第15話:新たな問題の発生

 子鬼ゴブリンの情報を教えるために早朝、真美の部屋を訪ねる。


 ……コンコン……


 ノックをして起きているか確認する。


「お、おはよう、レンジ……」


 寝起きで部屋着な真美が出てきた。

 何やら気まずそうな雰囲気だ。


 いったいどうしたのだろう。


「昨日の約束通り子鬼ゴブリンの生態について、教えにきた。今いいか?」


 だが今はそんなことに構っている暇はない。やってきた用事を伝える。


「はぁ……どうして、レンジはこんなにデリカシーが……ふう……うん、上がってちょうだい」


 よく分からないが、真美も気持ちの入れ替えをしていた。


 リビングルームで今回の情報を伝えることにする。


「俺の調べた子鬼ゴブリンの習性の一つ目。連中は巣を作って生息していた」


「巣⁉ あいつらって巣があるの⁉」


「ああ、そうだ。街のいたる所に巣がある。うす暗い倉庫や窓のない大型店舗が好みらしい。一つの巣に十数匹から四十匹程度で生息している。」


 これは俺が数日間の調査で仕入れた内容。

 まだ市内全域は調べていないが、おそらく他の町内も似たような感じだろう。


「一つの巣に数十匹、って……想像しただけで、気味悪いわ」


「そうだな。巣に近づくのは中に自殺行為だ」


 能力を得た俺ですら、あの中には飛び込めない。

 数で押し潰されて、一方的に蹂躙されてしまうだろう。


「あと連中は“巣に籠っている時間帯”がある」


「えっ……籠っている時間帯があるの? それって、つまり……」


「ああ、そうだ。逆に“人間には安全が高い時間”がある、ということだ。昼前の11時から午後の2時までがねらい目だ」


「そ、そんな習性があったの⁉ 全然気がつかなかったわ……」


「いくつも巣を観察して分析しないと分からない、貴重な情報だ」


「レンジが言っていたとおり本当に有益な情報ね。安全な時間帯が分かれば、誰でも建物の外にも行けるのね……」


 真美は変なところが多いが、基本的に素の頭は悪くない。

 俺の与えた情報の有益性に気がついている。


「それでも油断はするな。もしかしたら特殊な個体もいるかもしれん。あと暴徒にも要注意だぞ」


「そうね。油断大敵ね。でも、本当に朗報だわ」


 真美は急にほっとした顔になる。

 彼女は今まで子鬼ゴブリンに怖くて、マンションの中だけしか行動範囲がなかった。


「マンションの外か……」


 だが俺の与えた情報で、彼女の行動範囲が一気に拡大。

 食料を得る確率が一気に上がるのだ。


「ねぇ、マンションの外ってどんな感じなの? 他に生きている人とかいた?」


「生き残りは、どこかにたぶんいるだろうな。今のところ接触はしていないが」


 この数日間、俺は子鬼ゴブリンの調査と新しい力のテストで忙しかった。

 そのため民家やマンションは調査してない。


 だが真美のように生き残りがいるのは、間違いないだろう。

 色々と面倒なのでこっちからは、あえて接触する予定はないが。


「そっか……生き残りがいるんだ。みんな、きっと息を殺して、お腹を減らしているんだろうな……」


 真美は最初の頃の自分を思い出していた。

 カーテンと雨戸を閉めて、真っ暗な部屋の毎日。

 わずかな非常食を節約しながら、ひもじい生活をしていたのだ。


「あっ、そうだ! その子鬼ゴブリンの習性を、生き残っている人たちに教えてあげることってできないの? そうしたら、みんな外出して食料を集められるでしょ?」


 朗報を得て、真美は気持ちに余裕がでてきたのだろう。

 同じように苦しんでいる、避難民の救済策を提案してきた。


「悪くない案だが、携帯が通じない世界だと、広域に伝えるのは難しいな」


 現代人は電気が数日間止まっただけで、ほとんどの通信手段を失ってしまう。


 まだ使えるとしたらタクシーや消防車などの広域無線システム。

 だが無線機は受信する側も持っていないと、無意味がないのだ。


「あっ……そうか。やっぱり自分の身は、自分でなんとかするしかないのね」


「そうだ。他人の世話は、余裕がある奴にやらせておけ」


 日々の水と食料にさえ困窮する、今は崩壊した世界。

 軽い正義感は捨てて、個人主義を貫きとおした者が、長生きできるのだ。


「うん。分かったわ。ところでレンジはこれからどうするの? また子鬼ゴブリンの調査に行くの?」


「いや、今日はこれから“店”にいく予定だ」


「お店? 買い物、ってわけじゃないよね?」


「当たり前だ。装備や生活レベルを上げるための調達に行く」


 子鬼ゴブリンの調査と戦闘を経験して、欲しいモノが何点かあった。


 商店街やコンビニにはなかったので、少しだけ郊外に行く必要があるのだ。


「郊外の店……なんか危険そうね?」


「ああ。そうだな。十中八九、子鬼ゴブリンの巣になっているだろうな」


 郊外型の大型店舗は窓がないタイプが多く、子鬼ゴブリンの巣に適している。

 まだ足を踏み入れていないエリアだが、かなり命がけの調達になりそうだ。


「そっか……やっぱり危険な所にいっちゃうんだね。あっ、でも、私は大丈夫だから! ほら、調達は慣れてきたし、教えてもらった安全な時間帯に、この辺の民家もいけるから!」


 真美は精一杯の笑みを浮かべている。

 最初のころに比べて、彼女はたくましくなっていた。他人の家を物色することにも、抵抗はなくなっているのだ。


「その意気込みと備蓄食料があれば、数日は大丈夫そうだな」


 このマンションは屋上に貯水槽タンクがある水道方式で、まだ水は水道から出ている。


 お蔭で一番需要な水の心配を、真美はしなくてもいいのだ。


「あっ、そうだ。今、お茶でも入れるね。四階で紅茶のティーパックを見つけたのよ! ちょっと待ってて」


 物資が少しだけ増えて、生活に余裕が出てきたのだろう。

 思い出したように真美は台所に準備に向かう。


「えーと、沸騰させるから、水は水道で……ん?」


 だが次の瞬間、嫌な音が響き渡る。


 ――――ジュ、ゴボゴボ! コッ、コッ……


 響き渡ったのは、水道が止まった音だ。


「えっ?……も、も、もしかして……?」


「屋上の貯水槽が空になったな」


「――――っ⁉ そ、そんな⁉ どうしよう……」


 真美によって貯水槽タンクの水は、命の次に大事な存在。


 まだペットボトルの水はあるが、その量は多くはない。

 どんなに節約しても二、三日分しかないのだ。


「ね、ねぇ、レンジ、お水をわけて……じゃなくて、レンジっ、お水をどうしているの? 毎日さ?」


 真美は『お水を分けてちょうだい!』と言いかけて、質問に変える。


 彼女なりに他人に依存するのを止めたのだろう。俺の本のお蔭でサバイバル思考が成長していた。


「俺は主に小川や雨水を処理して、飲んでいる」


 綺麗なペットボトルの水は、今はなかなか手に入らない。

 だから町でも手に入る自然の水を、俺は飲んでいた。


「えっ、川の水⁉ それに雨水⁉ お腹は大丈夫なの⁉」


「コレを使っている」


 俺はリュックサックから携帯用の浄水器を取り出す。

 某軍隊も採用しているサバイバル専用の浄水器だ。


「そ、そんな持ち運べる浄水器があったのね。ちなみに予備とかは……」


「残念ながら一つしかない」


「やっぱり。はぁ……今日から、どうしよう……水問題点……」


 先ほどまで元気だった真美は、急に肩を落とす。

 今後、飲み水をどうすればいいのか? かなり絶望している。


 ふう、仕方がない。

 情報だけでも与えてやるか。


「似たような浄水器を売っていた店なら、この街にもあるぞ」


「えっ⁉ ほ、本当⁉ どこにあるの⁉ 近くにあるの⁉」


 サバイバル浄水器の存在を聞いて、真美は急に元気になる。

 まったく表情がコロコロ変わる犬のような奴だな。


「記憶が確かなら郊外店にはあったはず。ちょうど俺も行こうとした店だ」


「レンジの行こうとしていた店⁉ 偶然ね! あ、あの……もしかして私のためついでに調達してくれる、なんて優しいことはしてくれないよね?」


「当たり前だ。自分のことは自分でしろ」


 この厳しい世界では、自分のことは自分で守るしかない。

 他人に依存せず、自分で行動する必要があるのだ。


「やっぱり! でも郊外か……私いけるかな……」


「俺に勝手についてくるのは、別に構わないぞ」


 だが俺も鬼ではない。同行だけは認めてやる。


「ほ、本当⁉ レンジと一緒なら行く! ちなみに、どんな店に調達に行くの?」


「目的の店は郊外の専門店、ホームセンターだ。あと予定変更して、すぐに出発するぞ」


「うん。分かったわ! あっ、着替えるから、出ていってよ。あとで部屋にいくね!」


 部屋着だった真美は、急いで準備を始める。


「レンジと郊外の店にお出かけ……あっ、もしかして、これってデート⁉ うっふふ……」


 だがかなりウキウキしてふわついた感じだ。


(こいつ本当に分かっているのか? 郊外の大型店舗の方が、危険が大きいことを?)


 こうして俺は初めての郊外の探索、ホームセンターに向かうのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る