第32話:(勝利の翌日)【閑話】レベルアップの検証
これはホームセンターでの激戦が終わった、翌朝の話である。
戦いに勝利しても、ホームセンター組は慌ただしかった。
男衆は戦いの後始末と、外壁バリケードの補修の作業。
トラック部隊も食料倉庫からの物資のピストン運送。
女衆も含めて、誰もが朝から忙しくしていた。
◇
そんな喧騒の中、俺は一人でホームセンター裏の小川沿いにいた。
目的は
それと並行しながら、俺は“新しい力”を検証しようといた。
「さて、【付与魔術レベル2】……どの程度、使える?」
昨日、
《オガリスクを討伐したことにより、■■■■が上昇。【付与魔術レベル1】→【付与魔術レベル2】にレベルアップ》
というゲームのような内容だった。
“オガリスク”は初めて聞く名前だった。
状況的にあの
また“■■■■”は推測もできていない。
目の前に浮かぶ文字をタッチしても、この内容を調べることが出来ないのだ。
だから現時点では“■■■■”については気にしないでおく。
そんな中で今、検証したいのは【付与魔術レベル2】について。
こちらはタッチすると次のように表示が出てきた。
《【付与魔術レベル2】……5㎥程度の存在に付与可能。ただし存在が元々有している能力に関連した内容に限る。12時間に1回使用可能》
内容を見ただけで理解できた。
今までのレベル1よりも、格段に使い勝手が向上していたことに。
ちなみにレベル1は……
《【付与魔術レベル1】……術士が片手で持てる程度の存在に付与可能。ただし存在が元々有している能力に関係した能力に限る。24時間に1回使用可能》
という内容だ。
『存在が元々有している能力に関係した能力に限る』という“付与内容”は、レベル1とレベル2は全く同じだった。
だが使用時間が半分に短縮されていた。
つまり一日二回の付与が可能になったのだ。
「一日二回か。これは大きいな」
今までは一日一回しか付与できなかったので、かなり選別して付与してきた。
お蔭で昨日の
だが、これからは倍上の効率で付与可能になった。
試験的に色々と付与していけるようになったのだ。
「あと、付与対象の拡大……か」
今までは『術士が片手で持てる程度の存在に付与可能』という重量制限が存在。
だから身体能力を強化して俺でも、最大で百キロ程度の存在にしか付与できなかった。
「『5㎥程度の存在に付与可能』……か。これは恩恵が大きいな」
だがレベル2では重量制限が撤廃されていた。
代わりに体積の制限はかかっていたが、5㎥程度とかなりの大きさまで付与可能になったのだ。
「5㎥程度……つまり今後は車両や設備、建物にも付与できるのか」
5㎥は頭の中でイメージするよりも、実際はかなり大きい。
横長の普通車や小型特殊車両。
動かせない設備や建物にも、今後は付与可能になったのだ。
「5㎥程度ということは、何回も付与していけば、理論的に一軒家も付与可能かもな」
付与魔術は最初から対象が“存在”になっている。
例えるなら片手で持てるのなら、箱に入ったパチンコ弾を何百発も付与可能だった。
あとインナーや服も片手で持てる分なら、何着でも防御力を強化可能なのだ。
弱点としては一度に付与できるのは、同じ強化内容だけ。
つまり防御系はまとめて付与する必要が。
攻撃強化系の弾丸や矢とは、別々に付与する必要があった。
「空間付与か……とりあえず、この車で実験してみるか」
実験のために持ってきておいた車両、例のジムニーに俺は手を置く。
意識を車体全体に向ける。
「【付与魔法レベル2】……【全体能力強化〈小〉】」
――――ファ――――ン
車体は一瞬だけ赤く光る。
レベル1と同じ発光現象なので、これで付与は完了したはずだ。
「さて、まずは防御力を試してみるか」
俺は強化スリングショットを構える。
狙うは運転席の金属扉だ。
――――シュッ!
全力でパチンコ弾丸を発射。
ハンドガンと同等威力の強力な弾丸だ。
――――ガ、キ――――ン!
だがパチンコ弾は金属音ともに弾かれてしまう。
「ほほう。防御力もなかなか強化されているな」
普通の車体の扉は、ハンドガン威力の弾丸を弾けない。
つまり車体全体の防御力が、格段に向上しているのだ。
「さて、次はフロントガラスだが……」
――――シュッ!
同じように全力でパチンコ弾丸を発射。
――――キ――――ン!
またフロントガラスが弾丸を斜めに弾いていく。
「ふむ。弾痕がついているな。ガラス部分は強度をあまり過信できないな」
だが防弾ガラス並にフロントガラスも、かなり強化されていた。
これなら
「さて、次は機動力のテストだな……」
俺は運転席に乗り込みシートベルト着用。
誰もいない河川敷に向かって、アクセルを軽く踏み込んでみる。
――――ブルルゥウウ! キュルルルゥウ!
戦闘機のカタパルトのような加速力で、車体は発進。
草と土を巻き上げて、猛加速で直進していく。
「ほほう? 予想以上の加速力だな、これは」
馬力とトルクが何倍にも強化されている体感だ。
かなりのジャジャ馬カーだが、ハンドルの操作は可能だった。
「なるほど、馬力だけではなく、走行安定性能と操作性も向上している、という訳か」
今回はあえて【全体能力強化】を付与していた。
これは突出して強力な強化ではなく、まんべんなく全体的に強化する内容だ。
お蔭でモンスターマシーンのような馬力があっても、操作が可能なのだ。
「ふう。なかなか奥が深いな、【付与魔法レベル2】は」
完璧に有効に使いこなすまでには、レベル1の時よりも頭を使うだろう。
だが重量制限が撤廃されたことにより、強化できる可能性は無限大に近くなった。
今後のテストも楽しみな能力だ。
「さて、十二時間後の付与対象、次は何を試してみるかな……」
車だけでは検証データが少ない。
完璧に使いこなすために、違うジャンルの存在に試してみたいのだ。
「……そうだ。あの冷凍庫に試してみよう」
ホームセンターの倉庫内に、業務用のコンテナ型の冷凍庫があった。
大型の冷凍庫は大人数の生活に必需品。
だが消費電力が大きすぎて、今までソーラー発電では稼働できていなかった置物だ。
「冷凍庫か。楽しみだな」
俺は
◇
ちょうど十二時間後、夕方の7時にコンテナ型の冷凍庫の前に立つ。
周囲に誰もいないことを確認して、冷凍庫に手を置く。
「【付与魔法レベル2】……【エコ能力強化〈小〉】」
――――ファ――――ン
冷凍庫が一瞬だけ赤く光る。
成功した発光現象なので、これで付与は完了したはずだ。
「さて、可動するか、試してみるか」
事前にソーラー発電から引っ張っておいたコンセントを、冷凍庫に接続する。
――――ヒュイ――――ン!
無事に冷凍庫は稼働する。
冷凍ファンが回りだして、内部の温度が段々と下がっていく。
専用の機器で計測してみるが、冷凍庫の消費電力はかなり小さい。
これならソーラー発電にも負担は皆無だ。
「やはり強化内容を特化した分だけ、効果が高いのか」
今回はエコ能力だけに特化して強化した。
そのため極端に消費電力が小さくなったのだ。
「動いたことだし、食肉でも入れておいてやるか」
俺は収納から取り出した〈ゴブリンもも肉〉を、冷凍庫に整頓して置いていく。
これは駐車場にあった二百近い死体の素材。
俺が昨夜のうちに〈ゴブリンもも肉〉として、こっそり【収納】しておいたのだ。
「死体の撤去と、食料の入手。やはりこの【収納袋】は便利だな」
だが俺だけは収納能力使い、一瞬で〈食用もも肉〉として保管しておける。
まさに一石二鳥とは、このことだろう。
ちなみに一晩で
何故なら
だから『駐車場の死体は夜中の内に、他の
「さて、モモ肉は、こんなものか?」
合計で数百キロのモモ肉を置いた。
冷凍庫の中だから、何ヶ月も保存は可能だろう。
この件は明日の朝にでも、女将に伝えておこう。
内容は『偶然見つけた稼働していた大型冷凍庫内から、鶏肉のモモ肉を持ってきておいたぞ』とでもしておく。
みんな最初はビックリするだろうが、喜びと興奮の方が何倍も勝るはず。
何しろ冷凍庫が使えないこの町では、肉は缶詰や干し肉しか残っていない。
誰もが『久しぶりの肉料理を食べられる!』その興奮が強すぎて、深く考えないだろう。
◇
――――だが翌朝の住民たちの反応は、俺の予想と少し違っていた。
◇
「……おい、“あのレンジ”が、冷凍庫を稼働させてくれたぞ⁉」
「……おお、これはスゲェ! でもソーラー発電の少ない電力量で、どうやったんだ⁉」
「……あの“英雄レンジ”なら、何でもアリなんだろうぜ!」
「……ああ、そうだな! あの英雄だからな!」
「……ねぇ、女将、この鶏モモ肉って、いったいどこから?」
「……“あのレンジ”が探して、持ってきてくれたのよ。場所は秘密らしいけど」
「……さすが“英雄レンジ”ね!」
「……あの秘密主義なところも、カッコイイのよね!」
巨大な
ホームセンター組の誰もが、彼を英雄とて神格化。
沖田レンジは常識では測りきれない。
こうして誰も彼に深く突っ込まないような空気になっていたのだ。
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