第59話:危険な対立構造

 浄水センターに到着した日の夕方、全体ミーティングで俺と詩織は紹介されることになった。


 見張り以外の全住人が、管理棟の食堂に集合していた。

 唐津隊長は説明していたように、消防隊員が約20名。全員が男性だ。


 あと浄水センターの職員が約三十名。こちらは八割男性。


 残り約二十人が職員の家族と、近所からの避難民。子どもと主婦が大多数を占めている。


 そんな住民の参加する夕方の全体ミーティング。


「……とういう訳で、ここにしばらくいる、沖田レンジ君と佐々木詩織さんです」


 新しい避難民として唐津隊長が、全員に紹介をしてくれた。

 短期滞在メンバーとして紹介される。


「「「………………」」」


 だが避難民たちは無反応だった。

 ホームセンターの時の子どもたちのように、まばらに拍手もない。


 感じるのは負の視線の数々。

 特に俺に対して、浄水センターの男性職員の視線は辛辣だ。


「……この非常時に、なんで、他人を入れたんだ、唐津さんは?」

「……食糧難だって、いうのに……どうして……」

「……これ以上、俺たちの配給が減ったらどうするつもりなんだ?」


 彼らの視線は明らかに無歓迎なモノ。

 自分たちの食料が減ることを、あからさまに陰口を叩いてきたのだ。


 一方で消防隊員たちの視線も良くはない。


「……あの男、本当は何者なんだ?」

「……唐津隊長と話が、やけに長かったが、あんな外部の男となにを話していたんだ?」

「……リョウマ奴とトラブったらしいぞ? 大丈夫のか、あの男は?」

「……ただでさえ職員と確執が出てきたのに、これ以上問題者は勘弁して欲しいよな」


 彼らも顔には出していないが、俺のことをあまり好意的には見ていない。

“どこの馬の骨とも知らない”トラブルメーカーとして警戒しているのだ。


 ん?

 そんな中でも一人だけ、顔に出している隊員いた。


「……ちっ……アイツ、まったく……詩織に指一本でも触れやがったら、絶対に許さねぇからな!」


 佐々木リョウマだけは凄い剣幕で俺を睨んでくる。

 先ほど俺が冗談でからかったことを、未だに根に持っているのだ。


(まぁ、ああいう奴の方が分かりやすいから、面白いな)


 あの熱血ゴリラは単細胞で暴走してきたが、嫌いなタイプではない。

 特にこうした崩壊した世界では、あの手の男の方は扱いやすいのだ。


(それよりも予想はしていたよりも、職員組はかなり酷い状況だな)


 職員たち“他人任せの空気感”を発している。


 唐津隊長が言っていたように、消防隊員に責任を投げっぱなしなのだ。


(どうして、ここまで無気力感なんだ、こいつらは? 今後はその辺の原因も、調査していくか)


 浄水センターの再起動には、ここの職員の協力が絶対に必要。

 だから俺は密かに情報を集めていくことにした。


「よし。それは夕食に入りましょう」


 唐津隊長の言葉で、俺たちのお披露目会は終了。

 このまま食堂で夕食の時間となる。


「……それでは、いつものように、整列して配給を受けていってください……」


 食堂で夕食の配給が始まっていく。


 だが彼らが受け取った夕食内容は、予想以上に酷いものだった。


(乾パンと具のないスープだけ、か)


 おそらく缶詰や米類は、もう尽きてしまったのだろう。

 ホームセンターでもなかったわびしい食事を、ここの誰もが口にしていた。


 しかも酷いのは食事の内容だけはない。

 食事中にトラブルも起きていたのだ。


「……おい、それは俺のだろう⁉」

「……うるさい! 昨日、お前に貸してやっただろう⁉」

「……約束が違いだろう⁉ やんのか、コラァ⁉」

「……なんだと、テメェ⁉」


 男性職員同士が食事関係で、言い争いをしていた。原因は食料に関してだ。


「「「…………」」」


 しかも周りの職員が止めようともしない。

 無気力感が漂い、誰もが『我関せず』で見ぬふりをしていたのだ。


「おい、お前たち、落ち着け!」

「止めるんだ、おい!」


 少し遅れてから唐津隊長たち消防隊員が駆け付ける。

 職員を羽交い締めにして、喧嘩を仲裁していた。


「……ちっ……分かったよ……」

「……こうなったのも、アンタらが、もっと食料を調達してこなかったからだろう⁉」

「……あの時、ここを出ていけばよかったんだよ……」


 だが喧嘩していた職員たちは、かなり興奮していた。捨てセリフを吐きながら、食堂から出ていく。


(なるほど。これは予想以上に悪い。明らかに“対立構造”が出来ているな)


 外界との交流をいっさい断ち切られた空間では、人間は情緒が不安定になる。

 そのため、こうして対立構図が生まれてしまうのだ。


 特に今回は食料不足と、命の危険が迫っている。

 ダブルの不安と恐怖が、対立構造を強めているのだ。


(職員と消防隊員の対立構造か。早めに手を打たないと、このままで“事件が起きる”ぞ、唐津隊長?)


 喧嘩を仲裁していた男に、俺は視線を向ける。

 今このコミュニティーを仕切っているのは、消防隊長である彼だ。


「……ふう……」


 唐津隊長は深いため息をついていた。

 聡明な彼も対立構造に、頭を悩ませているのだろう。

 今までは辛うじて治安を維持してきた。

 だが食料が尽きかけてきた今、それもギリギリの段階に入ってしまったのだ。


 そんな時、メイド服の詩織が俺に近づいてくる。


「沖田さん……ここ、少し怖いですね……」


 彼女も食堂のトラブルを見て、このコミュニティーの危うさを実感しているのだろう。


「美鈴先生の所とは……ちょっと違いますよね、ここは?」


 詩織は安全な降魔医院しか経験していない。

 だからこうしたピリピリした空気感が怖いのだろう。


「そうだな。特に夜は気を付けろよ、お前は」


 俺の上着を着て胸元は隠しているが、詩織はメイド服のスカート姿。

 しかも避難民の中で唯一の十代の少女で、顔立ちも女性の中では一番整っている。


 ストレスが溜まっている者にとって、詩織は欲望の対象となるのだ。


「はい、分かっています。女性部屋があるみたいなので、そこで眠ることにしました」


「だが、そこで眠る時も上着とメイド服、靴は脱ぐな。“危険な存在”に即座に対応しておけるようにしておけ」


「サバイバル活動の基本ですよね……はい。気をつけておきます」


 普段は俺に生意気な口を聞くが、サバイバル活動に関して詩織は従順。

 俺のアドバイスを受け入れる。


 そんな俺たちに、唐津隊長が近づいてくる。


「沖田くん。今日からの寝床のことですが……」

「ああ、分かっている。俺は適当な空き部屋に寝させてもらう」


「ああ、そうしてもらえると助かる。あとで空いている部屋を教えよう」


 部外者で男性な俺は、まだ住人から警戒されている。

 だから事務室の奥の荷物室に、隔離部屋に寝ることになった。


「あと、“ここでの夜のこと”で、二人に言い忘れていたことがあります。たぶん“ゆっくりは寝られない”から、覚悟ははしておいて欲しい」


「『ゆっくり寝られない』……ですか?」


 詩織は首を傾げている。

 唐津隊長が言おうとしてことが、理解できていないのだろう。


「やはり“連中の妨害”があるのか」


 だが言わんとすることに、俺は気が付いていた。唐津隊長の言葉で確信する。


「えっ……“連中の妨害”? どういう意味ですか、沖田さん?」


 まだ理解できていない詩織に、俺は丁寧に説明してやる。


子鬼ゴブリンの夜襲があるのさ」


「えっ……夜襲、ですか?」


「ああ、覚悟しておけ」


 こうして夜になり俺と詩織は初の夜戦を受けるのであった。

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