通り沿いの光景を、助手席の真美は感慨深く見ている。


 ホームセンターでの滞在はたった一週間。

 たが毎日が濃密だったため、時間の経過が長く感じているのだろう。


「ああ、そうだな」


 一方で俺は相づちうちながら、周囲を警戒しながらジムニーを走らせていく。


 しばらくすると見覚えのあるコンビニが見えてくる。

 マンションのある町内に戻ってきたのだ。


 マンションに戻るまえに、途中の目的に向かう。


 車は茶色の外壁の家前に到着する。


「ここが佐々木邸だ」


 やってきたのは佐々木邸。

 ホームセンターでの滞在が予定よりも長くなったしまった。


 そのため詩織との約束の日を過ぎていたので、先にここに軽く顔を出すことにしたのだ。


「町内の生き残りって、一軒に住んでいる人なんだね? あっ……でも、一階が、こんなで大丈夫なの……?」


 佐々木邸の一階は、子鬼ゴブリンによってガラスが破られている。

 中から漂ってくる死臭に、真美は眉をひそめていた。


「階が独立した二世住宅だから、二階が無事だ」


 二足歩行で道具を使う子鬼ゴブリンに対して、普通の一軒家は相性が悪い。


「ああ、なるほど。そういうことね」


 真美もこの世界での経験が増え、状況が確認できていた。


「二階の玄関は、こっちだ……ん?」


 二階用の玄関前で、異変に気がつく。

 玄関に鍵がかかっていないのだ。


「もしかしてレンジの車が見えたから、上から開けてくれた、とかじゃない?」


「アイツは、そんなことは間違ってもしない」


 詩織は俺に対して、かなり警戒心を抱いている。

 姿を見ただけでは、鍵は絶対に開けないだろう。


「えっ……それじゃ、どういうこと?」


「とりあえず上にいくぞ」


 警戒をしながら、二人で階段を登っていく。

 俺は武器をいつでも抜けるように準備する。


「二階は……無人か」


 二階には人の姿も気配もない。

 浴室やトイレも探したが、佐々木姉妹の姿はどこにもないのだ。


「だが……これは、“いた”気配はあるな」


 台所に朝飯の準備がされおり、まだスープも暖かい。


 つまり少し前まで、二人はここにいた可能性が高いのだ。


「何か、あったのか?」


 子鬼ゴブリンや暴徒でも侵入してきたのだろうか?


 だが室内には争った形跡はまったくない。


 二人の姿だけが霞のように消えているのだ。


「ねぇ、レンジ! これ見て! 置き手紙が!」


「なんだと?」


 真美がリビングテーブルの上で、置き手紙を見つける。


 俺は先に中身を読んで確認していく。


「……なるほど、そういうことか」


 手紙を読んで、二人がいない理由を理解する。


 続けて真美も声を出し、手紙を読んでいく。


「えーと、これって……『アズサっていう妹が急に具合が悪くなったから、近所のドラッグストアと薬局に薬を探しに行った』ってことなの?」


「ああ、そうだ」


 手紙は沖田レンジ宛てに、俺に宛てに書かれていた内容だった。


 真美が読み上げたように

『妹アズサが急に高熱を出して、意識が混濁。もしかしたら持病が再発したのかもしれない』

 そう思った詩織は薬を探して、妹を昔のベビーカーに乗せて出ていったのだ。


「近所のドラッグストア……そこに行ったか。まずいな」


「えっ? どうして? あの大きな店なら、薬も調達できそうじゃない?」


 近所のドラッグストアは俺たちも使ったことがある。

 調剤薬局も内部にあるため、かなり本格的な薬が揃っているのだ。


「ああ。だが、あの店は窓が少ない倉庫タイプの店舗だ。意味は分かるよな?」


「倉庫タイプ、あっ――――っ⁉ ご、子鬼ゴブリンが巣くっている可能性が高い、ってこと⁉」


「ああ。もしくは“人間が避難している”、その二択だ」


「あっ、そうか。人間だといいわね……ホームセンター組みたいな感じだと、この姉妹も安心なんだけど……」


 真美にとってホームセンターは居心地が良い場所だった。

 だから“人がいると可能性もある”、そっちの可能性を祈っている。


「何を言っている。“人間がいた方”が、危険な確率は高いんだぞ」


「えっ? それって、どういう意味……?」


「こうした無政府状態で生き残っている人間グループは、大きく分けて二つ。一つ目は、ホームセンター組のように強大な権力で統治されているグループだ」


 ホームセンター組は高木社長という英雄がいたことで、奇跡的に治安が維持されていた。

 あの傑物でなければ職人たちは、まとめられていなかっただろう。


 あと、マリアの存在も大きい。

 彼女が身を挺して、男たちの欲望を癒してくれていた。だから女性でも安心して暮らしていたのだ。


「もう一つは、暴力と恐怖で統治されているグループ。無政府状態だと、こっちが多くなる」


 現代社会の歴史を見ても、無政府状態ではマフィアやゲリラ組織など、暴力グループが増えてしまう。


 だからドラッグストアを人間が占拠している場合。後者が確率の方が高いのだ。


「えっ……“暴力と恐怖”で統治されているグループ、って……そんな連中がドラッグストアにいたら、その姉妹は……」


「ああ。その手のグループは、女性の人権や倫理観はゼロだろうな。飢えたライオンの巣の中に、裸で飛び込むようなものだ」


 特に姉の詩織は若くて美しい容姿。間違いなく暴徒の標的にされるだろう。


「そ、そんな……どうしよう、レンジ……」


「落ち着け、真美。台所の状況から、まだそんな時間は経っていない。おそらく今はドラッグストアに着くあたりだ」


 手紙によると、7歳のアズサを小さなベビーカーカーに乗せて、詩織は移動している。

 この道路状況なら、それほど移動速度は早くない。


 つまり今、追いかけても、ギリギリ間に合うタイミングなはずだ。


「俺だけ行ってくる」


「それじゃ私はここで待機しているね。足手まといになりそうだから」


 真美には武器サリバーガン与えているが、彼女は戦闘経験が少ない。

 自分が救出戦闘で足手まといになることを、真美も理解してくれているのだ。


「俺が24時間立っても戻らない場合は、どこかに寄っている可能性が高い。だから真美は、自分の部屋に戻っていろ。今のお前なら、いけるな?」


「うん、この近距離ならいけるわ。レンジも気を付けてね」


「ああ。行ってくる」


 佐々木邸の二階に真美だけ残して、俺は玄関を出していく。


 愛車のジムニーの飛び乗り、アクセル全開。


 向かう先は少し先にあるドラッグストアだ。


「ちっ……厄介なことをしやがって」


 こうして佐々木姉妹を、詩織を探しに出発するのであった。

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