第24話:娼婦をする理由

 決戦前日の夕方。

 ホームセンターの屋上、娼婦マリアと二人きりになる。


「こんなところで何をしている?」


「レンジ……? 景色を眺めていたのよ。夕焼けが綺麗でしょ?」


 そう言いながらマリアは別の場所を見つめていた。

 視線の先にあるのはオレンジ色に染まる市街地だ。


「東の住宅街に行きたいのか?」


「……別にね。ただ綺麗だから見ていただけよ。崩壊した世界のはかなさを……」


 嘘をついているマリアは、どこか寂しそうな目。

 先ほどカレーを食べていた子どもたちを、見つめていた時と同じ表情だ。


「ところで、レンジはどうしたの? 私とエッチなこと、したくなったのかしら?」


「いや、違う。これを預かってきただけだ」


 先ほど少女から預かった、マリアへの差し入れカレー皿を手渡す。


「預かってきた?」


「三つ編みの眼鏡の少女……彼女が強姦されそうになった時、お前が身体を張っては助けた子だ」


「…………」


 マリアは無言だが、眉をピクリと反応させる。

 おそらく内緒にしていた話なのだろう。


「カレーを持って来てやった。俺も話くらいは聞く権利はあるだろう?」


「……そうね。それなら少しだけ話しましょうか。ここでのことを……」


 マリアは夕陽を見つめながら、静かに語りだす。

 大量の避難民が集まった、初期のホームセンターの出来ごとを。


「あの化け物を……レンジの言う子鬼ゴブリンを撃退していくうちに、男の人たちは段々と原始的な欲望……支配欲と性欲を表に出すようになってきたの」


 闘争本能と性欲は、直結している部分がある。


 歴史上でも戦争時、兵士も同じような状況になる。

 進軍した他国で罪もない女市民を、兵士たちが強姦してしまうこともあるのだ。


「あの時のホームセンターも同じだった。血気盛んな独身男性たちが、独り身の女の子に狙うようになったの……」


 男はストレスが溜まるほど、性欲も溜まってしまう。

 しかも子鬼ゴブリンを叩き殺して彼らも、倫理観も麻痺してしまったのだろう。


「そんな緊迫したある夜。あの子が倉庫奥で襲われそうになったの。彼女は身内もいない独り身で大人しいから、ターゲットになっちゃったのね……」


 原始的な狩りでは、相手の群れの“弱い獲物”を狙うのが定石。


 結果としてあの三つ編みの少女が、二人の男に強姦されそうになったのだ。


「だから、その日の夜は、その二人を私が相手してあげたの。ガス抜きって感じでね」


 それまで普通の女衆だったマリアは、そこで初めて身体を売ったという。

 三つ編みの少女を助けるために、“娼婦”という疎まれる役割を買ってでたのだ。


「その二人は結局、どこかに消えていってしまったわ。でも私はガスが溜まっていそうな男たちに、その翌日からも声をかけて相手していったの……」


 ホームセンター組には独身男性は十人以上いる。

 マリアはホームセンターの倉庫裏などで、食料を対価に身体を売って、男たちの暴走を未然に防いでいたという。


「そのうち、社長さんから提案されたの。『ルールさえ守ったら、女子更衣室を使っていい』と。『娼婦をやれ』とは言われなかったけど、意味は同じだったわ」


 高木社長は人生経験が豊富で、頭の回転も速い。

 男たちのガス抜きのために、女衆が強姦されないように、マリアに提案と持ちかけたのだろう。


「そこから先はレンジに最初に話したとおりよ。男たちに対価を貰って、私はあの部屋で身体を売っていたの。あっ、同情はしないでよね? 重労働をしなくていいし、嗜好品は手に入るし、悪くない生活よ?」


 マリアは小さく笑みを浮かべていた。


 だが目は笑っていない。

 今までの話の中で“何かを、笑みの中に隠そうとしているのだ。


「……どうして、あの子を助けた? 赤の他人なんだろう? マリアらしくない」


 彼女が隠しているのは、三つ編みの少女を助けた動機。

 気がつかれないようにしていたが、俺はピンときていた。


「……そういうことはすぐに気がつくのね? 女心には鈍感なのに?」


「そうかもな」


「そうよ……ふう……」


 そうため息をつくマリアの表情が変わる。

 何かを大事な話をしようとしているのだ。


「……実は私、子どもがいたの」


「子どもだと?」


 マリアは二十代半ばにも見えるが、実際の年齢はここの誰も知らない。


「ええ。私が17歳の時に産んで……でも五歳の時に病気で死んじゃったの……あの子は……」


 妊娠したことも、ちゃんと愛情を注げなかったことも、若い時の過ちだった。


 だが彼女はずっと子どものことを後悔して生きてきたという。


「あの子の遺品が……あの住宅街の祖母の家にあるの……」


 だから彼女は東地区の住宅街を意識していたのだろう。

 今は亡き自分の子の遺品の行方が、ずっと気になっていたのだ。


「だから三つ編みの少女を助けて、家族だんらんを見つめていたのか?」


「ええ、そうよ。子どもたちには……若い子たちには精一杯、幸せに生きて欲しいの。こんな世界になっても抱かれる相手は、せめて自分の意思で選んで欲しいの……」


 マリアが少女を助けた理由が分かった。


 多くの女衆に軽蔑されながらも、たった一人で身体を売っていた事情も。


 カレーを食べていた子どもたちを、はかなげな顔で見つめていた理由も。


 彼女は自分の辛い過去と、強い信念に従って生きている。

 若い女衆の笑顔を守るために、今までたった一人で戦ってきたのだ。


「そんな生き方をして、辛くないのか?」


「最初はちょっとだけ辛かったわ。でもここの男衆って、けっこう可愛いところもあるのよ? 二人きりだと私に優しいし。愚痴をこぼしながら甘えてくる人もいるのよ?」


 男衆は常に死と隣り合せの日々。

 独身男性は誰にも言えない苦しいストレスを、マリアにだけ吐き出していたのだろう。


「そうか。お前は、面白い女……いや、たいした奴だな」


 これは心からの言葉。

 マリアという女性に対して、俺からの心からの称賛の言葉だ。


「ありがとう、レンジ。今まで誰にも認められなかったから、本当に嬉しい言葉だわ……」


 強がっているが、マリアは本当に孤独だったのだろう。

 俺に褒められて本当に嬉しそうにしている。


「……そういえば、これを早く食え。冷めてしまったが、美味いぞ」


 差し入れてのカレーを手渡す。


 これは女衆が丹精込めて作った晩餐。

 マリアが身体を張って守った少女が、恩人のために用意してくれたカレーだ。


「ありがとう……それじゃ、いただくわ」


 マリアはカレーを口に運ぶ。


 ゆっくりと噛みしめていく。


「うん。美味しいわ……懐かしい味だね……」


 平和な時、カレーライスは庶民の味だった。

 マリアも当時を思い出しているのだ。


「ウチの子も……あの子も、カレーが大好きだったの……私なんかが作ったカレーを、いつも美味しそうに食べてくれたの……」


 気がつくとマリアは涙声になっていた。


 幼くして亡くなった愛娘を思い出しながら、子どものようにボロボロと泣いていたのだ。


「そうか。子ども分まで味わっておけ」


「うん……そうね。本当に美味しいわ……カレーって、こんなに幸せな味だったのね……」


 マリアは涙を流しながら、一口ずつ味わって食べている。


 隠していた自分の過去を俺に話して、心の重荷が外れたのだろう。


 だが辛い過去の話をして涙を流すことは、人にとっては悪いことではない。

 ストレスを発散させ、心のケアが出来るのだ。


「……ふう……ご馳走さま、レンジ……」


 気が付くと皿は空になり、マリアは笑みを浮かべていた。


 だが今までの上辺だけの笑顔ではない。

 心から感謝して、本当の笑顔と取り戻していたのだ。


「皿は自分で置いてこいよ。今のお前ならできるだろう?」


「うん……頑張ってみるわ」


 軽蔑されている女衆の所に、マリアが皿を持っていくのは、本当に勇気がいること。


 だが今の彼女なら大丈夫だろう。


 理由は分からないが、俺はそんな気がしていたのだ。


「あと、これはお節介の小言だ。あんまりストレスを貯めこむな。お前が思っているほど、人は強くはない。張り詰めた糸ほど、簡単に切れてしまう」


「うん……そうね」


「俺がいる間は、話しくらいは聞いてやる。だが今後もためにも、他に誰か見つけておけ。愚痴をこぼせる仲間を」


「……うん。それも頑張ってみるわ」


 これからの彼女にとって大事なのは、女衆の中に仲間を見つけること。


 マリアも心のストレスを話せる相手がいないと、パンクして倒れてしまうのだ。


「それじゃ明日は早いから、俺はそろそろ戻るぞ」


 明日の倉庫襲撃作戦は昼前に出発。日の出前から準備と最終確認があるのだ。


「こんなことを言えた義理じゃないけど……ここのみんなを守ってあげてね、レンジ?」


「善処する」


 そう言い残して俺はマリアに背中を向ける。


 ここ後のことは彼女が、一人で解決するべき問題なのだ。


「ねぇ、レンジ……今日は本当にありがとう」


「気にするな」


 こうして本当の笑顔と取り戻したマリアに見送られながら、俺は寝床に向かっていくのであった。

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